第2章⑤ 嫌な予感
引き続き、繋ぎの話です。妖魔の登場にさらにざわざわします。(笑)
城内に保養地として作られている湖畔のベンチにシロとエリカは並んで座っていた。
特に話が盛り上がるわけではなく、揺れる湖面に映る夕日が静かに落ちて行くのをただ見ているだけ。
エリカはそれでも嬉しそうに次々とシロに話しかける。
だがどの話題に対してもシロは適当に相づちを打つだけだった。
例えば隣にいるのがエリカでなく別の、スミレとかなら何時間でもこうして時間を潰せる。
言い合いになるかもしれないがそれはそれで結構楽しいかもしれない。
そんなことを考えながら、シロは時が過ぎるのをじっと待っていた。
夕日が沈み辺りが暗くなり始める。
「日が落ちてきましたね。寒くなります。そろそろ城内に戻りましょうか」
シロがしびれを切らし、エリカに話しかけた。
「もう少し…ダメですか?」
エリカは隣に座るシロの手の上にそっと自分の手を置き、真剣な眼差しでシロを見つめる。
そして心を決めたように口を開いた。
「我が祖国チュリアーナは気候と地形に恵まれ観光地として人々に愛されて参りました。私もそこが全てでいいと、このままあそこで一生を終えるのだと思っておりました。ですが…」
シロの手を掴み両手でしっかりと握る。
「あなた様がはじめて私の前に現れたとき、この国よりも遥かに世界は大きく、その大きい世界を貴方は見ておられることを知りました。その時から、心を決めておりました」
エリカは一度うつむき、また顔をあげる。
「この国もろとも私はあなた様の一部となり、その肩の荷を一緒に背負っていきたいと…」
シロの真っ直ぐな瞳がエリカを見つめる。
今度はシロが口を開いた。
「あなたのお気持ち、光栄です。チュリアーナもとても素晴らしい国です…」
二人の顔が接近する。
ガサッ
「…誰だ」
シロが音のした茂みの方へ目をやった。
ゆらりと人影が現れる。
「アイリス…」
「シロ様!!」
アイリスは乱れる呼吸を整えながらシロを呼んだ。
「取り込み中のところ…申し訳ない。今すぐに純正団の派遣を!!翡翠が!!」
その言葉を聞くなり、すぐにベンチを立ち、アイリスの方へと歩く。
「…『神堕ち』か?」
神妙な顔つきに変わるシロ。
「はい、大樹の方から一体。今、翡翠が一人で防戦しております」
アイリスも最短で事を告げる。
「翡翠先生がか…」
彼なら防戦ではなく倒してしまうのではないかと思ったが、なんだか胸騒ぎがした。
「わかった。すぐに動こう。あれを頼んだ」
シロはエリカを指差す。
「え?」
状況がわからないアイリスを無視しシロはそのままエリカの元に戻った。
そして、その手を取る。
「急用ができてしまいました。私は先に城へ戻ります。あの者と、足元お気をつけてお戻りください」
シロはそれだけを告げると、アイリスとエリカをその場に残し走り去っていった。
正確には押し付けたようだが…
「シロ!?」
置いてかれたエリカはあっという間のことで頭が切り替わらず、ただ、シロの走り去る後ろ姿を見ているしかなかった。
アイリスも、翡翠の事が気にかかるが、しかし、主人の命令は絶対。
なるべく早く姫を城内へ連れていき、合流しようとすぐ、エリカに手を差し出す。
「姫、城内へ。こちらです」
エリカの手を取ったとき、なぜか違和感を覚えた。
「?」
「何か?」
アイリスの微妙な表情の変化にエリカは眉をひそめる。
「いえ…」
とにかく今は気にしている場合ではないと、エリカの手を引き湖をあとにした。
「あっ!!シロ様!?」
シロの新しいマントを大事そうに抱えたペリドットが城内を駆けるシロを見つけて声をかけた。
シロもそれに気づき、慌てて近づいてくる。
「『神堕ち』だすぐに出る。イキシア、オニキスを街へ向かわせてくれ。私も支度をしたら、出る。」
「え!エリカ様は?」
「アイリスに任せた、直に来る」
「…クロさんは?」
その言葉を聞いた瞬間、シロの背中から殺気が沸き上がった。
「あんなやついなくとも私が片付ける」
急にシロが不機嫌になる。
「…わかりました。シロ様、ご無事でお帰りください」
ペリドットはそう言うとシロに頭を下げ、二人は反対方向に駆けていった。
城内ではエリカの為に歓迎の晩餐が始まっていたが、シロの姿がない。
エリカは寂しそうに目の前の食事を見つめた。
「姫、すまぬな。口に合わなかったかな?」
王が落ち込んでいるエリカに声をかける。
「いえ、そのようなことは。…王子様はいつもあのようにご多忙なのですか?」
「うむ。…今この国の治安はやつの肩に懸かっておる。あいつは責任感の強い男だ。わかってやってほしい」
そう言うと王は優しい微笑みをエリカに向けた。
「…はい」
王の気遣いが余計辛い気がして、うつむいたままエリカは食事を始めた。
城から続く長い地下道を駆け抜ける二つの影。
出口のひとつを見つけ外の風を受けた。
広がる視界。
街は夜の闇に染まっている。
街灯の明かりは全く当てにならない。
三日月の輝きが街の一角を映し出していた。
そこだけは、緑色の光が大きく膨らんでは消え、また新しい光が作られている。
「あそこか…」
「そのようじゃな」
「さすがは翡翠だ。あのような膨大な魔力を連続で使用できるとは…」
「人間にしておくのは惜しい男だ」
遠くの戦況を高台から見つめながら、『純正団』の団長イキシアと、オニキスが目を合わさず会話をする。
「翡翠がいれば助けは一人でよかろう。ご老体は帰ってお茶でもしてたらどうだ」
イキシアがあごを上げて言う。
小さいドワーフへの威嚇のつもりだった。
「何を言う」
そんなイキシアの言動など気にせず、オニキスはイキシアの前に出て走り出す。
「お前さんこそ、花園で一人、望郷に耽っておればよい!!先に行くぞ!」
オニキスはイキシアをおいてさっさと光の方へ向かってしまう。
イキシアは先を越されたことが癪に触りすぐに追いかける。
「…待て…」
イキシアは戦場の方を見ると何かを感じながら眉を寄せた。
「魔力が消えた…」
「まさか…」
その台詞にオニキスは立ち止まる。
一度イキシアを振り返り、また街の外れに目をやった。
しばらくしても何も起こらない。
ただ静かで真っ暗な闇があるだけだった。
「もう、終わったようだな」
「とりあえず見に行こう、わからないが何か嫌な予感がする」
今度は二人揃って、暗闇に向かい走り出した。
街の外壁は一点だけ大きく破壊され、外には無数の攻撃の跡。
力と力のぶつかり合い、その戦いの厳しさを語るようだった。
そして、外壁の崩れた瓦礫の中に倒れている人影を見つけたのは、地下通路を知りつくし、いち早く戻ってきたアイリスだった。
「翡翠!!」
アイリスは慌てて翡翠に駆け寄り抱き起こす。
「聴こえるか?何があった?」
まさかと思える状況にアイリスは声を荒げた。
「ん…」
その切なる声に反応したのか、翡翠の指が軽く動き、意識を取り戻す。
しかし、魔力の消耗が激しいらしく立ち上がれない。
「調子に乗ったようだな」
アイリスに笑いかけるが、表情には悔しさが浮かぶ。
「あいつら…」
「…『あいつら』だと!?一体ではなかったのか?」
「ああ…僕としたことが…一体はだいぶ手負いにしたが、もう一人はとんでもない力を…皆に油断しないよう伝えて欲しい」
「しかし、お前を置いては…」
アイリスはためらいの眼差しを向ける。
それに気づいた翡翠は優しく笑った。
「大丈夫…。ちょっと休ませてくれ。君にあったら元気出たよ、すぐ合流する」
そう言うとアイリスの手を握る。
「シロ様を、頼む」
「…ああ」
アイリスは立ち上がり、ここからは見えない妖魔を探しに街へと走っていった。
何があったかは…
翡翠先生とアイリス気になります。
次話、奴が動き出します(汗)
ご一読いただきありがとうございました!