第3章⑦ 届かない手
スミレのピンチに駆けつけたシロと、スミレはお互いの存在の大切さを知る。
さらにクロの正体が鬼であったこと、そして、クロに起こったその悲しい事実を知り混乱する。
そして、そのクロの背中にジャスパーの刀が突き刺さる。
緊迫した第3章最終話です!どうぞ!
「なんということを…」
シロが静かに呟く。
激しい雨音とさくらの叫びがその場を喧騒から逆に無音とさせた。
ジャスパーは刀の柄を放し、そのまま地面に尻餅をついて鬼の背中を見上げている。
「とうとう…僕は…」
ジャスパーが目を見開きながら、荒い息づかいで声を出す。
クロは刺さっている刀を、背中に手を回し引き抜き、地面に落とした。
小さい呻き声がその口から漏れ、血のこびり付いた手で顔を覆う。
体からはとてつもない妖気がじわじわと溢れ始めた。
噴水にたまる水が大きく波立つ。
地面を濡らしている水もバチバチと細かく振動する。
「いかん!ジャスパー離れろ!!」
シロが座り込むジャスパーに向かって叫ぶが、その圧倒的な力の前に、小さな少年は腰を落としたまま動くことができない。
「ぐ…ああああああっ!!」
クロの叫び声が辺りの水を弾き飛ばした。
その風圧にジャスパーは吹き飛ばされ転がってしまう。
シロも堪えられず後退する。
もうその体の中にはクロの存在を感じることのできないほどの威圧感とエネルギーを蓄えた「鬼」は、ジャスパーを睨み付けるとゆっくりと歩み出した。
「止まれ!クロ!!」
シロの叫びも届かない。
自分の刀を拾い上げると自分を傷つけたジャスパー目掛けて振り上げた。
一人にしないで!!
無数の肉親の骸の残像と、里で同じように鬼に刀を向けられた恐怖が甦る。
ずっと自分を苦しめてきた、忘れることのできない恐ろしい記憶がまぶたの裏に焼き付いていた。
幼いジャスパーに背を向け振り返る二本角の鬼の不適な笑み。
ふと、その記憶に違和感を覚えた。
だが、そんなことを気にしてる余裕はない。
同じことが繰り返される。
つぶった目から涙が絞り出され、体が固くなる。
しかし、ジャスパーの上から刀が振り下ろされることはなかった。
「シロ様!!」
スミレの声がその場の空気を変えた。
ジャスパーがゆっくり目を開けると、目の前の鬼はその体を光の鎖で拘束されている。
「クロ!お前の相手はこの俺様だ!!」
シロは額に大粒の汗を浮かべながら鬼の中にいるクロに呼びかけた。
「もうやめてください!シロ様!!」
スミレがシロの腕を掴むがすぐに振り払われる。
「悪いな、スミレ、アイツは俺が連れて帰るんだ…」
余裕があるのは台詞だけで表情は苦しみを湛えていた。
片手が胸元をきつく握りしめる。
ゆっくりとクロがシロの元に引き寄せられていく。
しかし、暴れるクロの強大な力にシロの両腕が震え始めた。
「俺の元を黙って離れた罰だ!!」
そう叫ぶと光の鎖が一気にクロを引き込んだ。
真っ黒な塊があっという間に雨粒を巻き込みながら飛んでくる。
シロの手前に飛んできたクロを、シロは震えが止まらない腕でしっかりと捕まえた。
そしてスミレの時のように抱き締めたのだ。
その、行動にクロは一瞬動きを止める。
「俺のために生きると、約束したはずだ」
シロがクロの耳元で囁いた。
クロの漏れ出た妖気がシロの力で飽和されていく。
「離せ!!」
自分の力を奪われ、手を大きく動かして抵抗するクロの拳がシロの腹部に入る。
シロは小さい声を上げたが、殴られても決してその腕をほどかなかった。
ただ黙って妖気が尽きるのを待つ。
徐々にクロの体から力が抜けていく。
そしてクロの両手が力なく垂れた。
すでにクロのからだからは先程までの力を感じることはない。
シロの肩にクロの頭がもたれ掛かる。
その頭をシロはそっと撫でた。
「俺はもう大切なものを失いたくない…」
いつもの自信に満ちた声ではなく、ただ静かに切ない声を出すシロの背中に、クロの手がそっと伸びた。
「シロ様…二度も救っていただいて…オレは…どうすれば…」
クロは弱々しく震えた声で話す。
顔を上げられず、うつ向きながらシロのマントを掴んだ。
「…生きてくれ」
そう告げるとシロはクロの額に手を当てる。
優しい光がクロを包んだ。
そして、その場にクロは倒れる。
「クロさん!!」
さくらがクロのもとにかけよりその体を抱きしめた。
腹部から流れていた血はいつの間にか止まっている。
「気を失っているだけだ。すぐに手当てしてやってくれ」
静かに目を瞑るクロとそれをしっかりと支えるさくらを見下ろし、シロはスミレの方へ向きを変え歩き出した。
シロもクロも戻ってきた。
そう安心したスミレはシロを笑顔で迎える。
その笑顔にスミレの知っているシロの優しい眼差しが返ってきた。
「帰りましょう!」
スミレの伸ばした手があと少しでシロに届く。
しかし、その二人の手は触れることなく、シロの体は地面に崩れ落ちた。
スミレの伸ばした手が行く当てなく宙に留まる。
「シロ様!!」
アズライトと翡翠が駆け寄りシロを抱き上げる。
その体はピクリとも動かず、瞳は固く閉じられていた。
シロの白い肌に雨が滴り落ちる。
その目の前の光景に合わせて、激しく降っている雨の音が再び聴こえはじめた。
誰かがスミレの横に立つ。
アイリスだった。
その顔も目の前の出来事を見極められないようだ。
「スミレ…」
耳にまとわりつく雨音に混じってシロの声が聞こえた気がした。
雨に濡れた地面を激しく駆ける音がする。
それはスミレたちから遠ざかっていった。
「ジャスパー!!」
小さな影はまるで逃げるようにそこから離れていく。
スミレは慌てて呼び止めるが、雨で悪い視界にあっという間にジャスパーを見失ってしまった。
戦いの終わりに安心した街の住人がどこからともなく現れてくる。
やがて道が人で満たされるようになると、余計に行方を探す宛がなくなる。
「あの子、クロさんを傷つけたことを…どうしよう…わたし…」
シロもクロも倒れ、ジャスパーも去ってしまった。
全て帰ってきたと思ったのに、一瞬で全て消えてしまう。
何をどうすればいいかわからなくなり混乱する。
「あとは任せてくれ。あまり雨に濡れたままでいると風邪をひくぞ」
アイリスがただ呆然と立ち尽くすスミレの肩に手を置いて話しかけた。
「でも、あの子行く宛なんて…」
「あいつはここまで一人で生活してきたんだろう。見つけたら連れて帰るから」
それでもその場を動けないスミレにアイリスはその腕を掴み向き合う。
「お前はシロ様の側に居ろといっているんだ」
「アイリスさん…」
アイリスの力強い眼差しにそう言われ胸が締め付けられた。
「さあ、いけ」
アイリスが掴んだ腕を突き放し街の中へ消えていく。
スミレは口を堅く結んで、シロの側に駆け寄っていった。
頭の中が真っ白になっている。
自分のしたことが本当に正しいことだったのか。
「わからない!」
ただやるべきことをしただけだ。
「わっ!!」
濡れた地面に足をとられ、転んでしまう。
身体中に痛みがあることに今さら気づいた。
妖魔と戦い、無様に吹き飛ばされた時の痛み。
それでも、傷つけたくない、守りたいと思った。
忘れられない気持ちが小さな胸の中によぎる。
その度にチクリと心が痛む。
「もう、戻れない…」
痛みを我慢して立ち上がると街の中でも人通りのない道へ入る。
雨水が入り込む階段を転ばないように降りていく。
その階段はどこまでもどこまでも地に落ちていくようだった。
第3章いかがでしたでしょうか?
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
解決するどころか、シロは倒れ、ジャスパーは闇の世界へと去ってしまった。
一体どうなってしまうのか…
第4章更新までお待ちください!