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砂漠の鐘  作者:
第1部 砂漠の魔獣編
4/9

第2幕 砂漠の王子

 ―――マルス

 声が、聞こえる。

 ―――マルス

 俺を呼ぶのは、誰だ?

 ―――マルス

 ああ…この声は…。

 

「あたしはここよ。マルス」

 俺の振り向いた先に、彼女はいた。

 オレンジ色のバンダナをショートボブの頭に巻き、茶色いかぶりマントが風もないのになびいている。ホットパンツに膝下までのブーツをはき、影のある笑顔をこちらに向けている。

 5年前の、あの頃の姿のまま。

「…あなたは」

自分の声が掠れていることに気づいたが、震えないように抑えるのが精一杯でそちらの方まで気が回らない。

 彼女はにっこりと、俺に微笑んで。

 その姿が突然、朱に染まる。

 気づくと俺の腕の中に、血まみれの彼女が倒れていた。





 

◆第2幕 砂漠の王子◆


 




 ・・・。

 …眠れない。

 砂漠に放り出されて、二度目の夜である。今宵は下弦の月。まるで誰かがオレたちを見下ろして笑っているようで、オレは今日の空が好きになれなかった。初日と同じような遺跡は砂漠のあちこちにあり、オレたちは今日もそんな遺跡の中で夜が明けるのを待っていた。

 日中に炎天下の砂漠を歩き回って体は疲れているはずなのに、慣れない旅の緊張や帰れない不安のせいか、どうしても寝付けない。ギンギンに目がさえてしまったオレは寝ることを諦めて、布団代わりのマントをひっぺがした。少し離れたところに、王子の後ろ頭が見える。眠ってるのかな?

 覗きかけたオレは、ぎくりとした。

 王子は、確かに眠っていた。けれどその様子が、尋常ではないのだ。眉間にしわを寄せ、歯を食いしばっているようだ。額は汗の玉がびっしり浮かんでいる。それでも声すらあげず、必死で耐えているような…。

「…っ、王子!」

オレは思わず、王子を揺さぶった。途端、王子は目を開ける。が、

「―――マリ…!」

飛び起きて右手を伸ばし。

 その先に何もないことに気づいて、王子はしばし、固まった。

 そして詰まっていた息を一度に吐き出し、肩で荒く呼吸する。手を下ろし、歯を食いしばる。

「・・・」

固まったままのオレに気づき、王子は荒い呼吸のまま、弱々しく微笑んだ。

「…すみません、ルナータ。驚かせてしまったようですね」

オレは、あわてて首を振る。けれど、声は出なかった。

 王子は大きく息を吐き、マントをどけて石造りの硬いベッドに腰掛けるかたちになった。

「起こしてしまったようですね」

また、オレは首を振る。

「眠れなくて…外で見張りしてる親父のところに、行こうと思ってたんだけど…」

やっと、声が出た。

「そうですか…」

ふ、と王子は遠い目をする。

 遺跡の窓から差し込む月の光に照らされたその顔は、まるで絵画のようだった。

「…少し、話でもしましょうか。ルナータ」


 


 


「では驚かせてしまったお詫びに、私の秘密でも」

そう言って王子は、オレの前に右手のひらを上に向け、見せた。

 なに?


『炎よ』


王子の言葉に応え、手のひらにボッと炎が生み出された。

「!?」

オレはまん丸に目を見開いて、炎を見つめる。次に、王子の顔を見た。王子の表情は、いたずらが成功した子供のようだ。

「実は、炎魔導士なのですよ」

そう言って炎を握りつぶすと今度は、パン! と両手を合わせる。それをゆっくり広げると、光の玉が…

「わわわわわっ、か、火炎球!?」

「残念でした」

王子はそれを、ぽいと宙に放る。爆音を立てて炸裂するはずのそれはぴたりと空中で静止し、淡い光を煌々と放っている。

「ただの“明かり”の術さ」

そして王子はウィンクひとつ。

 …この人は、なかなかオチャメらしい。知らなかったー。



 

 魔導というのは、人間の外の力を、呪文という道具を使って呼び出す技術のことだ。けれど“明かり”のような誰でも使える魔導はともかく、ふつうの魔導には相性っていうものがある。

 水と相性の良い人間が水の術を使うと、小さな力で膨大な水を操れる。場合によっては、そばにある水を呪文なしの掛け声だけで使ってしまう人間もいるらしい。しかし水と相性の悪い人間が水の術を使おうとしても、大きな力で少しの水しか操れない。相性の程度にもよるが、まったく呼び出せすらしない人間もいるそうだ。

 そんな、水と相性の良い魔導士を「水魔導士」と、光と相性の良い魔導士を「光魔導士」と、それぞれ呼ぶ。だから王子のいう「炎魔導士」というのはつまり、炎の術を得意とする魔導士であると言っているのだ。

 けれどこの「炎」というのは魔導の中でも別格だ。炎を呼び出すことも、そばにある小さな火を少しだけ操ることも、並大抵の魔導士には無理であるといわれている。それだけ炎というのは扱いづらく、威力が大きく、格の違うものなのだ。それはこの世界の成り立ちである伝説と関係があるのだが…まあ、そっちはそのうち改めて語ろう。

 しかしその「炎」を自在に操れるのが、まさかこのマーディルス王子だったなんて。

「何で魔導なんて覚えたんだ? お城で必要だとも思えないのに」

“明かり”をつんつんつついてみながら問うと、王子は「うーん」とあさっての方を向き、

「…暇でしたから」

どんだけッスか。

「後は必要に応じて、ですね」

「え? 城でも必要なことってあるんスか?」

オレは首をかしげる。だって城じゃ、お抱えの魔導士くらいいるんじゃないの?

 すると王子は、ふ…と微笑んだ。あの、謎に満ちた笑いだ。

「ルナータ。ここからは、ヒミツのことですよ」

右手の人差し指を立て、王子は笑う。そしてもう片方の手で手招きしたので、オレはそれに従った。王子の隣に腰掛けると、王子は“明かり”を消した。

「マルス」

唐突に。王子は、それだけ言った。

 …は?

「それが私の、王子ではないもうひとつの名前です」

王子じゃ…ない?

 オレには、よく分からない。

「私が17の頃の話です。もともと趣味で魔導の研究はこっそりしていました」

城の者たちには内緒でしたけれど、と王子はくっくと笑う。

 へえ、この人もこういう、いたずらっこみたいな笑い方するんだ。オレが街で見る連中と比べれば当然、お上品な笑い方ではあるけれど、王子様らしい微笑みって感じの笑顔しか見たことなかったから、なんだか新鮮だ。

 けれどそんなことを考えていたオレの余裕は、次の爆弾発言で吹っ飛ぶことになる。

「そして飛行の術を覚えた私は、夜な夜な城を抜け出すようになったのですよ」

おいおいおい! 王子として大問題だよ!!

「その時、私には幾人かの友ができました。マルスというのは、彼らがくれた名なのです」

そう笑う王子は、珍しく嬉しそうだ。

「とても気のいい連中です。荒いけれど、私の知らぬことを多く知っていました。時々ケンカもしましたけれどね。…初めて魔導を実践で使ったのは、それでしたね」

危ない! 危ないよ王子!!

「でしょうね。私もそう思います」

思うならやめとけ。

「そう、その友たちなのですが…」

言いかけて。

 急に、王子の表情が険しくなった。

「お、王子?」

「下がっていなさい、ルナータ」

王子はマントを羽織り、外に出る。親父が見張りをしているはずじゃあ…

「いけません、お下がりください王子!」

親父のどら声が飛んできた。

 な、なに?

 親父の言葉に従わない王子の後ろから、オレはこっそりと外を見る。カステラのような満月の光に照らされて、黒い影がいくつもうごめいていた。

 影は、異形だった。光のない異常に大きな丸い瞳と、耳元までさけた赤い口からは鋭いキバが見え、骨格はあらぬほど関節が飛び出して見える。

 また一方は、クマの胴体に、それぞれ異なる角の生えた頭が3つつき、妙に長い腕をたれ下げていた。


 そんな異形の影が、オレたちのいる遺跡を取り囲んでいた。


 

「ヒッ」

オレは思わず、王子のマントにしがみついた。

 親父が剣を抜き、走る。けれど、

「駄目です、団長! 奴らに剣は効きません!!」

王子が叫んだ。

 それを証明するかのように、親父の剣がはじかれる。硬い音がするわけでもないのに。

「親父!」

叫んだオレだが、ぶつぶつと。王子が口の中で何か言っているのを聞き、オレは顔を上げた。すると王子が、目で何か合図する。なぜかこの時オレは、王子がどうして欲しいのかが分かった。

「親父ッ!!」

オレはもう一度、叫んだ。あせり顔の親父が、ちらりと視線をこちらに向けた。

 同時にオレは、王子から離れる。

「黒コゲになりたくなかったら、奴らから離れろ!」

親父が、後ろへ大きく跳ぶ。王子が、パン! と両手を合わせた。

 その合わせた両手をゆっくり広げると、手と手の間に、赤い球が現れた。それは手を広げるスピードにあわせて大きくなり、


『火球!!』


王子が異形の一体に向けて、球を放った。

 今度はさっきの“明かり”の術と違い、本物の火炎球である。

 ゴウン!! と爆音を轟かせ、火炎が炸裂した。炎は2,3体の異形を巻き込んだ。

「隠れていなさい、ルナータ!」

王子が、親父のもとへ走り出す。オレは言われたとおり、崩れた遺跡の影に入り込んだ。


魔力剣(ダーク・ブレイク)!』


親父の元へ着くなり、王子は親父の剣に術をかけた。キン! という澄んだ音と、刃が赤く光りだす。

「これで奴らにも剣が効きます。ただし使うほど込めた魔力が減りますから、赤い光が弱くなってきたらすぐに言って下さい、術をかけ直します」

「は、はあ、ありがとうございます。…しかし王子、あなたはなぜこのような術を? それに炎の術とは…まさか王子は、この異形たちをご存知で?」

「こいつらの総称は『キメラ』です。詳しい話は、こいつらを倒した後でしましょうか」

言って王子は、炎の矢でまた一体、“キメラ”を倒して見せた。



 


 


 王子は、強かった。炎の術だけでなくオレの分からない魔導も使いこなし、“キメラ”たちの攻撃をかわしながら、時に確実に、時に派手に、それでもかなりのペースで、“キメラ”たちの数を減らしていた。

 親父も慣れない化け物相手に、“キメラ”たちを倒していく。時たま気づいた王子が親父の剣に術をかけ直し、ふたりはあっという間に“キメラ”軍団を全滅させたのだ。



 


 


「あれは『キメラ』という、人工的に造られた生物です」

“キメラ”軍団を壊滅させた後、遺跡でまたしても円になったオレたち3人は。王子の話に、オレと親父は耳を傾けていた。

「数々の魔導を駆使した上で生まれた技術であり、当然、それは非合法です。なぜそんな生物が造られたのかという点はこのさい置いておきます。しかし、問題は」

王子は形の良い眉をしかめ、あごに右手を当てた。

「人工魔獣である“キメラ”を、私たちへ仕向けた連中がいるということです。おそらく、造った奴らでしょう。ということは“砂漠の鐘”を盗んだのも連中か、もしくは盗んだ側と手を組んでいるかのどちらかになります」

「王子ー」

オレは授業ですらやったことのないほど高く手をあげる。

「はい、ルナータ」

「何で王子は、そんなに詳しく知ってるんスか?」

「さきほど言ったことを、覚えていますか? ルナータ。私に市井の友がいるという話を」

オレはうなずく。親父は初耳だから驚いているようだが、王子の話の腰を折るようなことはなかった。

 王子は目を伏せ、告げた。

「昨日話した私の協力者というのは、その市井の友です。彼らとともに、私は…“キメラ”の製作者たちと、戦ったことがあるのです」

王子の爆弾発言に、オレと親父は言葉を失った。



 


 


 …そうか。何となく、オレは察した。だから王子は、“キメラ”を知っていたんだ。剣が効かないことも、魔導が通じることも、魔力を剣に込める「ダーク・ブレイク」という術が有効なことも。

「馬鹿な!」

けれど親父は、立ち上がった。

「王子が外出なさる時は必ず護衛がつき、移動もすべて馬車でした! 城にいらっしゃる時も、王子が外へ行かれたらすぐ気づかぬはずがないではありませんか!!」

「私が寝室へ入ってから、ずっと見ている者はいないでしょう」

さらりと。王子は、言い放った。

「本当は言うつもりなどありませんでしたが、疑問を抱えたままでは剣の筋も鈍りましょう。団長、認めたくないかもしれませんが、私の話すことはすべて事実です」

「しかし、王子…」

「イオ=サテライト!」

王子にフルネームで呼ばれ、城仕えの長い親父は黙り、ピッと背筋を伸ばした。

「ならば聞きます。先ほどキメラと戦った私を、どう思いましたか?」

「・・・」

少しだけ、親父はためらって。

「…とても、戦いに慣れた者の動きであると思いました」

「ならば、そういうことなのでしょう」

王子は腕を組む。しかし親父が棒立ちしたままのことに気づき、

「団長。気張らずにいきましょう」

にこりと微笑んで、親父に席を勧めた。

「私に秘密があったことは謝ります。けれど、私たちの『“砂漠の鐘”を取り戻して王国を復活させる』という目的ひとつは変わらないでしょう」



 


 


 


 親父と王子の張り詰めた空気がやっとゆるみ、オレはいつの間にか入っていた全身の力を抜いた。

「…王子は、落ち着いてるッスね」

しかしオレがそう呟くと王子は、

「そう、見えますか」

悲しそうに、微笑んだ。



 


 


 


 儚く見ると、勇ましく。

 強いと見ると、小さく見える。

 誰にも知られず炎魔導士となり、組織と戦っていたという。

 マーディルス=アルカス=ヘスペリデス王子って…いったい、何者なんだろう。



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