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砂漠の鐘  作者:
第1部 砂漠の魔獣編
3/9

     砂漠の王国(2)

 気がつくと、ゴツゴツした灰色の天井が見えた。ボロボロで、今にも崩れてしまいそう。ぼんやりと暗いのは、明かりの術を使っているせいだろうか。

 ・・・?

 あれ?

 オレは、がばっと身を起こした。あたりは石造りの、質素な部屋だった。ガラスすらはまっていない窓の向こうには、上弦の月をバックに、砂丘が見える。

「気がつきましたね、ルナータ」

穏やかな声に、オレはそちらへ目を向けた。

 壁や天井と同じ灰色の石がいくつも積み重なり、成人ひとりが横たわれる程度に平たくなった部分が、狭い室内に1ヶ所だけあった。そこに座っていたのは、金髪紅目の超イケメン青年だ。

「うわ、マーディルス王子!?」

え!? 何で!?

 うろたえるオレを見て、王子は、ふっ…と笑った。

「それだけ元気があれば、怪我の心配はなさそうですね」

言われて、うっと動きを止めた。何だか恥ずかしい。

 王子は城で会ったときと違い、市民と変わらないアクリルと綿品質の服を着ていた。黒いタートルネックが、王子の髪色をよく映えさせている。アクセサリーの類もすべて外していて、随分と動きやすそうな格好になっている。

 と、そのとき、自分の上に臙脂のマントがかけられていたことに気づいた。これは?

「あ、戻ってきたようですね」

外へ目を向けて、王子が言う。

 誰が、と尋ねるまでもなく、大きな身体が中へ入ってきた。入り口でバサバサ臙脂のマントをはたき、砂を払っている。

「王子、只今戻りました。…国の様子ですが、残ったのは…我ら3人だけのようです」

「そうですか…」

王子は腕を組んだ。口調こそ丁寧だが、ひとつひとつの仕草が若干、以前のような線の細さは感じないような気がする。

 けれどオレはもはや、そんなのどうでも良かった。

「城は…ととっ! わ、ルナータ?」

飛びついたオレを受け止めて、親父は声を上げた。

「……うぐ」

「何だ? 泣いてるのか?」

「泣いてねーよクソ親父! 節穴な目してんじゃねーよ!!」

「うそつけ、鼻声じゃねぇか」

「るせーバカ親父!!」

ったくドラ息子が、と言いながら。

 親父はオレの頭を、優しくなでてくれていた。



 


 


 ヘスペリデス王国城下町は、先日の砂嵐で壊滅した。

 城も街も砂に埋まった。人々も、暮らしも、昨日までは当たり前だった平和なオレたちの生活も、すべてはひとつの砂嵐でやられてしまったのだ。

 ヘスペリデス城も、残ったのは王子と親父のふたりだけ。国王様も、騎士団も、大臣も、メイドたちも、皆…。

「父上も国民たちも、まだ死んではいませんよ。ルナータ」

そう言ったのは、―――――マーディルス王子。

 え?

「城も街も、砂の下に埋もれてしまっただけです。眠っているだけで、死んではいません」

妙に、自信ありげだ。

「なぜなら、―――“鐘”が奪われていたからです」



 


 オレたちのいる大きな大きな広い砂漠には、いくつも国がある。

 しかし砂漠は。砂丘は。砂は。

 動くんだ。長い年月をかけ、少しずつ少しずつ。

 そして砂は、王国を飲み込んでしまう。人々の住まう街とともに。

 それを防ぐのが、ヘスペリデス王国にある“砂漠の鐘”だ。

 どんなつくりになっているのか、オレも、親父も…もしかしたら王子も知らないのかもしれない。

 けれどその鐘を鳴らすと砂が波打ち、人々の街を飲み込まないようになるらしい。

 その“砂漠の鐘”が、…奪われた?



 


「ルナータ」

名を呼ばれ、オレは王子を見る。

「団長」

親父も、背筋を伸ばした。

 王子はオレら親子に、真剣な目を向けた。

「私はヘスペリデス王国の…“砂漠の鐘”の管理を任された国の王子として、鐘を取り返しに行くつもりです」

王子のその真剣な目は、力強さにあふれていた。普段のマーディルス王子とは、確実に違う。

「王子が行くとおっしゃるのなら、手前どももご一緒いたします」

親父が言い、オレもうなずく。けれど王子は、首を振った。

「団長。あなたには、ルナータがいるでしょう」

親父の視線が、オレに向く。

「正直言って、ルナータには危険すぎます。それに申し訳ないことに、鐘を探す理由は…王子としての立場とはまた別に、私の非常に個人的な理由もあります」

王子は静かに、目を伏せた。

「いわば、私のわがままです。そんなことに、あなたたち父子を巻き込みたくはない」

「しかし、王子…」

言いかけた親父を遮って。

 オレは、すっくと立ち上がった。

「なぁに言うんスか、王子!」

腰に手を当て、仁王立ちまでしてみせる。

「危険があろうがなかろうが、王子だろうが市民だろうが、鐘を鳴らさないと国は戻らないんだろ? ならンなもん関係なく、3人一緒に行くっきゃないスか」

オレは、びしっと窓の外に浮かぶ上弦の月を指差した。

「覚悟しとけよ犯人! ぜってー鐘を取り返してやらぁ!!」



 


 


 


 


 


 と、いうわけで。

 ひとまず眠って、翌朝。オレたち父子とマーディルス王子は、丸くなって座りそれぞれ腕を組んでいた。むろん、これからどうするか考えているのである。オレたちがいるのは、城下町のあった位置からそう離れていない、北の方角。

 直接関係ないが、オレはあの後、親父にとても怒られた。どうやらオレが敷布団代わりにしていた臙脂のマントは、王子の持ち物だったらしい。王子がフォローに入ってくれはしたが。

「ともあれ、まずはルナータの服を何とかすべきでしょう」

王子に言われ、オレは自分の服を見る。

 長袖の薄手のシャツに、ズボンのすそはひざ下までのロングブーツにしまっている。腰にはポーチをベルトに通した、いつもの格好のままだ。昼夜で気温差の激しい砂漠を動き回るには、あまりにそぐわない。

 といっても城下町は砂の下だし、他の街へ行くには距離がある。取りに帰ることも、店で買うこともできないし…。

「ルナータ、こっちへ」

ベッド代わりにしていた石畳の連なるところをごそごそいじっていた王子が、手招きをする。オレが大人しく従うと。

 ふわり。頭から何かをかぶせられる。すぐに頭は抜け、目の前に王子の整った顔が現れる。

「大丈夫そうですね」

オレの肩まわりをいじって形を整え、王子は言う。

 見下ろすと、腰が隠れるくらいまでの茶色いマントがかけられていた。頭を通るタイプのものだ。その首まわりに王子は、今度は緋色の布を巻く、それをシルバーの金具でとめ、

「これをフード代わりにして下さい。マントのサイズは少し大きめですが、気にするほどではないでしょう」

ぽんとオレの頭に手を置いた。…意外とこの人、手が大きいんだな。

「これで大丈夫でしょう。私もマントと動きやすい服に着替えましたし、団長もマントを持っていますから」

「はあ…けれど王子、なぜ着替えやルナータに合うサイズのマントが、こんなところに?」

そう。オレもそれが聞きたかった。

「・・・」

王子は無言で、石造りのベッドに広げてあった臙脂のマントを広げる。

「…以前、ここを拠点にしていた者たちを知っているのです」

ややって、王子は口を開いた。

「ルナータのマントは、そのうちのひとりが使っていたものです。彼女はわりと小柄だったので、ルナータでもサイズが合うのではと思ったのですよ」

ぴったりで助かりました、と王子は微笑む。

「…私は、近々城を出て調査に出る予定でした。その準備として、私の着替えはここに用意させておいたのですが…こんなかたちで役に立つとは思いませんでしたね」

「城を? しかしそんな話は一度も…」

眉を顰める親父に、王子は苦笑いを見せる。

「申し訳ありませんね、団長。ご存じなくても当然です。…誰にも言わず、ひとりで出て行くつもりでしたから」

「王子!?」

しかし王子は親父を右手で制し、

「“砂漠の鐘”を奪った犯人に、心当たりがあるのです」

爆弾発言に親父はもちろん、オレも言葉を失った。

「けれどまさか、これほど大胆な行動に出るとは思っていなかったのですよ。誤算でした」

王子はマントを自分の肩にかけ、レモンイエローの止め具で固定した。

「…しかし王子、あなたに協力者がいるのは確かでしょう」

親父はまっすぐに、王子を問いただした。

 協力者?

「誰にも言わず、とおっしゃいましたね。けれどあなたは『着替えを用意させて』ともおっしゃいました」

気づきましたか、と王子は微笑む。

「ええ、おりますよ。そして彼らは、必ずこの砂嵐から逃れて砂漠にいるでしょう」

「彼ら、ということは複数名ですか」

団長の言葉に、王子は頷く。

「私はまず、彼らと合流するつもりです。…ついていらっしゃるかどうかは、おふたりの自由で構いません」

オレは、親父を見上げた。親父は息を吐き、

「王子をお守りするのが私の務めです。どこまでだろうとお供いたしましょう」

わかりました、と王子は苦笑する。

 王子はそのまま遺跡の入口に手をかけると、

「さあ、行きましょう」

マントをたなびかせ、砂の大地へとその身を投じた。



 


 ―――オレたちの旅が、始まったのだ。



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