プロローグ
辺りに見えるのは、ひたすら砂、砂、砂。ところどころに飛び出した岩が、月光を反射して銀色に輝いている。山のように連なる砂の広野に、影が3つ。動いていた。
「お気をつけ下さい、王子。いつ何時、敵に見つかるやもしれませぬ」
一番大柄な男が、バスの声でいかにも由々しいことであるように言った。臙脂色のマントとフードですっぽり身体を覆い、口元にもマフラーがあるけれど、その下に鍛え抜かれた強靭な身体があることを見て取れる。太い眉と同じ黒髪が、フードの隙間から垣間見える。
「大丈夫です。それにもし敵とまみえることになれば、私も戦うとしましょう。団長ひとりに荷を負わせるつもりはありません」
王子と呼ばれた青年は、静かにうなずく。こちらもそろった臙脂のマントとフードを身につけているが、顔は露見し、月の光に照らされている。月影のせいで光る彼の髪は、1本1本が柔らかい宝剣のようである。年は20を過ぎた頃であろう。その清婉な顔立ちはまさしく王子にふさわしい。
けれど王子の言葉を聴いた男は、慌てる。
「そんな! 王子御身が自ら戦うなどと!」
「しかし、団長ひとりというわけにいかぬのも確かでしょう。王国の近衛騎士団は、団長ひとりを除いて全員…」
王子の続きをさえぎるように、男は激しく首を振る。
「なりません! もし王子の身に万が一のことがあれば、国王陛下はもちろん、亡くなられた王妃様や、騎士団の部下たちにどんな顔を合わせればいいか…! 王子、あなたの身は必ず私が守り抜いて見せます。ですからあなたは、ご自分が生き残ることだけをお考え下さい」
ですが、と王子は口を開こうとする。けれどそれは、
「だ~いじょうぶッスよ、王子!」
明るい声に止められる。
団長と呼ばれた大男と同じ太い髪をザックリ切った12才の少年が、茶色のマントを肩からさげ、首に緋色の布を巻きつけた格好でいた。身長は、団長の腰にようやっと頭が届くくらい。
少年は王子に、にぱっと笑いかける。
「親父は王国一の騎士ッスよ? 心配いりませんって!」
王子、団長、そして少年。
物語は、この広大な砂漠とこの3人を中心に、回るのです。