第4章⑨ 繋がる明日
強大な力を持つ、創られた神との戦いに見事勝ち、その計画を打ち破ったスミレとシロだったが、二人は力を使い果たし崩壊した街の中で意識を失ってしまう。
とうとう本編最終話となります。
どうぞご覧ください。
まるで城の中のバラ園にいるように、その視界一面に花びらが舞っていた。
辺りを包み込むほのかな香りが心を落ち着かせる。
そんな居心地のいい場所にスミレは立っていた。
このまま、ここに居たかった。
まるで誰かに抱き締められている様な温かい場所。
空っぽな心に安らぎを与えてくれる大切な場所。
スミレの目がゆっくりと開いた。
微かなバラの香り。
力の入らないスミレの体に添えられている腕。
そこにいるだけで安心できる存在。
「シロ様…」
だが、スミレの瞳に映る景色は違った。
一面灰色で塗られた空、崩壊した建物、地割れの激しい地面。
大きく削られた街。
温かみのまるで感じない世界。
そして全ての時間が停止している。
感じるのはシロの腕の重みと、冷気だけ。
スミレは体を起こすと、隣に横たわるシロを見る。
息もなく、体は冷たい。
まるで、捨てられた人形のように、地面に落ちているようだった。
眠っていたときとは、明らかに違う。
シロの体をスミレはゆっくりと抱き起こした。
身体中が冷たくなる。
自ら支えることもできないシロの頭をしっかりと腕に抱き、胸に引き寄せた。
「シロ様?」
まだ状況が理解できない。
わかりたくなかった。
シロの体がどんどん重くなる。
地に沈まないようにスミレは必死に抱き締めた。
「シロ様…」
何度呼び掛けても返事はない。
スミレの横に女がしゃがみこんだ。
女の顔からは冷たい微笑みが浮かぶ。
「よくやったわ…」
女が喋ると辺りの気温が下がった。
「いいものを落としてくれてありがとう。お礼に何が欲しい?」
その言葉にスミレはすぐに顔を上げる。
「シロ様を助けて!」
スミレの叫びにクレマチスは笑顔で顔を横に振った。
「それはダメよ。そうだ、この街を蘇らせてあげるわ。あの偽物の神様の価値はそれくらいかしらね」
クレマチスは嬉しそうにすっと立ち上がると、両手を広げる。
たちまち裂けた地面は接続され、崩壊した家屋は修復された。
大きく空いた穴はいつの間にか芝生の生い茂る広場に変わる。
「あなた、一体…」
見たこともない柔らかい表情で街を蘇らせたクレマチスをスミレは見上げた。
クレマチスの機嫌はどんどん良くなる。
それは『禁忌魔術』の対価としてシロの命が手に入るからなのか。
スミレは意識のないシロの顔を見つめ呟く。
「連れていかないで…」
シロの白くて冷たい頬にスミレの涙がこぼれ落ちた。
両手で強くシロの体を抱き締める。
スミレの涙でシロの顔が濡れ、長いまつげに涙が沁みた。
まるでシロも泣いているかのように、その瞳からスミレの涙の粒を流す。
「シロは私のあげた『禁忌魔術』を今回は使ってはいないわ。『あの人』の力を使えるのではないかと思ってさっきお城で会ったときに、シロの心臓に埋め込んでみたの。見事にシンクロしたみたい。あなたのようにね…」
スミレは、力なく眠るシロの元に現れたクレマチスがシロの上に手をかざした時のことを思い出した。
「『あの人』と似てるのよね」
「『あの人』?」
戦いの中で、シロの口から告げられた悪神と呼ばれた神の名を思い出す。
「逢えてよかった…」
クレマチスはシロを見ながら信じられないほど優しい顔をした。
「シロは『あの人』に呑まれることなく力を使うことができた。この子の性質もあったけど、貴女が偉大なる神の瞳を持っていたからなのか、それとも…」
クレマチスがスミレの前に膝をついて座りスミレの頬に手を伸ばす。
「貴女、がいたからなのか…」
クレマチスが目を閉じた。
ひんやりと冷たい手のはずなのに、なぜか心地いい。
「あなたなら目覚めさせることができるはずよ。呼び掛けなさい。シロの呪われた心に。貴女として」
クレマチスが立ち上がりスミレに背を向けた。
スミレはシロを寝かせると手を取る。
そして、その額に自分のおでこを当てた。
「シロ様…この国はあなたをまだ必要としています。どうか目を覚ましてください」
スミレの呼びかけに反応したのか握っていたシロの手が少しだけ暖かくなった気がした。
わずかな可能性を信じてスミレは続けて呼び掛ける。
「シロ様…起きてください。『純正団』の皆さんが待っていますよ!みんなと帰りましょう」
シロの肌に色が宿り体温がその体中に戻ってくる。
「勝手にどこかに行かないって言ったじゃないですか…美味しい紅茶をご用意しますから」
シロの心音がスミレの触れている場所を伝わり響いてきた。
「何でも言うこと聞きますから!」
「ホントだな…」
近くにあった口が優しい声を漏らすと、スミレの頭にシロの手が回された。
考える間もなくすぐにスミレの口に柔らかく温かいシロの唇が触れる。
空から日射しが降り注ぎ始めた。
止まっていた時間がまた動き出し、街にも色が戻り、様々な音が聴こえてくる。
眩しさで目を細めるシロの視線と涙で赤くはれたスミレの視線が交わる。
「生きてるな…」
「はい」
澄んだ空を見上げ、大地に寝そべるシロの体をスミレはきつく抱き締めた。
「痛い!!」
「ふふっ!!私に心配をかけた罰ですよ!そして、この感触を忘れないでください!!」
「お、お前に俺に触れる権利などない!」
涙を流しながら喜び笑いかけるスミレに、シロは赤面しながら強がる。
「散々心配かけておいて、そんなこと言う権利こそありません!」
「…生意気な…」
シロがまだ、辛そうに体を起こした。
スミレはシロを支えながら辺りを見回すが、クレマチスはいつの間にかその場から姿を消していた。
代わりペリドットがニヤニヤしながら二人を見ている。
「ヤらしい顔だな」
シロが、邪魔をされたのに苛立ちながらペリドットを睨んだ。
「ぺっ!ペリドットさん!いつからそこに!!」
スミレの全身から湯気が出る。
「シロ様…隅に置けないですねぇ~」
「は?大体お前、何でここにいるんだ?」
「え」
「執務はきちんと執り行えているんだろうな!!」
「ひぇ~っ!すっすいません!」
ペリドットは慌ててその場から城の方へ走っていってしまった。
シロが立ち上がり、服をはたく。
「説教は後だ。まずは城に帰る。紅茶でも飲みながら落ち着きたい…煎れてくれるな?」
そして、光を背に受けながら優しい微笑みを浮かべスミレに手を差し伸べた。
スミレは差し出されたその手をしっかりと握りシロを見つめる。
「はい!」
先ほどまで、「破滅」と戦っていたことなど忘れてしまうほどスミレの心は満たされた。
「神を打ち砕くなどあってはならない…」
危険な橋を渡り自らの手で創り上げた、世界を破滅に導く神が浄化し、戦いが終わった。
崩壊していたはずの街がいつの間にか元に戻っている。
全ての厄凶を運んできた男は、全ての計画を無に還され重い足取りで人目を避けて歩く。
街を抜け一先ず体制を整えなければならない。
細い路地からさらに人気のない道に入る手前に、人影を見つけた。
顔をあげ、前を見ると刀を携えた一人の男が黒い影をこちらに伸ばしている。
その男はゆっくりと歩き近づいてきた。
「お前がこの街を混乱に陥れた黒幕か…なぜこの世を憎むのだ」
「…人の世は平等ではない。なぜ力のあるものが強く、力のないものは這いずり回らなければならない!?ならば力を手に入れるしかなかろう!!」
「くだらん…」
そう吐き捨て、鋭い眼光を向けたのはクロだった。
「力のある貴様にはわからんよ」
クロの歩みが止まる。
「力か…そんなもののために、少年の心を踏みにじる行為をしたのか。そんなもののために、街を破壊したのか。そんなもののために人を殺してきたのか!!」
クロの体から妖気が溢れ出す。
その影には紛れもなく角が生えていた。
「ま、待て!お前も人を恨んでいるんだろう!!」
「恨む…恨むものがあるとすれば、弱い己の心と、その心に向き合わず、尊い命を自分の欲望のために奪うような…お前のようなやつだけだ」
クロの真っ黒く見える刀が天に向かって伸びた。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
まだエピローグへと続きますが、本編を無事終える事が出来ました。
なかなか更新できず、拙い文章力でお読みいただいた方々には非常に読みにくい作品だったかと思いますが、ここまで来ることが出来ました。
応援していただいた方々に、心から感謝いたします。
エピローグ更新をお待ちください。