第3章⑥ 止まない雨
街に突然現れた妖魔との戦いの中で、スミレは自分の持つ計り知れない力を発動させるも力は続かず絶対絶命に。そこへ消息不明のクロが現れスミレたちを救うがその豹変した姿に3人は戸惑い、自我を失ったクロは刀を向ける。妖魔とクロに襲われた3人を救ったのは、シロだった。
前回までのあらすじです。
さて、シロとスミレの関係は修復されるのでしょうか?クロの秘密がちょっと明らかになります!
雨の降り続く音がやけに大きく耳にまとわりつく。
その強く降る雨に溶けて消えてしまいそうな儚い背中をスミレはただ見つめていた。
失いたくない。
スミレは重たい体を必死に前に進めた。
ただ雨に打たれる一人の男からは近づく度に呼吸を整えるつらそうな息づかいが聞こえてくる。
真後ろに立ちその背中に手を伸ばす。
しかし声を掛ける勇気が出ない。
ふと、ジャスパーたちのことが脳裏をよぎった。
早く追いかけなければいけないのではないか?
シロがその後ろで佇んでいるスミレに気づいたのか振り向こうとゆっくり頭を動かす。
「!」
なぜかとっさにスミレはシロに背を向けてしまった。
だが、その瞬間。
スミレの体は後ろからきつく抱き締められた。
頬に白く艶やかな髪から水が垂れてくる。
「シっ!シロ様!?」
スミレの戸惑いなんてお構いなしにその腕はスミレをシロの体へと引き寄せた。
耳元で一度、静かに息が吐き出された。
そしてすぐにシロの優しい声が漏れる。
「嫌な思いをさせたな。すまなかった…」
シロから発せられた意外な言葉を聞いた瞬間、スミレの瞳から雨に混じり大粒の涙が溢れた。
今までの感情がどんどん湧き上がってくるのに何も言葉にできない。
「シロ様…」
スミレはシロの腕の中で体の向きを変えた。
シロの温かい胸の中に顔を埋めたスミレを、シロは一層力強く抱きしめる。
「シロ様…い…痛いです…」
「…俺をひっぱたいた罰だ」
雨で凍えた体にその温もりは優しく沁み混んできた。
そしてシロはもう一言小さく呟く。
「この感触を忘れないでくれ。…俺が生きていた証に」
その言葉は一瞬、スミレの思考を停止させた。
なにか言おうと顔を上げようとするが、シロの手がスミレの頭を優しく胸に押さえつける。
「何も言わないでくれ」
悲しみに満ちた一言にさらに涙が止まらなくなる。
言葉の代わりにスミレはシロの背中に腕を回しその体をしっかりと抱き締めた。
このまま時が止まればいい。
そうすればシロの体だってこれ以上何かを抱えなくて済むのではないか。
何よりも、この居心地のいい優しい腕の中にずっと居たい。
スミレはシロに対して特別な感情を抱いてしまっている自分に気づく。
「シロ様!!」
遠くからアイリスの声が聞こえてきた。
「!!」
現実に引き戻され、スミレは慌てて体を離そうとした、しかしシロの腕はスミレを放さない。
「!?」
この状況にスミレは我に返り、自分とシロに起こった事を思い出し今さら顔を赤くしてしまう。
「私!!何してっ!!」
スミレの頭の中がパニックになる。
体中が熱くなりのぼせそうだ。
早くシロから離れなければいけないのに離れられない。
「シ、シロ様!?」
そんなスミレの焦りとは裏腹に、シロの体がスミレにのし掛かかってきた。
放さないのではないことに気づき、その体を抱き止める。
「大丈夫ですか!?」
「ん…あぁ。ちょっと気を失っていたらしい」
つぶっていた眼を薄く開け、いつもの口調で小さく呟いた。
しかし、体はまだスミレに預けたまま。
「ちょっ…シロ様、重た、い」
力の抜けている男一人を支えるのには今のスミレは非力すぎた。
やがてアイリスが二人のそばに立つ。
「…何してるんですか…」
「アイリスさん、助けて~」
シロが倒れ込むのを必死に押さえるスミレにアイリスは呆れ顔で冷静に告げた。
「シロ様、その辺にしてあげてください」
その言葉を聞くと、シロは何事もなかったように体を起こす。
「ちっ。なんだアイリス。邪魔をするな」
不満そうな顔を向けながら、シロは濡れた髪をかき揚げ、クロたちの去っていった方を見た。
「もう一人、連れ戻さねばならん奴がいるんだったな…行くぞ、スミレ」
そう言うとシロはスミレの腕をつかみ引き上げ、その手を掴んで、一緒に歩き出した。
まだ雨は止みそうになかった。
まるで誰かの感情を表しているのかのように物悲しく降り続いている。
「アイリス、妖魔の情報は?」
「我々が向かった西の門に妖魔の姿は確認できませんでした。先程のはまた別件かと…西の門には…」
アイリスが言葉をつまらせた。
「どうした?」
「クロ殿が潜んでいたかと…どういうわけか我々の後を追い街に現れたようですが」
「やはり、そうだったか…帰りたかったのだな…国へ…」
シロの表情が曇る。
その眼差しは子を思う親のような、なぜか温かいものだった。
「さっきのは本当にクロさん?」
あの額の角、自我のない眼差し。妖魔と変わらない妖気…
自分たちに向けられた刀。
「あれが本当のクロだ」
スミレの手を握ったままシロはただそう答えただけだった。
迷うことなくすぐに街の中心の広場に出た。
辺りは雨水まみれにも関わらず、噴水の水は激しい音をたて止まることなく流れている。
その噴水の元に黒い塊がうずくまっていた。
苦しそうな声を上げ、辺りを牽制する。
その少し離れた場所にさくらと、アズライト、翡翠の姿が確認できた。
何もできずにただ見守るしかないようだ。
しかし、周りを見渡してもジャスパーの姿がない。
スミレの胸に不安がよぎる。
「いない…」
「どうした?」
「ジャスパーがいない…」
「そうか…その方が都合がよい」
シロはスミレの側から離れると真っ直ぐにクロの方に歩き出した。
クロは刀を支えにしてすっと立ち上がり、シロと向き合う。
「お前は…」
クロがシロに向かって低い声で話しかける。
その瞳は、威嚇と、少しの困惑が混じった複雑なものだった。
「また会ったな。あなたの居場所はここではない」
まるでクロに対して話しているのではなく鬼に対して語りかけるシロ。
「なぜだ…なぜここにいる。アイツらはどうなった…」
「…すべて滅んだはずです」
「…そうか…」
自我がないと言われているはずの鬼の瞳に憂いが浮かぶ。
「お前は知っているのか…」
クロの警戒が少しだけ解けてきているのだろうか、表情が柔らかくなってきた。
「ええ…あなたは仲間を何体も斬り、里を追いやられ、人間に復讐の対象とされた…」
突然、この世界の話ではない、昔話のような話がシロの口から語られる。
その話を鬼は静かに聞いていたが、やがて口を開いた。
「…人とよい関係で暮らしていたはずだった。ある日我らの暮らす丘が火の海になるまでは…所詮は我らを消す機会を伺っていたのだろう。悲しみと絶望に我を失った仲間は人々の里へ降りていった」
鬼は自分に起こっていた出来事を、途切れる記憶をつなぎ合わせながら思い出し言葉を紡ぐ。
「だがあなたは人間を斬ることはなかった。人々の攻撃や仲間との斬り合いの中、瀕死の重症をおったあなたは死を覚悟し最期の場所を探した…」
優しい表情を浮かべながらシロも淡々と言葉を並べていった。
「最期の、場所…」
淡い桜の花びらがこの雨のように降り続く光景が目の前に現れる。
『ここで終わるのか?』
視界にぼんやりと浮かぶ人物の顔が、今、目の前にいる人物であったと鬼は思い出す。
そのあとの優しく暖かい光、その少年の笑顔…
鬼の瞳から敵意が消え優しさに移ろいだ。
「シロ…様…」
クロの瞳の色が変わっていく。
「クロ、帰るぞ」
シロが佇むクロに歩み寄り、その手を掴もうとしたその時…
「許さない!!」
クロの後方から小さな人影が勢いよく刀の切っ先をその背中に向け飛び込んできた。
「ジャスパー!!」
「まずい!!」
スミレの叫びなど届かず、ずぶりという鈍い音と共にその刃はクロの背に突き刺さる。
クロは突き出た切っ先に目を落としそれを素手で掴んだ。
真っ赤な血が刀を伝い落ち雨に混じって地面に溶ける。
本当に一瞬の出来事だった。
「クロさん!!」
さくらがたまらず飛び出してくる。
「来るな!」
シロがさくらに向かって叫ぶ。
後ろからアズライトがさくらの腕をつかみ引き留めた。
「いやぁ!どうして!」
さくらの悲痛な叫びが、激しく地面に叩きつけられるように落ちる雨音に混じり街中に響き渡った。
スミレとクロをしっかりその手に摑まえることができたはずなのに、なんとクロがジャスパーの探していた敵だった??
迷うことなくジャスパーはその背に刃を突き立てその刃は突き刺さる。
次回第3章最終話です!!
お読みいただきありがとうございました!!