第3章④ 街に降る雨
城を飛び出したスミレが向かった先は…
街に忍び寄る不穏な空気
失踪したクロは一体どこに?
みんなモヤモヤしてます。
「えっと…」
さくらの前には、簡単な荷物を持ち、傍らに少年を引き連れたスミレが立っていた。
ただならぬ雰囲気にさくらも何から訪ねればいいかわからない。
「お城、追い出されちゃったの?」
その一言にスミレは荷物を放り出しさくらの胸元に飛び込んだ。
「あんなシロ様嫌いです!!」
「よしよし…」
さくらは困惑しながらもやさしくスミレの頭を撫でる。
ふと視線を上げるとそこには真剣を脇に携えた少年の視線。
「君は…?」
「ジャスパーと言います」
スミレを心配しているような困った表情を浮かべるジャスパーにさくらは微笑んだ。
「ふふっかわいいボディーガードがついてるのね」
「泣いてる女は放ってはおけないから」
そういうと、ジャスパーは俯きながら刀を握る。
「クロさんみたい…その刀…君、もしかして『和の国』から!?」
さくらがジャスパーに訊ねた。
「えっ!どうして」
ジャスパーは驚いて、目を丸くしてさくらを見つめる。
「私もそうだから…事情も含めて話を聞くわ。中に入って!」
涙が止まらないスミレの手を引き、ジャスパーに手招きをする。
「…あの…おれ、街見てきていいかな?」
恥ずかしそうに二人をみるジャスパー。
「…ええ。スミレは私に任せて大丈夫よ」
「すぐ帰ってきてね」
「うん!」
スミレの了承を得るなり、ジャスパーは嬉しそうに駆け出し、街の中へ姿を消した。
「ガセネタと言うことか…」
城下街の外れにある西の門の前で三人はため息をつく。
アイリスの情報は確実なものが多いのだが、今回は外部の者が情報を聞いたとの伝達で動いた。
イキシア、オニキスが森の復興で離れられないとのことで、街で暮らしている、翡翠とアズライトに同行確認を頼んだのだ。
「まあ、なんにせよ何もなかったんだからよかったんじゃない?」
アズライトがにこっと微笑み、明るく言う。
全身から軽い男の印象が漂っているのに、街の警護をする巡察官として働いているアズライトの二面性に未だにアイリスは馴染めない。
「そうかもな…さて、街から結構外れてるし急いで帰らないと、もう雨が降りそうだぞ」
翡翠がアイリスの肩を叩いて帰還を促した。
「そうか…何もないといいのだが…戻るか…」
西の門の造りは簡単だった。
外は砂漠で灼熱の地に続いているため、人の出入りが全くないのだ。
そのため、その付近は、整備が行き届かないうっそうとした深林が行く手を阻むかのように立ち込めている。
三人の立ち去ったあと、その深林の奥深くに息を潜めていた何者かが静かに立ち上がった。
その黒い影はゆらりと前進して街の方へ向かう。
「つまり、シロくんの態度が最近おかしくて、喧嘩ばかりしちゃうと…で、あのジャスパーって子の事を疑ったのに逆上してひっぱたいちゃったって!」
「はい…」
「シロくん、ああみえて、王子さまですからね…普通は話すことだってできない人種だよ…それをひっぱたいちゃった」
なぜか嬉しそうな表情を向け笑いをこらえるさくら。
「反省してます…」
「反省するのはシロくんの方!!あんな純粋そうな子供を疑うし、スミレを傷つけるし…いい薬になったはずよ!!」
「それと…」
スミレはさくらに話そうか迷っていたことを口に出すことにした。
「クロさんが姿を消しました。みんな必死に探してます」
その途端さくらの顔から笑顔が消えた。
「シロくんのせい!?」
もしそうだとしたら大変なことになるかもしれない。
スミレはさくらから放たれるただならぬ殺気を感じた。
「それは、違うと思います。あの二人はそんなことはないかと」
「そうよね…」
さくらの殺気が収まる。
「じゃあ、いったいクロさんは…あ…雨」
窓の外に目をやったさくらはどんよりと曇る空からしとしとと静かに落ちてくる雨に気づいた。
「ほんとだ…」
スミレがここに来てから初めてこの国の天気が変わった気がする。
なんだか胸騒ぎがした。
「あの子、大丈夫かしら…」
さくらがぼんやり外を見ながら呟く。
「ジャスパー…」
スミレは慌てて立ち上がりさくらに背を向け玄関に向かった。
「私、迎えにいってきます!!」
「待って。私も行くわ。もしかしたらクロさん街に来てるかもしれないから、同時に探しましょう」
二人はさくらの店の傘を借り外に飛び出した。
湿った空気が辺りに充満して真っ暗な空から冷たい水の滴が落ちてくる。
「雨か…」
一人展望室から街を見下ろすシロ。
その表情は大切なものを失った喪失感で一杯だった。
「クロ…一体何があったんだ」
その時突然胸に鈍い痛みが走る。
「つっ…」
痛みの強さに立っていられなくなり、その場へ膝をつき床に顔を伏せた。
落ち着いて息を整える、すると痛みは軽くなる。
胸の痛みが起こったときはこうしてじっと呼吸を整える以外にはない。
シロは座ったまま、壁にもたれ掛かり天井を仰ぎ見た。
「こんなところで…」
ふと、あの晩のスミレの手の暖かさを思い出し、静かに目をつぶる。
「…悪い事したかな…」
シロの喪失感の中には、間違いなくスミレの存在も混じっている。
叩かれた頬が熱い。
涙を流し、背中を向け去っていく姿。
何もできず、その背中を見つめてしまった。
感じたことのない気持ちだった。
スミレや、クロのことを思うと胸の痛みも忘れる気がする。
さらに心の中に思いを鎮める。
瞼の裏に微かに映る残像は、美しい光景だった。
大きな樹にはピンク色の小さな花がたくさん敷き詰められ、その花の付いた枝はまるで桃色の空を作るかのように天空に広がっている。
その樹の梺に異様な妖気を放つ何者かが、今にも息絶えようとしていた。
ずっと探していたその影にそっと近づく。
額には二本の角。真っ赤な瞳。
しかしその瞳には今はなにも写っていないようだった。
胸には大きく深い刀傷。溢れ出る紅い血。
力無く無造作に垂れた手を握ってみる。
冷たい。
「ここで終わるのか?」
声をかけてみた。
意識が戻り手元の刀で攻撃される気配はない。
返事はないが、少しだけ指が動いた気がした。
賭けに出る。
里を血の海にしたこの『鬼』を自分の力としてそばに置きたかった。
「この私のために生きると誓え。お前を生かしてやろう。」
もちろん返事はない。
しかし、まだ残っているであろう意識の欠片に従い、頭が下がったようだった。
その瞬間、迷うことなくその鬼の額に手を当てる。
手に入れたばかりの『禁忌魔術』はこのために使う。
「全てを忘れ、生きるのだ」
閉じていた眼を開く。
記憶を失いながらも、従順な護衛として数々の妖魔と対峙し撃退してきたクロ。
なにも言わず突然姿を消すなど考えられなかった。
「大切な人だから…か…」
クロの優しい一言が頭から離れない。
「街…?」
シロには考えている余裕などなかった。
胸の痛みも消えると立ち上がり、吹く風にマントをなびかせながら展望室を走り去る。
大切なものを取り戻すために。
ご覧いただき、ありがとうございました!
とりあえずクロってそうだったんですね…
さあ、気持ちの向くままに飛び出したシロ様はスミレ、クロを捕まえることができるのでしょうか??
次回、街が大変なことに??