第4章⑤ あの日の真実
街を襲っていた妖魔を『純正団』メンバーは、それぞれの思いを抱きながら撃退した。
しかし、それはまだ戦いの始まりに過ぎない。
自分がかかわっていた事への不信感を抱えながら、ジャスパーは街へ向かう。
そこに待っていたものは、あの日の真実をよみがえらせる出会いだった。
ジャスパーは逃げるように長い階段を駆け昇り、ようやくいままでいた闇よりも明るい場所に出た。
だが迎えた空は重たい鉛色に染まり、そこかしこで破壊の音が聞こえている。
「こんなのが望んだ世界なのか?」
希望など感じることのできない目の前の光景に、ジャスパーは立ち尽くし、刀の柄を強く握りしめた。
突然、空に巨大な魔方陣が浮かぶ。
「なんだあれ…」
ジャスパーは顔をあげ辺りを見回した。
魔方陣が空いっぱいに広がり輝くと、その次にはまるで天から街を包み込むような柔らかい光が注がれ、視界にいた妖魔がじわじわと消えていく。
ジャスパーには何が起こったのかはわからないが、とても暖かい光だった。
消えていく妖魔越しに二人の人間が見えてくる。
その姿がはっきりと見えた。
「スミレ…なんでここに…」
ジャスパーの心臓が大きく跳ねる。
「ジャスパー!」
スミレからもジャスパーの姿がはっきりと確認できた。
考える間も次の言葉をかける間もなくジャスパーはスミレに背を向け走り出す。
スミレもすぐに追いかけた。
いまさら会わせる顔はない。
今は見失ってほしい。
今度は絶対に見失いたくない。
スミレも必死に走る。
そして、スミレの手がジャスパーの腕を掴んだ。
「捕まえたっ!」
二人は勢いよく道端に転がり込む。
息を切らして道に倒れ込むスミレとジャスパー。
「なんで…逃げるの、よ」
「んで…追いかける、んだよぉ~」
ジャスパーが先に立ち上がりスミレを見下ろした。
「僕は…クロさんを…」
拳を握りしめうつ向くジャスパーをスミレは見上げ、手を伸ばす。
「ねぇ…帰ろう…」
スミレの微笑みにジャスパーの瞳が困惑に揺れた。
「無理だ…」
スミレの手をしばらく見つめたがすぐに後ろを向いて、目の辺りを手で擦る。
「良かった…無事ね」
そこへ、アヤメが肩で息をしながら追い付いてきた。
「大先輩まで…」
「もう…先輩様に心配かけないでよ」
アヤメが目をつり上げながら言うとジャスパーの目に涙が溜まり始める。
「オレは…何てことを…」
「なによ~泣かないでよ!怒らないからぁ~」
アヤメがジャスパーの前であたふたと手を動かした。
ゆっくりと立ち上がったスミレがジャスパーを抱き締めて、頭を撫でる。
「無事で良かった。クロさんもみんなも無事よ。心配する事はないわ」
「スミレ…」
ジャスパーはスミレの腕の中でこぼれ落ちそうな涙を我慢した。
自分のしたことが呼び寄せた最悪な結果に、最後まで自分を信じてくれたこの人たちを巻き込んでしまったことに胸の奥が痛む。
何が正しいのかわからなくなる。
ただ、申し訳ない気持ちしかなかった。
「一緒にシロ様に怒られに行くよ!」
ジャスパーの手をスミレが取った。
「僕がスミレたちを護る…」
その手をジャスパーは戸惑いながら握ると小さく呟く。
三人が城へ帰ろうと踵を返したその時だった。
「え!?地震??」
街全体が大きく縦に大きく揺れた。
「マズイ!!とうとう動き出した!」
とっさにジャスパーはスミレの手を強く引き走り出す。
「ジャスパー!?どうしたの?もう妖魔は居ないんだよね?」
「あんなの、アレに比べたらただの時間稼ぎ、あいつは妖魔を街中に出現させて力の分散を謀ったんだ!ここから離れなきゃ!」
「どういうこと!?」
「この世界は…この国はもう終わる…僕が…最後のきっかけを…あいつに渡してしまったから…」
自分のしてしまったことの後悔が激しくジャスパーの良心を締め付けた。
「きっかけ?」
追走するアヤメがジャスパーに尋ねる。
その時また地面が揺れた。
妖魔に破壊された家の瓦礫が崩れてくる。
揺れがだんだん激しくなり、真っ直ぐに走れない。
ジャスパーの手からスミレが離れ倒れてしまった。
ジャスパーはそのまま数歩先へ進んでしまう。
「危ない!」
アヤメが顔を真っ青にしてスミレに叫んだ。
むき出しになった鉄骨がスミレめがけて落下してくる。
ジャスパーは何も考えずスミレに向かって走り出した。
「スミレっ!!」
スミレの上に体を滑らせる。
この人が助かれば自分はどうなってもいい。
これで償えるならば…
大切な人を護りたい。
それだけが体を動かした。
命を諦め、目を瞑ろうと瞼を閉じる瞬間。
黒い影がスミレとそれを庇うジャスパーの前に現れる。
何かが甲高い音をたて壊れる音がした。
二人の上には粉々になった鉄の屑が降る。
夢や残像ではなく現実に起こっていることだった。
その目前にはジャスパーの眠っている記憶を呼び覚ます影。
ジャスパーの瞳に写ったその姿、この光景には見覚えがあった。
そして全ての記憶がこの瞬間に繋がる。
あの日、鬼に里が襲われた日。
なぜ助かったのか。
血に迷い怒りを帯びた狂鬼が、小さい頃のジャスパーを追い詰め真っ赤に変色した刀を振り上げる。
しかし、ジャスパーの目の前に一筋の銀色の光が走った。
自分が生きていることに気付き瞳を開く。
ジャスパーを襲った狂鬼がその場に静かに倒れた。
そこにはもう一つの影。
光に反射してよく見えなかったが、それは、黒く長い髪を揺らし額からは二本の角が伸びている。
また恐怖に全身が震え始めた。
しかし、その鬼はジャスパーを見下すと、悲しげに少し微笑み、そのまま戸口を走り去ってしまう。
幻だったのか。
緊張感から解放された幼いジャスパーは、大切な記憶を消し去るほどに疲れ果てそのまま気を失った。
いま、ジャスパーが生きているのは、二本角の鬼に救われたからだった。
そしてそれは今ここにいる存在に間違いはなかった。
目頭が熱くなってくる。
城での稽古中の厳しくも優しい表情が頭の中に浮かぶ。
目の前で銀色に煌めく刀を携えている人物と目が合った。
そして、自分を救った鬼の憂いを帯びた顔と重なる。
「クロさん…」
「スミレ!!ジャスパー!!大丈夫?」
さくらが少し前から駆けてきた。
ジャスパーの前にクロの手が差し出される。
「無事だな?」
「クロ…さ、ん」
この人は命の恩人だった。
自分はなんてことをしてしまったんだ。
心臓が飛び出してしまうような衝動がジャスパーの全身を駆け抜ける。
顔が真っ青になるのがわかった。
その顔を真剣な目で見つめるクロ。
「お前の里の事…救えなくて、すまなかった…」
その言葉があまりにも優しくて、そして悲しくて、抑えていた感情が爆発する。
「ごめ、な、い…ごめん…な、さい…ぼくはなんて、いう…ことを…」
ジャスパーの顔はいつのまにか涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
うまくしゃべることもできないくらい泣きじゃくるジャスパーの腕をクロは掴み立ち上がらせ、服についた鉄屑をはたく。
そして屈み、ジャスパーの顔を覗きながらゆっくりと話し出した。
「あの晩、お前との稽古中に同族を殺したのかと言われ、オレは、そのまま抑えきれない衝動からの覚醒を恐れ、城から姿を消した。皆の前に姿を表すまで蘇る記憶と、薄れる意識の葛藤の中でオレは生きていていいのか…不安になった」
さくらがスミレを起こす。
アヤメとペリドットもクロとジャスパーの元に駆け寄った。
「だが、あの人が…俺のすべてを共に背負ってくれた。生きてくれと言ってくれた。俺は色々なものを背負い生きていかなければならない。ジャスパー…お前もだ。背負うものがお前には重すぎるのならば俺も共に背負おう。そして、何があっても生きるんだ」
「うぐっ…」
ジャスパーは込み上げてくるものが多すぎて、うまく返事ができない。
「お前は必死にスミレを護ろうと剣を構え、命を投げ出した。だがな、人を守るやつは簡単に死んではいけない。強くなれ。それまでは俺が守ってやる」
「クロ…さ…ん、ごめん…なさ…い」
ジャスパーの震えるからだをクロは抱きしめた。
「辛かったな…。もう、一人じゃない」
「うぅっ…はいっ…」
クロの温かい懐にジャスパーは顔を埋めながら返事をする。
その後にはただ泣き声だけが辺りに響いた。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
ジャスパーの心の闇がクロによって救われ、同時に彼は自分のしてしまったことに悩みます。
次話、彼らの前に現れる何者かの登場によりとうとう最後の戦いが始まります。
どうぞ次回更新をお待ちください。