第4章② 向かう者たち
鬼となったクロとの戦いで力を失い倒れたシロ。そして、シロに救われたクロの元にまた一人訪ねてくるものが…新たな戦いは静かに始まっていく。
「ク~ロ?生きてるかい?」
アズライトは軽くドアをノックすると確認もせず扉を開く。
部屋の中を覗くとクロの背中が見えた。
「起きて大丈夫なの…か…ぁああ!?」
話しながら近づくとその胸元にはさくら。
さくらと目が合い、二人は目を大きく開けたまま行動を停止させた。
「アズライト!?」
「ごめん~っ」
「?」
さくらの叫びにアズライトは足を後ろに引きそのまま振り返り慌ててドアの方へ向かう。
「平気だ。何かあったのか?」
一人だけ冷静なクロがアズライトをひき止めた。
ノブにかけた手を止めると、ゆっくりとクロの方を見る。
さくらはすでにクロから離れていた。
それに安心し、アズライトはクロの方へまた歩き出す。
「元気なようで安心したよ…」
アズライトはにんまりとした笑みを浮かべながらさくらの横に立った。
「…シロ様は?」
クロは一番知りたかったことをアズライトに訊ねる。
「君が倒れてすぐにシロ様も…いまは憔悴しきって眠っている。目を覚ます気配はない」
「ほんとか!?っ痛…」
アズライトの言葉にクロは体を急に動かしてしまい、ジャスパーに刺された腹に激痛が走った。
腹部を押さえ苦痛を表すその体にさくらがすぐに手を差し伸べる。
「君も辛そうだな。腹は大丈夫なのか?」
「塞がってはいるが…」
「どうやら、鬼として覚醒したときにその眠っていた力も治癒能力ごと倍以上に目覚めたようだな…シロ様がその力ごと抑えていたのか、はたまた、君自身が自らの意思で押さえ込んでいたのか…どちらにせよ…」
腕を組み口をへの字に結んで考え込むアズライト。
そして、子供のような笑顔を浮かべた。
「君は君として戻ってきた」
「なによそれっ」
さくらがクロの体を支えながらアズライトの方へ頬を膨らませる。
「まあ、シロ様にはスミレちゃんがついてるしきっと大丈夫さ。君はこれからも、シロ様とこの国を護って…」
それだけ告げると、アズライトは部屋を出ていってしまう。
さくらはクロの方に目をやった。
「相変わらず、わからない人です…ね…って!クロさん動いちゃダメです!!」
クロがふらふらと立ち上がり、ドアの方へ歩き出す。
「やはり…」
「どうしたんですか?」
「なぜこんなことを…」
クロはドアに向かって独り言を呟いていた。
さくらが首をかしげながらクロの脇に立ち、同じようにドアノブを回す。
しかし、扉は開かない。
ノブを回したまま押したり引いたりを繰り返すがまるで、壁のようにびくともしなかった。
「どうなってるの!?」
「結界を張られたようだな」
「アズライト!?」
さくらとクロはアズライトの結界により部屋から出られなくなってしまったのだ。
「お待たせ」
「遅かったな」
「事が手遅れになる前に、我々で片付けてしまおう」
「そうじゃな」
「さあ、急いで街に戻るぞ」
真っ黒な戦闘服に着替えた五人は地下道で落ち合い、まっすぐ走り始めた。
そして、道の分岐の度に一人、また一人と別れていく。
「じゃあ、僕はこっち。ここからでっかい結界を街中に貼るからね~みんな宜しくね!また会おう!」
アズライトが手をひらひらさせ笑顔で走り去る。
「ではワシはここだな!イキシア、バラ園を荒らしたのはクロだそうな。あやつ自我を失って暴れまわっちまったらしいぞ。帰ったらワシの分まで殴ってよし!!」
「そんなこと、知っている。森もだそうだな。二人で謝ってもらおう。では私はこちらへ向かう」
イキシアの言葉にオニキスが無言で口の端を上げると、イキシアと反対方向へ駆けていった。
イキシアもその後ろ姿を見送ると何も言わず目線だけを残った二人に向け走っていく。
アイリスと翡翠が二人きりになった。
しばらくそのまま進むが、まだ分岐が見えないのでアイリスは少し安心する。
「アイリス。君は戦うな」
突然、翡翠が隣で話しかけてきた。
「何故だ?」
「君以外、シロ様たちと街を繋ぐ物がいないからな」
「そんなことか…誰でもできるだろう。それに少年を見つけることもできていない…」
アイリスは表情を変えずに翡翠を見つめる。
「それと…こっちの方が重要。君が戦って傷つくのは、俺が嫌なんだ」
「えっ?」
ほんの一瞬、翡翠の顔に笑みが浮かんだ。
「じゃ。いいか、偵察を済ませたら、直ぐに城に戻るんだ!!少年はどこかで無事にいる…」
そう言うと別の道の奥へ消えていってしまう。
残ったアイリスは今の翡翠の言葉を思い返し、赤面していた。
今度はしっかりとしたノックの音が聞こえる。
ドアの前で立ちつくし閉じ込められたさくらとクロの二人には救いの音だった。
「誰だ?」
「あっ!僕です。ペリドットです」
「ペリくん!!」
「あれ…さくらさんと二人きりですか?」
「そうだが…」
返事がなくなる。
しばらくするとドアの向こうから走る靴音がしたがあっという間に遠ざかっていってしまった。
「え~!?こんなときに何気を使ってるのよ!!普段は使わないくせに!!」
さくらがドアを激しく叩きながら叫ぶ。
その後ろのクロが呟いた。
「気を…使うとは?」
「あの…その、私とクロさんが二人きりということで…」
「気を使うことがあるのか?」
「男と女ですから…向こう側からも開かないのなら、鍵を閉めて二人きりということに…」
「?!」
急にクロの表情が固くなる。
そして、さくらに背を向けた。
「ま、巻き込んでしまい…すまない…」
「どうしたんですか?いまさら…」
「な、なんでもない」
しどろもどろになり変なクロのその背中が面白くてさくらは笑いながらその背中に抱きついた。
「変なクロさん…」
さくらはその体をしっかりと抱き締める。
「なにを!?」
「独り占めです。いつもシロくんばっかりずるいから…」
そのままさくらは、広い背中におでこをつけ、クロの体温を感じながら目を瞑った。
「アズライトも言ってましたけど、クロさんはクロさんですね。戻ってきてくれてよかったです」
「さくら…」
クロの手が後ろから回されたさくらの手に重なった。
「痛い…」
さくらの手は腹部の刺し傷をしっかりと押さえていたようだ。
クロの顔が複雑な表情になる。
「ごめんなさいっ!!」
さくらは慌てて手を放すも、クロは腹を押さえうずくまってしまう。
「なんと言うことを!」
二人の後ろから声がした。
「急いで戻ってきてよかった!クロさん無事ですか?」
ペリドットがクロに駆け寄り抱き起こす。
「ペリくん?どうして?」
「結界が張られていたので、すぐに解ける者を呼んできたんです」
「あ」
すぐに立ち去ったのは気を使ったわけではなかったのだ。
その事実に気づき、さくらは恥ずかしくなる。
「クロさん、意識が戻られたようで何よりです。もっと早く気付けば…このような事態になる前に救えたのに…」
「あのねぇ!さっきから聞いてれば、私が悪いみたいじゃないのよ!」
「違うんですか!?」
「ペリくん…」
さくらのムッとした表情に危険を感じたペリドットはクロを床へつかせ後ずさんだ。
そして、ドアの方へ目をやる。
「アヤメくん、もういいぞ。ありがとう」
視線の先には意外な人影の姿があった。
「君は…スミレをお願いした…」
クロがアヤメに目をやるとアヤメは嬉しそうにうつ向く。
「彼女は魔導学校の優秀な生徒だったんですよ」
「結界系は得意分野です」
得意げに微笑むアヤメにさくらが近づくと、手を取って微笑みを返した。
「ありがとう!」
「さ、さくらさん…我々の憧れなんです~お役にたてて光栄です!」
アヤメは手を握り返すと頬を赤らめながら呟いた。
「それより!!僕がここに来たと言うことは…」
「またか?」
「えぇ…それも何体も確認されてます。ホントは怪我をされているクロさんにこんなことを頼むべきではないのは解ってます。ですが…イキシアさん始め、オニキスさん、アイリス、先程まで居たはずのアズライト、翡翠さんの姿が見えないんです!!」
「あいつら!!俺を出すまいと、こんな真似を…」
「ただ、落ち神ではなく…以前出現した吸血鬼らしいのです」
そこまで聞くと、クロは無言で立ち上がり、自分の刀を掴み歩き出した。
「クロさん!!ダメです!!」
さくらがクロを呼び止める。
しかし、振り返ることなく立ち止まるとクロは口を開いた。
「…元々、俺はあそこで終わっていた」
桜の木の下での光景が蘇る。
「シロ様に生かされた身だ。あの人を…あの人が命を懸け守るこの国を、俺は何があっても守る」
揺らぐことのない強い意思を秘めたその眼差しに、さくらは口を閉じる。
「ご一緒します」
ペリドットが静かにそう告げ、クロに続いて歩き出した。
「お前…」
「シロ様の執事です。クロさんと同じ気持ちです。いないよりはなにか役に立ちます」
クロはペリドットを見るとそれ以上は何も言わず、部屋を出ていった。
「待って!」
さくらがクロを追いかけその袖を捕まえる。
「私もいきます!!」
「すまない…」
さくらの真剣な表情にクロは小さく呟いた。
三人がその場を去るとアヤメは何が起こったのかわからずしばらく立ち尽くし、そして、何かを思い出したかのように廊下を皆とは反対方向へ走り出して行った。
お読みくださりありがとうございました。
色々あって、久しぶりの更新で申し訳ありませんでした…
引き続き最後の戦いへ向かう皆を追って下されば幸いです。
次回更新をお待ちください。