第4章④ 使命
突如現れた夥しい数の妖魔を討伐すべく『純正団』は街へ向かった。
彼らは、この国を思う王子の意志に従い戦うことを決めたのだ。
シロ、クロを除いた団員たちのその思いとは?
闇と光を繋ぐ世界樹の周りを、まるでその大樹を守るかのようにキラキラと金色に輝く粉が舞っている。
その麓では地に堕ちきらなかった神が宛もなくさ迷う。
行き着く先は、人々が平和に暮らすウェンダブルの街。
しかし、自我を失い、苦しみと悲しみで破壊の衝動に抗えない落ちた神は、街を恐怖へ誘う妖魔へと変貌する。
妖魔の向かう先にあるこの国は、魔導師たちが多大なる犠牲を払いそれでも、命を賭けて護ってきた。
数年前、この国の王子が圧倒的な力を持つ、人ではない存在で結成された『純正団』数人を率いて妖魔をいとも簡単に撃退した。
その力に国内は歓喜し、住民は安心と活気を取り戻す。
魔導士たちも、国の治安維持に専念することとなった。
選定された『純正団』構成員はその力を、国、王子に捧げる契約を交わしている。
各々が各々の「使命」を持って。
「大結界、発動…」
静かに胸の前で印を結ぶアズライト。
「僕はこの国が大好きです。シロ様の力になれるなら命だって捧げます…」
ある日妖魔に大切な人の命を奪われた。
同時に、生きる意味を失った。
それでもかけがえのない思い出があるこの国のために巡察官として働くことを決めた。
シロと出会い『純正団』に誘われたときに喪ったものを取り戻せるかもしれないと思った。
その時誓った言葉をもう一度呟く。
「僕はこの国を護ります」
街の大部分が大きなシャボン玉のような半球に覆われる。
結界内の様子はアズライトの脳裏にうっすらと映像として写し出された。
研ぎ澄まされた意識の中に、いくつか戦いの音が聞こえている。
「あとはみんなが柱に護符を貼り付けてくれれば僕の力を送る完璧な結界が完成する!頼んだぞ!」
「これだな…」
オニキスは魔方陣の描かれた柱にアズライトから渡された護符を貼り付けた。
なぜだか昔のことを思い出した。
思いもかけない落下。
だが咎のない小さな体は自我を失わないまま、地上世界にたどり着いた。
人間から見れば妖魔と変わるまい。
まずは隠れる場所を探した。
城の中に荒れ果てた森を見つけ、そこにしばらく厄介になることにした。
ある日突然、小さな少年が自分を見つけ、指差し、「妖精」だと言った。
「このワシが妖精とはな…」
オニキスはほんの数年前のあの日を思い出し、くすりと笑う。
少年の純粋な眼差しに惹かれ妖精は森を立派に生き返らせてやった。
時間がかかった。
あの少年がまたやって来たが、立派な青年になっていた。
「これからもこの森を守って欲しい」
一国の王子であるシロに、正式に居住を許されたのだ。
いく場所のないオニキスは恩返しに自分の命をこの青年に預ける事にした。
そして、気付けば『純正団』として、国のために体ほどの大きさのある斧を、鋭い爪を振り回し、ただ動くものに牙を剥く妖魔に向かって振り上げている。
細い光の線が宙に描かれる。
同時に妖魔が二つに分散され消えた。
「弱い…」
鋭い眼差しに透き通った金髪が揺れる。
イキシアは近づいてくる妖魔を数える。
懐から紙切れを取りだすと脇の柱に貼り付け、その場を離れた。
「弱いものがいくら集まっても足止めにもならぬ」
風のように空に舞いスピードを上げながら妖魔に突進する。
「あなたの力が欲しい」
目の前に真っ白な髪に青い瞳の男が立っていた。
体は弱そうなのに強い意志を湛えた眼差しを、天上界の住人である自分へ向けている。
「神に、地へ堕ちろと?」
「神の力が必要なのです」
「私は自分より弱いものの話は聞かない」
「では勝負を。クロ…」
その男の後ろから物々しい雰囲気の男が出てくる。
「こいつは…」
人ではないことにすぐ気づいた。
お互い抜刀の構えに入る。
勝負は一瞬で着いた。
地面にイキシアの当時長かった髪の毛が散っていた。
「この男の主は私だ、この者の言うことを聞くという事は私の元につくという事だ…悪いようにはしないと誓う」
シロが意地悪な微笑みを見せる。
「シロ殿には敵わないな…」
当時は腹立たしかった。
しかし、シロの歪みのない国への思いを知り、今では力を貸しているのも悪くはないと思っている。
「だがあのバラ園は気に入っているぞ!!」
そう叫びながら、数体の妖魔に向かって剣の先を向け矢のように風を切りながら飛び込んでいった。
この街の魔導師たちは落ちた神と戦ってきた。
そして、街の中心に設立された魔導学校の生徒たちは戦うために教育される。
「魔術は戦うためだけにあるのですか?」
魔導学校の講師をしている翡翠は、まっすぐな瞳から発せられたその言葉の答えをいまだに見つけられないでいる。
真面目な生徒だった。
学校のカリキュラムは完璧にこなし、それでも足らないという彼には、他に特別な魔術の指導もした。
禁忌魔術の話はちょっとした会話の中で一度触れただけだ。
そして彼には時間がなかった。
禁じられた場所へ向かう彼を引き留めることができなかった自分が居る。
師として、正しい選択だったのか。
せめて彼の背負うものを共に負っていきたい。
護符を手にし、柱の前に立つ。
しっかりと貼ると後ろから迫る妖魔へと振り返った。
「今日は…戦うために使う!!」
緑色の水晶が輝く杖を体の前にかざす。
真っ黒な影は膨らむ力に反応しさらに翡翠へと寄ってきた。
道の中から何体も出てくる。
躊躇うことなく、杖から止めどない光弾が妖魔めがけて放たれた。
「こんなところには何もないぞ?」
他国の諜報員としてウェンダブルへ潜入していたアイリスは、とっさに懐刀を取りだし自らの首に刃を向ける。
仕事をしている時に姿を見られた者はもう元の場所へは帰れない。
これは掟だ。
「ずるい掟だな」
目の前の青年はアイリスに近づく。
手には何も持っていない。
たった一人だ。
これを殺してしまえばいい話ではないか。
しかし向けた刀に恐れることなく近づいてくる。
そして警戒するアイリスの頭に青年の手刀が振ってきた。
「これでお前は死んだ」
冗談なのか、本気なのかわからない顔を向ける男にアイリスの思考も、時間も停止した。
「私の引き延ばされた時間はシロ様、あなたのためにある」
自分の存在が闇ではなく人のためにあることが不思議で、ありがたく思う。
街の中は殺伐としている。
住民の避難は国中の巡察隊が済ませ、あたりはすでにアズライトの結界の気配があった。
「この柱だな」
天に向かって伸びる銀色の柱を触り見上げる。
そしてアイリスは護符を貼り付けた。
『純正団』含め、戦うことのできる人間たちが、あちこちで妖魔と対峙している。
稽古を積んでいるとはいえ、一般の人間だ。
崩壊した家屋の前で、不利な状況に陥っている巡察隊員を見つけた。
「翡翠、悪いな…黙って見過ごすことはできない」
アイリスは迷うことなく足元からクナイを取りだすと、その中へ飛び込んでいった。
四本の柱が空へ向けて光を発した。
アズライトが微笑む。
「みんなありがとう…」
『純正団』すべての心は国を照らす大きな光を支えるために、それぞれが小さな輝きを放ったようだった。
「さて、大掃除だ!!」
アズライトは最後の護符を自分の横にある柱に勢いよく貼り付ける。
その途端、柱と柱の光が繋がり、空に巨大な五芒星が浮かんだ。
そして大きな陣から生まれた光はゆっくりと街中に優しく降り注ぐ。
いつものにこやかな顔から冷たい表情で空を見上げ、アズライトは大空に輝く五芒星に向かい両手を掲げた。
「人でも神でもない邪悪なる存在よ!この円陣より消え去れっ!!」
アズライトがそう叫ぶと、光を浴びていた街中の黒い影が動きを止め、じわじわと蒸発していく。
間もなく、街を破壊していた妖魔は姿を消した。
「これが…アズライトの力か…」
全ての『純正団』が空を見上げる。
妖魔が消えると同時に、五芒星が光の欠片を散らしながら消えていく。
同時に五人の貼った護符は青白い炎に焼かれてしまう。
アズライトは力を使い果たし意識が朦朧としているのか、光の欠片が近くにあるような気がしてそれをつかもうと手を伸ばす。
「まるで流星群だな…。君は、そこに居るのか…」
そして、アズライトは笑顔を浮かべながら、柱の元に崩れるように倒れた。
一瞬、城下が輝いたように見えた。
音のない部屋にいるオリーブが、静かに窓辺へ向かう。
「シロ様…あなたがいなくとも彼らならば、救ってくださることでしょう」
窓の外の雲に覆われた景色から、シロに目を移した。
オリーブは言葉を失う。
涙がじんわりとその瞳に溜まった。
「シロ様…」
包帯を巻かれた痛々しい肌を露にし、重たそうに体を傾けながら、シロが上体を起こしていたのだ。
オリーブはすぐに側に駆け寄る。
嬉しさのあまりかける言葉が出てこなかったが、その代りしっかりと顔を見つめた。
「…シロ様?」
だがその瞳には生気はなく、どこか違う世界を見つめているようだった。
そして、心ないその目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
お読みいただきありがとうございました。
純正団のみんなの回想から、戦いをまとめるのは一苦労です。
今回は少し違ったシロクロだったと思いますが、次回からさらに加速して話を進めていきます。更新をお待ちください!