第2章⑦ 不器用王子
第2章もラストスパートです。
新たな出会いがスミレたちに混乱をもたらします。
さて、シロ様、ちゃんと仲直りしてください!
戦闘回、どうぞご覧下さい。
「でかいってのは羨ましいな」
余裕の表情でオニキスは自分の体ほどもある大きな斧を振るう。
「自分にないものを求めるのは悪いことじゃない」
風のように空に舞いながらイキシアが言った。
尖った剣の先端が妖魔の胸を一突きする。
二人の連続の攻撃に、妖魔の雄叫びが街に響いた。
手足を大きく振り乱し暴れる。
「あんまり派手に動かないでくれ、街が壊れる…」
二人と妖魔の動きが見えるところにいたシロは、ため息混じりに声をあげた。
「大丈夫ですよ。この辺は僕の結界を張ってます。お二人とも〜思う存分暴れてくださ〜い!」
一人の男がシロのとなりで笑顔を浮かべながら叫ぶ。
イキシアとオニキスからは、簡単な返事が帰ってきた。
「アズライト…」
肩ほどの長さのある髪を後ろに束ね、笑顔を絶やさないアズライトは、いつの間にか手に数枚の護符を掲げている。
「僕も援護します!」
そう呟くと護符を妖魔に向かって投げつけた。
勢いよく飛んだ数枚の紙切れが妖魔の体に当たるとそこから激しい爆音と煙が上がった。
煙が去ったあとには所々爆発で失った妖魔が今にも倒れそうに大きく揺れる姿。
だがまだ、大きさゆえかそのまま立ち続けていた。
「さてと…」
シロが一旦目を伏せ、夜の冷たい空気をゆっくりと吸い込む。
「寄り道せず、ただ堕ちれば善かったものを。深淵へ堕ちろ」
シロが両手を前に押し出しながら目を瞑ると、体からエネルギーが真っ白い湯気のようにゆらゆらと沸きだしその体を包みだした。
それは手のひらに集まり始める。
いつの間にかシロの前に大きな魔方陣が描かれていた。
ほんの少し、シロの呼吸が乱れる。
しかしそのまま、体から溢れる気を円陣へ集中させた。
背後から計り知れない力を感じたオニキスがシロを見る。
「出るか、シロ殿の『禁忌魔術』」
果てしなく大きく膨らんでいくシロの力にその場の全てが動きを止める。
「無理をなさる…」
「若いもんは暴れたくなるものだ。さて、離れるか」
妖魔の前からオニキスとイキシアは走り去った。
痛みで暴れる妖魔だけになると、円陣は妖魔に照準を合わせるようにさらに大きくなる。
その時、バタバタと走ってくる靴音が二つ聞こえ、その一つはあっという間にシロの脇を走り抜けた。
瞬間にシロの肩に手が置かれる。
「オレが斬る」
それだけ囁くと、声の主はシロの円陣を飛び越えて妖魔に飛びかかった。
まるで三日月がもうひとつあるかのように剣先から放たれた放物線は、巨大な妖魔を真っ二つに切り裂く。
妖魔はぐらりと一度揺れると、黒い灰となりさらさらと夜の闇に溶けていった。
同時にシロの円陣は弾け、消えてなくなる。
シロは息を切らしながらその場に膝をついた。
「シロ様!?」
アズライトがシロを支え、スミレが横から顔をだし、シロを覗き込む。
「大丈夫ですか?」
スミレの瞳が呼吸を整えるシロの体を照らした。
だがシロを照らすその光は優しい。
「スミレか…早かったな…。平気だ」
シロはアズライトの腕から離れしっかりと立つと、膝をはたく。
「クロさんは、私が呼びに行く前にもう来てましたよ…」
その言葉にシロは軽く顔をあげた。
そして、ゆっくりとこちらに戻ってくるクロの方を見ながら、少しだけ口元を弛ませる。
「そうか…」
「クロさんから聞きましたよ!!ちゃんと仲直りしてくださいね」
スミレはシロの背中を思いっきり叩いた。
その拍子にシロは倒れ込みそうになったがクロが抱き止める。
「痛い!!覚えておけよ!」
シロは支えるクロを無視し、スミレに向かって言葉を投げつけた。
それは目の前にいるクロへの、照れ隠しのように見え、スミレはアズライトと軽く笑い合う。
「シロ様…」
やがてクロがシロに向かって小さく呟くとシロは眉を潜めクロの方を向いた。
「な、なんだ…いつの間に来ていたのだ…」
クロから離れ偉そうに顎を上げるシロ。
「言いつけを守らず。申し訳ない…」
クロが頭を下げた。
主に忠実で、だが時として、護るべきものを護るためには拘束さえ破り駆け付ける。
下がっているクロの頭を見つめながらシロは何も言えなかった。
小さなことで、叱りつけた自分が情けない。
そして、シロはクロの頭をバシッと叩いた。
その光景を見ていた全員が口を開けてしまう。
「あ、当たり前だろう!!お前は私と共にある。離れてはならない!これからもだっ」
わがままな話だがそれはシロの精一杯の言葉だった。
だが、はたかれたクロは頭を下げたままさらに深くお辞儀をする。
「素直じゃないんだから…」
スミレは聞こえないように気を使いながら、それでも小さく呟いた。
「さて、皆さんに質問なんだけど…」
突然、アズライトが手をあげて声を出した。
その手は壁際の一点を指差す。
「あれ、何ですか?」
その指の先には壁にもたれ掛かり、気を失っているエリカの姿があった。
「あ、忘れてた…」
「誰だ、あれ?」
「なんだオニキス知らぬのか。あれはシロ殿の妃となるものだ」
「それはない」
「しかし、先程までうるさく、騒いでいたようだが…」
「『禁忌魔術』って便利ですね」
いつの間にか、アイリスがそこに立っていた。
そして、今度はシロに全員の視線が集まる。
「き、気をちょっと掴んでやっただけだ。今回の事も、記憶の操作で何とでもなる…」
一同に若干冷たい目線を送られシロはふてくされながら白状した。
「だ、大丈夫ですかね…なんか意識跳んじゃってる感じですけど…」
スミレがエリカの顔を覗き込みながら呟く。
「シロ様、禁忌は禁忌です。使い方を間違わないようにしてください」
アイリスが呆れ顔を向けた。
「そう言えば、翡翠はどうなったんだ?あんなやつ簡単に葬れただろうに」
アズライトがきょろきょろと辺りを見回す。
「それが…翡翠は深手を負い北の門付近で動けないのだ。いまは妖魔の気配はないが…、翡翠は『あいつら』と言っていた、まだ敵はいるはずなんだが」
「先生が?」
シロが眉を寄せ、その言葉を疑うようにアイリスに問いかけた。
アイリスの話からスミレは先程の女を思い出す。
しかし、顔に出さないように気を付け口を結んだ。
クロの方を見るとクロもスミレを見ている。
お互い先程の出来事は知られないようにと、視線を交わす。
やがて、クロが一歩前に出て、口を開いた。
「実は…」
「クロさん!?」
スミレはクロの会話を遮ろうとしたが、クロはスミレの肩に手をのせ呟くように言った。
「ここに来る前に一体斬った。翡翠が傷を負わせていたようであっけなかったが…」
「そうだったのか…」
イキシアの表情が柔らかくなり、みな納得の表情を浮かべる。
シロ以外。
「それではこれで解決かな!!」
アズライトが小さな水晶を出して地面に打ち付け割った。
同時に真上からヒビの入る音が聞こえ辺りの空気が破裂すると街が元通りになる。
戦闘用の結界を壊したのだ。
「じゃ、僕はアイリスと翡翠の救護に向かうよ」
「頼んだ」
アズライトはアイリスと並んで走り去っていった。
「さて、ワシも帰って寝るかな」
オニキスも揚々とどこかへ去っていく。
「シロ殿、お幸せに」
イキシアが意地悪な顔をシロに向け、去る。
シロとクロ、スミレと気を失っているエリカだけがその場に残された。
ご覧いただき、ありがとうございました。
シロ様かわいいです。
クロは頼もしい。
そこだけ汲んでください…
さて、次回はとうとう第2章最終話です。
エリカとの関係は?契約って?
気にしていただければ幸いです。