第2章⑧ エリカの告白
第2章 最終話です!
謎の女に出会ったスミレとクロ。女の正体とは?
シロの契約とは?
それでもって、エリカの秘密とは?
どうぞご覧下さい!
夜の街に突然現れた妖魔を撃退し、『純正団』の皆がそれぞれの場所へ解散すると、クロがエリカを背負った。
「公になる前に姫を戻しましょう」
「そ、そうですね!!」
スミレもクロに着いていく。
「ちょっとまて…」
シロが普段よりも低い声で二人を引き留めた。
スミレの肩は跳ね上がり、クロも歩みを止める。
「お前たちは何を隠している?」
シロは腕を組みあごをあげ二人の様子が気に入らないといった視線を向ける。
クロがシロに向き直ると、その瞳はシロを真っ直ぐに見つめた。
「シロ様は…悪魔と知り合いですか?」
突然、核心を突く言葉がクロから放たれた。
驚いた顔をしたのはスミレだけだった。
シロはその台詞が出ることをわかっていたかのように表情を変えない。
「…ああ」
シロからの返事を聞き、クロは緊張が解けたのか続けて話しだした。
「女に会いました。妖魔でも神でもないと言っていた…深淵の者…ですね。スミレの手前、このタイミングで話すのは悩みましたが」
スミレはクロが何を言いたいのかわからない。
やはり、自分は部外者なのか。
なんだか寂しさを感じた。
しかしクロは憂いを帯びた目で一度スミレを見ると、またすぐにシロへと視線を戻す。
「そうか…」
やがて、ため息混じりにシロは口を開いた。
「それは深淵を司る女王クレマチスだな…彼女は何と言ってきた」
平静を保っているようなシロの表情。
だが、その眼差しはどことなく落ち着かない。
「あなたが『契約』を守る限り我々にはなにもしないと、スミレと…俺に興味があると…もう我々は無関係ではない…」
シロの顔が一層曇る。
スミレを見る目の中になにか揺らめきのようなものが見え、すぐに目が伏せられた。
「あいつ…」
シロは俯きながら小さく呟く。
それは怒りを抑えた声だったのか、なにかに怯えた声だったのかはスミレには解るわけもなかった。
「う…ん」
幸せな夢からエリカは目が覚めた。
冷たい地面ではなくここは誰かの背中の上。
その背中は温かく、大きく、安心できる。
起きてしまえばこの温もりが消えてしまう。
しばらくは、不本意だがこの背中に甘えていよう。
後ろからは愛しいシロの声。
だが、もうひとつ気にくわない声。
『今朝の事』
この二人の関係は?気にすればするほどこの二人の距離が近づいていくような気がする。
とりあえず今は、三人の話に耳を傾ける。
「…『契約』ってなんですか?」
冷たい地下道を歩きながら、声を落としてスミレはシロに訊ねた。
「…」
シロは答えない。
変わりに、ため息がひとつこぼれた。
やがて小さな声でシロは呟く。
「俺はクレマチスと契約し、『禁忌魔術』を手に入れたんだ」
誰も続いて話す事が出来ない。
クロはなにかを訪ねようと言葉を探す。
しかし考え込んだまま口を開くことができずにいた。
その中で、エリカは自分の心音が高まるのを抑えようと小さく呼吸をする。
静寂を破ったのはスミレだった。
足を止めシロに向き直る。
「シロ様、答えになってません。もう一度聞きます。『契約』ってなんですか?」
「お前…」
スミレはシロを睨むように見つめる。
シロは驚きながらそんなスミレの瞳を見た。
そして諦めたように一度天井を見上げ、深くため息をつく。
「対価を払い、それに見合った力を享受される事だ。俺の『禁忌魔術』は悪魔の力…」
「シロ様…」
クロが話を遮るように言葉を挟む。
そして、背中にいるエリカに視線を送った。
「大丈夫だ。起きてるんだろうエリカ」
「あぁ…」
クロの後ろに背負われていたエリカはそこから軽い動作で降りる。
「え?」
訳がわからないのはスミレだけだったようだ。
「声…」
そこには姿形はエリカに違いないのに、発した声に聞き覚えのない人物がいる。
「まさか、気を失わされちゃうなんて思わなかったよ…」
妖しい笑みを浮かべながらエリカはシロに近づいた。
「危ない!!」
「えっ!?ぐあっ!!」
次の瞬間、エリカはスミレに突き飛ばされていた。
シロもクロもその光景に唖然とする。
「この人はエリカ様じゃないですっ!!きっと妖魔が姿を変えて私たちを油断させようと…」
「待った待った…」
シロが片手で頭を押さえて完全にあきれ返っている。
「え」
「ほんとに、お前は…」
また、ため息をつくと、倒れ込んでいるエリカに手を差しのべた。
「シロ…」
嬉しそうにシロの手をとるエリカ。
「シロ様!気を付けて下さい!!」
慌てるスミレの頭にクロの手が乗せられた。
「…お前の瞳は妖魔に反応するんじゃなかったのか?」
「あ」
「ほんとに騒がしい女だな」
間を置くと、スミレの頭に後悔の念が押し寄せる。
「も、も、申し訳ありませんでした~」
エリカに向かって勢いよく頭を下げる。
「許しませんわ」
今度は聞き覚えのある声でスミレを戒める。
四人はまた暗い地下の中を歩き出していた。
響く足音が賑やかになる。
「もう少し…クロ君だっけ?君の背中に甘えてたかったんだけど…」
「遠慮します」
余計な部外者の登場で話が途切れた。
シロはほっとしたようだったが、エリカが急に話しを始める。
「私は無関係じゃない。なんせ、クレマチスとシロの仲を取り持ったのは私だから…」
一同がエリカに目を向ける。
「おい…」
シロがエリカを睨んだ。
「シロ、国を守るために力が要る。君はそういった」
構わずエリカは静かに話す。
「エリカ。もういい」
シロがエリカの腕をつかんで小さな声で話を止めた。
しかし、エリカは話をやめない。
「例え命に代えても…」
「エリカッ!!」
シロの怒鳴り声が暗い地下に響き渡り、それ以外の音が消える。
「シロあなたの力になりたいの!!」
突然エリカがシロを抱き締めた。
「エリ…カ!?」
思いがけないエリカの行動にシロはまた動けなくなる。
エリカの話にも付いていけず混乱する頭でスミレは目の前の光景の意味を懸命に考えた。
そして、シロがそっとエリカの肩をつかんで体を引き離す。
「エリカ、先程も伝えたが君の気持ちは嬉しい。だがこれは俺の問題だ。君の大切な国まで巻き込みたくはない。それはこれからも変わらない」
軽蔑する眼ではなく、優しい眼差しでシロはエリカを見つめた。
「シロの大バカ!」
エリカがシロの胸元を何度も叩く。
シロは抵抗しない。
「あの頃からずっと…シロの力になろうって!!シロを見守って行こうって思ってたのに!!」
「…」
エリカの痛切な叫びにシロは佇むだけだった。
「あの…申し訳ないんだが…」
シロとエリカのやり取りに、クロが割って入る。
「ク、クロさん!?いまはちょっと~」
さすがにスミレもこの場面での割り込みは危険と判断し、クロの腕を掴み引き留めた。
「すまん、気になることが…」
すると、スミレに対して神妙な顔を向ける。
「な、なんですか!?」
「いや、結婚とは同性でするものだったか?」
「は?」
「周りではシロ様とエリカ様の婚約なんだかんだと言っているのだが、男同士でするものだったかどうか思い出せなくてな…なんか違和感があるんだが…」
「クロさんの言っている意味がわかりません!シロ様~!?」
両手で頭を抱えシロに向き直るスミレ。
だが、その先ではシロが胸を抱えてうずくまっていた。
「もー我慢ならぬ!!」
叫びながら立ち上がったシロはエリカの頭に容赦なくヘッドロックをかける。
「いだーっい!!」
「シロ様!!なんと言うことを!!」
即座に止めに入るスミレとクロ。
「離せ!!馴染みのよしみで黙って我慢していたが!!強く叩きすぎだ!!加減をしろ!!バカ力め!!」
シロの怒りは収まらない。
「男の力で殴られれば痛いでしょうね…」
暴れるシロを後ろから押さえているクロが呟いた。
「さっきからクロさん、なにを…キャー!!」
スミレの目の前でエリカの長い髪の毛がバッサリと落ちる。
金髪で短髪の少年が汗を垂らしてスミレに微笑みかけた。
そして、スミレの意識はそこでぷっつりと切れた。
「命に代えても…」
エリカの声が頭の中に響く。
そしてその後のシロの表情。
どこかへ行こうとしているのに邪魔をされたような…
でも、その『どこか』には行かせたくない…
遠くへ行かないで欲しい…
「だめです!!」
目を開けると視界には見慣れた天井。
周りを見るといつもの部屋。
微かなバラの香り。
「あ、目、覚めた?」
そこにはアヤメの笑顔があった。
「アヤメさん…どうして?」
自分の状況が理解できずスミレは混乱する。
「どうしてって、夜中にクロさんが急に来て、スミレちゃんを置いて行っちゃったの」
なんだか嬉しそうに、アヤメが話した。
「え、私何して…」
昨晩のことを思い出す。
一番新しい記憶。
「髪の毛が!!」
「なに!?」
「バサって金髪がエリカ様の!!」
「大丈夫?頭打ってるみたいだから、今日は休んでいいって」
アヤメは優しく気遣いながらスミレの顔を覗き込んだ。
「混乱してる…」
なんだが、たくさんの大事な話をした気がする。
だが全てが煙に巻かれたような。
「頭以外は元気そうだし、私は仕事いかなくちゃ。…平気?」
「ありがとう。大丈夫です!!」
その言葉を聞くと、アヤメは部屋を出ていってしまった。
そしてその直後にまた、部屋のドアが開いた。
「忘れ物?」
「え!?」
「え~?」
そこにはスミレの混乱の原因を作ったエリカが部屋を覗きこむ姿があった。
髪の毛はちゃんとある。
「な、なによ…」
スミレの知っているエリカの威張り方。
「エリカ様…どうされたんですか?シロ様はこちらには…」
「な、シ、シロは関係ないのよ!どうなのよ!!」
「なにがですか?」
「なにがって!!あなた急に倒れたでしょ!!」
「もしかして…心配してくださって!?」
エリカが顎をあげながらスミレを見るが、ほほが少し赤い。
「元気そうね!!じゃあいいわ!!」
そういうと、すぐにスミレに背を向けドアの方へ向かう。
「待ってください!」
スミレが呼び止めると、エリカは動きを止めた。
「わ、私は…」
エリカは言葉を詰まらせながらも何かを話そうとする。
「シロ様をお願いします!!」
思いがけないスミレの言葉にエリカは振り向いた。
「何言ってるの。あなた記憶までなくなったの?私はあのときシロに…」
瞳に涙を浮かべながらエリカはスミレに近づく。
「エリカ様ならきっとシロ様を捕まえておけます」
「え?」
「シロ様が遠くへ行ってしまうようで…」
「あなた…」
伏せられたスミレの顔をエリカの両手が包む。
その掌は意外に大きくてスミレは驚き、目を見開いた。
「私、男よ」
エリカはニッコリと微笑み、まっすぐにスミレを見つめる。
「最初から叶わない願いを押し通すのはもう辞めたわ。完全に否定されたし…」
悔しそうな表情が一瞬だけ浮かんだ。
「え、男…!?」
全ての話が今やっと繋がった。
スミレの白黒する瞳を見ながらエリカは笑う。
「ふふっ…あなたが倒れたときのシロの顔ったら面白かったわ。あんなに心配そうな顔、初めて見た」
スミレの顔から手を離し、エリカは顔をスミレに近づけた。
「シロを捕まえておけるのは私じゃないわ」
エリカの指がスミレのおでこを弾く。
「認めたくないけど…」
エリカの顔が、女性の顔から凛々しくなる。
「シロを頼んだぞ」
スミレの頭に手が置かれたが、それはすぐに離れた。
そしてエリカはドアに向かって歩き出す。
「エリカ様…」
「鈍感もいい加減にしないと…俺が襲っちゃうぞ」
エリカはスミレに向かってウィンクをひとつし、意地悪な笑顔を向けると背を向けてすぐにドアを開けた。
「じゃあね~」
手を振りながらドアを閉める。
「…どういうこと!?」
またいくつかの謎がスミレの頭を駆け巡っていった。
その日エリカはウェンダブルと友好関係を持続し、支援を続けると誓約書を交わし国を去っていった。
見送りを済ませたシロは、大きなため息をまたひとつつきながら、城内の廊下を歩いている。
「残念でしたね」
ペリドットの一言にシロは眉間にシワを寄せ睨み付けるが、何も言わずに足早にその場を立ち去ろうとした。
「シロ様!!」
そこに息を切らせたスミレが駆け寄ってくる。
「お前…」
「エリカ様は?」
「いましがた見送りを済ませた」
「そうですか…」
何か言いたげなスミレの脇を、シロは何も言わず横切ろうとした。
スミレは慌ててシロの服の袖口を摘まんで引っ張る。
「ん?なんだ文句があるのか?」
怪訝な顔でスミレを睨み付ける。
「シロ様…急にいなくなったりしませんよね?」
スミレの思いがけない一言に表情が変わる。
「ああ…」
シロは目を合わせず一言だけ告げると、その脇を歩いて去っていった。
第2章 完
このまま第3章へ突入~…出来るのか??
シロとスミレの関係もぐっと近づいたかな?という感じです。
第3章からはまたちょっと違った感じで話が進んでいくと思いますので、更新をお待ちいただければ、幸いです!
ここまでお立ち寄りいただきありがとうございました!