第2章② バラの庭園
シロのわがままからクロとバラを摘みに出たスミレはとある再会を果たします。
シロやクロとスミレの関係中心です。
どうぞご一読ください!
クロに連れ出され、城内の広大な敷地の裏手にある森の中を二人で並んで歩いている。
スミレはそっとクロを見上げた。
長身で、ガタイがいいと言うわけではないが、細いわけでもなく、着流しが似合ういい体格をしている。
顔にかかる黒い髪が風にさらさら揺れ、木陰から漏れるオレンジ色の陽射しが凛々しい横顔を写し出した。
この男は一体何者なのか。
スミレにわかることは人では敵うはずのない妖魔を一撃で切り裂くほどの剣の腕。
ここに来る以前の記憶がなく、シロに忠誠を誓い命を預けていると言うこと。
確実にシロが何か知っているのだ。
しかし、シロも解らないことが多すぎる。
シロはほんとに王子なのか?
黙っていれば疑わない容姿に漂う品格。
なのにあの横暴さ…
そしてあの夜の残忍な瞳…
今日にしてもなぜスミレの部屋なのか…
シロは…
シロが…
シロなんて…
「私ってばシロ様のことばかり…」
いつの間にかシロのことで頭が一杯になっていることに気付き、大きく頭を振る。
「なにをしているのだ?」
クロが不思議な物を見る目でスミレを覗き込んでいた。
「な、何でもないですっ頭の体操です…」
「…そうか」
特に気にする様子もなく、クロはまた、前を向き歩いていく。
しばらく無言になり、耐えられなくなったスミレが口を開いた。
「あの、クロさん、もう怪我はいいのですか?」
「…ああ」
間は空いたがきちんと返答がある。
安心したスミレはさらに聞きたいことを訊ねた。
「さくらさん、元気ですか?」
「…ああ、さくらはあれくらいでは、へばらない」
「…他の皆さんはどうされてるんでしょうか…」
クロの足が止まった。
なにか気に障ることでも言ったのか、スミレは小さくなりクロを見上げた。
「お前は…」
「な、なんですか」
スミレを見つめるクロのまっすぐな視線に感情はない。
何を言われるのか緊張した。
「面白い女だな」
そして、クロの無表情が少しだけ柔らかくなる。
「えっ?」
「…シロ様が気に入るわけだ」
「えっ!いやっ、だから…あの、あれは!!」
「いや、お前が来てから、シロ様が変わった気がする。よくはわからないが…止まり木を見つけた鳥のような…」
「わ、私なんてなにも…」
「そうか?」
急に何を言うのかと思えばシロの話。
だが、シロの話をするクロが少し優しい顔に見えた。
クロにもやはり表情はあったようだ。
「着いたぞ…」
クロが小さく呟く。
突然、森を抜けた。
あまりにも眩しくて、スミレは一度、目を瞑るが、すぐに開ける。
そこには想像できない全く別の世界が広がっていたのだ。
色とりどりの花たちが地平線の彼方まで果てなく続き、優しく吹く風に花びらが空へと自由に舞い上がる。
まるで、花たちだけの楽園のような世界。
「こ、こんなの見たことありません!」
スミレは感動のあまり、端から端まで夢中で何度も見回す。
反して、クロは無言でこの淡いキャンバスを見つめていた。
「お前たちも来ていたのか?」
急に後ろから声をかけられる。
スミレが振り向くとそこには、この美しい庭園を背景にしても全く違和感のない佇まいのイキシアが立っていた。
「イキシアさん!!無事だったんですね!!」
思わぬ再会。
スミレはあまりの嬉しさに我を忘れてイキシアに飛び付いた。
「おっ!おい…」
「ご無事でよかったです…私のせいでごめんなさい…」
イキシアの胸のなかにスミレは顔を埋め、しっかりと抱き締める。
スミレの行動に驚いていたイキシアも、そっとスミレの頭を撫でた。
「お前が気にすることではないさ。むしろ、護ると誓いながら情けない姿を晒してしまい、申し訳なかったな…」
イキシアは険しい表情を浮かべながら話した。
「体の方はもういいのか?」
クロが問いかける。
「ふん、お前にしては、愚問だな…私は神の国のエルフだぞ…あんな傷…」
「そうか…」
二人は通じるところがあるようで、クロもそれ以上は聞くことはない。
「スミレ、アイリスには会ったか?あいつの方が心配だ」
「アイリスさんが?」
スミレはクロの方を振り向くが、クロは肩をあげただけ。
「なにも聞いていないが…」
何も知らないようだ。
急に不安になる。
「あいつのことだ、きっと無事でいるとは思うが、私と違い、生身の人間だ。」
妖魔の手から生まれた突風により吹き飛び、瓦礫の下敷きとなったアイリス。
あれから何日か経ったといっても無傷なわけがない。
同じく派手に蹴り飛ばされたイキシアや全身に包帯を巻いていたクロのたちの回復能力が普通ではないのだ。
クロがスミレを見下ろしながら訊ねる。
「アイリスのところにも顔を出してみるか…」
「はい!行きましょう!!」
クロの提案にスミレはすぐに答えた。
そして二人はシロ用のバラと、アイリスの見舞い用のバラを摘んで、花の楽園を後にした。
イキシアはスミレにアイリスのことを頼み、一人だけ花園に残る。
夕焼けがイキシアの影を伸ばす。
何か大切なものを護る棘に包まれているかのように、その姿は、周りの何者も近づけさせない空気を纏っていた。
城内に戻るとクロの案内でアイリスの部屋の前に着く。
ドアを二回ノックしてみたが返事はない。
「失礼します」
スミレはそっと取っ手を回し、部屋の扉を開ける。
しかし、そこにはアイリスの姿はなかった。
「今は出ているようだな…仕方ない。アイリスの件は俺が調べる。スミレは先にシロ様のところへ帰っていてくれ。あの人のことだ、淋しがっているに違いない…」
「えっ!シロ様って、淋しがりやなんですか…」
「…」
しゃべりすぎたと後悔したクロはそれ以上はなにも言わず、スタスタとどこかへ去っていった。
「シロ様のもとへ帰れって…私の部屋なんだけど…」
納得のいかない表情で、スミレは自分の部屋に入る。
入った瞬間、自分の部屋では感じない緊張感に足を止め顔をあげた。
そこには眉間にシワを寄せ今にも怒りを爆発させそうなシロの他に、もう一人の人物がいた。
会いたかったその姿を見つけると、突然の入室に驚く二人など気にせず、そこにいたアイリスに飛び付いた。
「スミレ!?」
「良かった!」
「お前っ、ノックをしろ!!」
シロの注意など耳には入らない。
やがてアイリスが声を出した。
「傷が痛む。放してくれ…」
困りながらも、アイリスは優しく微笑む。
「あのときは私のせいで、ごめんなさい…私が役に立たないばっかりに」
「何を言っている…私の方こそ。すまなかった…」
「なんだお前、そんなことを気にしていたのか…」
仲間はずれにされたのが気に入らなかったのか、ややふてくされた口調で、シロは2人を見る。
「…そんなことより!!摘んできたのか?」
「あぁっ!はいっ!」
スミレは自慢げに両手に一杯のバラを差し出そうと手を前にだす。
しかし、そのバラはアイリスとスミレの足元にいつの間にか花畑を作っていた。
「ああ〜っ」
慌てて床のバラをかき集め拾う。
「貴様、俺様にそんな落ちたものを使えと言うのか…」
シロが顔面を歪ませながらスミレを見下ろす。
「むっ…わがまま言うなら次は自分で行ってください!それに、ここは私の部屋です!!文句があるなら出ていってください!」
「なんだと!!」
「何ですか!?」
「だ、だいたいな!クロが付いていながら、何でこんなに遅いんだ?クロはどうした?」
「えっと…アイリスさんを探しに…」
「あいつ…」
「すいません…」
「?」
「淋しかったです?」
「なっ!」
シロの顔がどんどん赤くなっていく。
「ふふっ」
二人の後ろでアイリスが楽しそうに声を出した。
「何が可笑しい!?」
突然起こるアイリスの笑いに、シロは苛立ちの顔でそちらを見る。
「シロ様が王子であることを忘れそうで」
「どういうことだ?」
「そのような言い合い初めて聞きました…なんだか、安心しました」
アイリスがまた、優しく微笑む。
「わけがわからない!」
シロは困った顔をスミレに向けた。
スミレもまたシロと首をかしげる。
「はぁ…」
ため息をつき、冷静になったシロは眉間に寄っていたシワを伸ばし、背筋を正す。
「俺としたことが…」
アイリスの前に立ち、いつもの顔を向けた。
「…アイリス、あとのことは頼んだ、状況がわかり次第報告を。下がっていいぞ」
「…御意…ふっ」
表情に無理があることを悟ったアイリスは笑いをこらえきれない。
「笑うなっ…笑う所ではない」
つい怒鳴りそうになるのをこらえて、平静を装うシロの姿がまた可笑しいのか、アイリスは肩を震わせながら立ち去った。
「なんなんだ…一体…」
アイリスがいなくなるとシロはまた、ため息をつきながら、髪をかきあげた。
「シロ様?花はそのまま浮かべればいいですか?」
今までのやり取りがなかったかのように風呂場の方からスミレがシロに話しかけてきた。
「は?…ああ」
そうやって微笑むスミレにシロも怒りを忘れる。
「…もう、いい。あとは俺がやる。お前は怪しまれる前に仕事にもどれ」
シロは上着を脱ぎシャツの袖をまくりながら、スミレの方に寄ってきた。
「え?でも…」
「それくらい出来る。それともお前は俺の入浴を覗くつもりか?」
シロが呆れながらスミレの手元にあったバラを奪う。
「ちちちがいます!!」
「違うなら出ていけ…一緒に入るのならば許可してやらないでもないがな…」
シロが怪しく笑いながらスミレに顔を近づけ自分の胸元のスカーフを外す。
「え…遠慮しま…っす!」
スミレは真っ赤になりながらシロの腕の下をくぐり抜け逃げるように部屋を後にした。
「はぁ…」
床に落ちたバラの花びらをシロはじっと見つめ、軽く胸元を押さえる。
「どいつもこいつも…」
誰もいない部屋にシロの声だけが寂しく響いた。
ありがとうございました!
ため息王子。
シロ君がんばれと言いたくなってしまった…
次回は同棲?生活も夜〜朝…
シロとスミレの間に何か起こるのでしょうか??
更新をお待ちください!