第3章② 不機嫌王子
突然やってきた謎の少年ジャスパー。不機嫌極まりないシロ様にはその存在は一体どう映っているんでしょう?
スミレとシロ様の関係、シロ様とクロの関係…色んなことが交錯中…
「剣の稽古?」
「はい、よろしくお願いします!!ジャスパーと申します!!」
ジャスパーの威勢のいい声が中庭に響いた。
シロに言われその足ですぐにクロのもとを訪れたいとジャスパーにせがまれ、スミレたちは城の中庭で一人、花の水やりをしていたクロを捕まえた。
「なぜ刀を?」
ジャスパーの腰にある刀を見ながらクロは尋ねる。
「こいつは親の形見です。村を滅ぼした恐ろしい『鬼』を探して旅をしていました。昨日のあいつも似ていたけど違った…僕は全く歯が立たなかった…」
刀の柄を握り悔しい表情を浮かべるジャスパー。
「そうか…『鬼』と言うのだったな…」
クロもまた何故か目線を下に落とした。
「待っていろ」
そう言うとクロはその場を離れる。
するとすぐに二本の木刀を持って戻ってきた。
「真剣同士では手加減ができん。しばらくはこいつで相手しよう」
ジャスパーに木刀を手渡す。
「よろしくお願いします!」
ジャスパーはすぐに構えに入る。
そして軽い動作で間合いを詰め、剣身を真上に掲げた。
「腹ががら空きだ」
「いだーっ」
一瞬にしてジャスパーの腹部にクロの一撃が入る。
その瞬間の痛烈さにスミレは目を瞑った。
「どうした、もう終わりか」
腹を押さえてうずくまるジャスパーを見下ろしながらクロは近づく。
「へへっホントだ。強い…」
ジャスパーの口許が上がり、その手がまた木刀を握り直す。
「まだまだぁ!!」
すぐに立ち上がりクロのもとへ駆ける。
だが木刀は簡単に弾き落とされた。
「握りが力みすぎる。力をもっと抜け」
「ちきしょう!!」
何度も何度も向かっては弾かれを繰り返す。
ジャスパーの呼吸は一気に乱れ、足元もおぼつかなくなる。
それでも諦めることなく力の入らない手で木刀を握り向かっていった。
「敵討ち…か…」
終わることのない二人の打ち合いを椅子に座って見ていたスミレは、ジャスパーに自分の姿を重ねる。
そしてちょうど中庭の見下ろせる窓からは、その光景をただじっと見つめるシロがいた。
「スミレ!!起きろ!!稽古の時間だ!!」
次の日、身体中に絆創膏やら湿布やらを貼りつけられたジャスパーに朝早くから起こされた。
「こんな早くから?」
まだ開ききらない目を擦りながら布団から降りる。
「クロさん忙しいから朝と晩の空いてるときになったんだ!!」
あんなに痛め付けられたのに何故か嬉しそうで楽しそうな顔でスミレを見る。
「勝手に行っていいか?スミレを待ってたら稽古の時間なくなっちまうよ!!」
ジャスパーはそわそわしながらスミレに言い寄った。
「あ、そうしてくれる?」
スミレがそう言うと、ジャスパーはすぐにスミレの部屋から出ていってしまう。
ジャスパーが出ていってしまうとスミレはまた、布団に入った。
「起きろよ!!スミレ!!」
また、ジャスパーに体を揺すられ目を開ける。
「今度は何?」
スミレは布団から出ずに言葉だけ発した。
「スミレ、朝御飯食べたら仕事だぞ!!」
その言葉に眠気が一気に覚める。
時計を見ると起床時間ぴったりだった。
「わぁ~!!危なかった…ありがとう!」
スミレは慌てて寝巻きを脱ごうと服を捲る。
「わ~まてまて!!俺、外に出てるから!!」
ジャスパーが顔を隠して慌てて部屋の外に出ていった。
「変な子」
スミレは首をかしげ、気にせず制服に着替えた。
「かわいい~なにこの子!!」
「この子じゃない!ジャスパーだ」
朝の食堂ではジャスパーの周りにたくさんの女メイドが集まってきた。
確かに、大人びた性格のようだが顔立ちは子供らしく可愛らしい。
そして、ジャスパー用にあしらったであろう使用人制服を着込んでいることも他のメイドの感性を刺激しているようだ。
一通り騒がれやっと落ち着いてジャスパーと食事をとるスミレ。
「こんな子供が出稼ぎ?」
そこにアヤメがやって来て、スミレの前に座り話しかける。
ジャスパーはアヤメを見るとスミレに向かって小声で呟いた。
「スミレの友達か?」
「友達と言うより、先輩かなぁ~」
「スミレがお世話になってます」
いきなり立ち上がりアヤメに向かってお辞儀をする。
「は、はぁ…」
そんな真面目な顔のジャスパーにアヤメは驚いて目を丸くした。
「目上の方にはしっかり挨拶せねばな!!」
得意気になってスミレを見下ろす。
「そうだね…」
「スミレちゃんて、シロ様にしろジャスパー君にしろ、そういう男に好かれるんだね~」
「すっ好かれるって!?」
つい声を大きくしてしまうスミレに、アヤメはにやにやする。
ジャスパーはここで稽古する合間、使用人として昼間は生活することとなった。
「スミレ、ここ終わったぞ、次は窓拭いちゃうか!!」
廊下の掃除をあっという間に済ませ、まだまだ余裕のあるジャスパーにどんどん仕事をとられてしまうスミレ。
「ちょっとペースを落としてぇ~」
「なんだよ!頑張れって」
若いパワーに振り回されペースが乱れ慌ててしまう。
「張り切ってるようだな…」
後ろから聞き慣れた声がした。
その声を聞いた途端スミレの胸は高鳴り緊張する。
意を決し振り向く。
「シロ様…」
やはり声の主はシロだった。
ペリドットとオリーブ、クロを従え、相変わらず偉そうに胸を張り立っている。
しかし、スミレはシロに会えたことで、自分の中の複雑な思いに戸惑いを隠せない。
「なんだその顔は。少年に振り回されて大変そうだな」
いつもの意地悪だがどこか憎めない言葉とは違い、突き放す様な口調。
「シ、シロ様に振り回されるよりましです!」
スミレは、そんなシロの冷たい様子につい反発してしまった。
シロの眉間にシワが寄る。
「おい、少年。その調子で、城の全てをきれいにしてくれよ」
シロは顎を上げ今度はジャスパーに声をかけた。
「はい、御恩はお返しするつもりです。僕は剣の腕を磨いて必ず復讐を遂げます。クロさん、よろしくお願いします!」
「ああ」
ジャスパーのひたむきな視線にクロは珍しく微笑んだ。
それも気にくわなかったのか、シロがすかさず言葉を発する。
「ふん。スミレ、いい相方を持ったな。しっかり面倒見ろよ。あ、見てもらえの方がいいか」
「シロ様、お言葉をお選びください」
険悪なムードにオリーブが即座に対処する。
「剣を振り回すより、掃除の方があってる気がするが…復讐など何の役に立つ?そんなことやめて、ずっとこいつの面倒を…」
まだ続くシロの悪態にスミレが我慢できずに、眉をつり上げシロの目の前に立った。
「シロ様!どうしたんですか?シロ様らしくないです!!この子の気持ちをお考えください!」
「スミレ…」
ジャスパーはスミレを見上げる。
「俺に口ごたえするとは、いい身ぶ…」
スミレの瞳から涙が滲んできた事に気づいたシロは口を閉じた。
「ちっ…行くぞ」
言葉をなくしたスミレを見ることなくシロはすぐにマントを翻し去っていってしまった。
「シロ様!」
ペリドットだけがすぐに後を追う。
オリーブがその後ろ姿を見ながらため息をついた。
「エリカ様が帰られてから最近ずっとあの調子なの。すぐに周りに当たり散らして…何があったのかしら…」
子どものわがままに手を焼いてるといった表情のオリーブ。
「…」
シロの不機嫌。
エリカのせいではないことにスミレとクロは思い当たる。
お互い目を合わせるが無言でクロは立ち去ろうとした。
「クロさん!!僕…いいんですよね?」
背を向けるクロにジャスパーが声をかける。
「ああ。また、今夜待っているぞ」
クロは振り返らず優しい声で言葉を残すと、すぐに歩いていってしまった。
オリーブもその後をついていってしまう。
「王子様、機嫌悪かったな…スミレ?」
ジャスパーがスミレを見ると、その瞳からは溜まっていた涙が溢れそうになっていた。
「ばかぁ…」
たった一言だけ呟くと顔を手で覆いどこかへ走っていってしまう。
残されたジャスパーは手にした雑巾を見つめた。
「面白いことになってるんだ…」
その呟きは窓から吹き込む風の音にかき消された。
重装な造りのドアを軽い音でノックするものがある。
「シロ様…」
クロがドアに向かって声をかける。
「…入れ」
シロが返事をすると、クロはゆっくりとその扉を開いた。
爽やかな香りの広がる広い部屋の奥の椅子にシロが腰掛け、ぼんやりと窓の外を見ている。
クロは静かにその傍らに近づいた。
「どうされたのですか?」
お互い視線を交わらせず窓の外を見る。
「…あの少年はどうだ?」
何かを考えながらシロはクロに訊ねた。
「いい筋をしている。素直で覚えも早く期待できます」
クロはただ思ったことだけを伝えた。
「そうか…」
それ以上はシロからは何も出てこない。
「シロ様も少しは見習ってください」
その言葉に素早く振り向き反論しようとしたが口を閉じた。
「はあ…スミレは怒っていたか?」
少しだけためらいがちにもう一つクロに訊ねる。
「ご自分でお確かめください」
クロは目を細め、シロを見た。
「俺以上にやな奴だな」
「シロ様、オレはあなたの味方でいたい」
突然、クロが優しい眼差しをシロに向けた。
「なぜだ…お前を引き取ったからか?」
クロの真意がわからず、シロは眉をひそめる。
「いいえ、大切な人だからですよ」
穏やかな表情でシロに微笑むクロに、シロも少し口許を緩めた。
シロ様の株は大暴落!
ジャスパー頑張れ~~そんな感じ。
ちょっとだけ?色んなものを落としてる回です。
拾っていけるように今後も更新していきます!
ここまで、ありがとうございました!
次回をお待ちください!