表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無明の剣聖~両目を失明したけど夢を諦めきれずに剣を振り続けたら、いつの間にか“見える者”より強くなっていた~  作者: WING
第二部:隻眼の老剣士

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/18

7話:未来に橋を

 ◇ ◇ ◇


 朝靄が立ちこめていた。

 静謐――その一語がすべてを覆う時間。


 私――レイモンド・エルヴァントは書斎の窓辺に立ち、まだ冷たい気配を宿した空気の中で、ひとり静かに外を見下ろしていた。

 手を窓枠に添えたまま、ただ、目を細める。


 庭の向こう。

 一本の木剣を、必死に振り続ける小さな影があった。


 ……ノクス。


 その姿を目にするたび、胸の奥に、何か鋭いものが突き刺さる。


 拙い。剣筋はまだ幼く、鍛錬とは呼べぬ代物。

 だが、そこには確かに意志があった。

 何かを掴もうと、手探りで進もうとする者だけが持つ、鈍く、だが確かな光。


「……また、こんなに早く……」


 言葉は呟きにも似ていた。

 皮肉のつもりだった。

 だが、自嘲と安堵が入り混じったその声は、まるで他人のもののようだった。


 ノクス・エルヴァント。

 我が息子。エルヴァント家の嫡男。

 本来なら、剣を持ち、騎士として生きることを約束された、希望の名。


 ……だが。


 その未来は、ある日に霧散した。

 星盲症――この王国でも極めて稀な病。

 あの日から、あの子の瞳は光を失い、私たちの世界から切り離された。


 泣き叫ぶ声を、私は聞いた。

 「何も見えない」と泣きじゃくる息子の姿を、私は見た。

 あれほどの絶望を、私は他に知らない。


 それからの二年の歳月が流れた。

 閉ざされた扉の向こうで、息子は声を失い、足音を失った。

 その沈黙の重さに、私は何度も打ちのめされた。


 だが。


 それでも、今。

 あの子は、再び立ち上がったのだ。

 自らの足で、何も見えぬ世界を、夢に向かって歩こうとしている。


 剣を握り、振るっている。


 笑われるだろう。

 盲目の剣士など、戯れ言に過ぎないと。

 それでも、振っている。


 ――それでも、前へ進もうとしている。


 ……なのに。


「……私は……どうすればいい……」


 握った拳に、爪が食い込む。

 痛みなど、どうでもいい。


 私は王国騎士団長。

 数多の戦場を渡り、生き延び、勝ち続けてきた男だ。

 剣の理を誰よりも知る者。

 だが――


 “視えぬ者”に、私は何一つ教えることができない。

 剣を振るとき、視線はどこに向けているのか。

 敵の気配は、どう読むのか。

 打ち込みの感覚は、どう身体に刻まれるのか。


 私が教わってきたものすべてが、息子には通じない。


 私は……剣を教えるという“父の夢”さえ、失っていたのだ。


 その晩。

 書斎から寝室へ戻った私は、消灯した部屋の中で、ただひとつ、声を漏らした。


「……リュシア、起きているか」

「ええ。あなたの足音は、いつだってわかるわ」


 闇の中から返ってきたのは、かつて私が恋をし、そして共に歩むと誓った女性の声だった。


 リュシア・エルヴァント。

 貴族社会の花とも謳われたスフィア家の令嬢にして、私の妻。


「ノクスの剣を……私は導けない」


 それは、騎士としての敗北宣言だった。

 自らの不甲斐なさを、吐き捨てるように言った。


「見えぬ者に、何を教えればいい? 私は、あの子に……何一つ与えられない」


 そのとき、

 ふいにリュシアが身を起こし、私の背にそっと手を添えた。


 温もり。柔らかさ。

 だが、その声には――鋼のような芯があった。


「あなたは、ずっと見守っていたじゃない」

「……」


「何も言わずに。けれど、側にいた。それだけで、あの子は救われていた。……私はそう思ってる」


 私は……言葉を失った。

 それでも、胸の奥に残る苛立ちは、消えはしなかった。

 見守るだけでは、届かないものもある。

 それを私は、戦場で何度も目にしてきた。


「なら、手を差し伸べるのではなく、橋をかけてあげて」

「橋……?」


 その言葉に振り返ると、

 リュシアの瞳は、まっすぐに私を見ていた。

 確かな意志と、希望の光を湛えて。


「この王国には、数多の剣士がいるわ。けれど、見えぬ者に剣を教えられる者は……ごく僅か」

「……そうか」


 その瞬間、脳裏に閃いた。

 貴族社会の伝手。古の戦士。遥か東方にいるという、異国の剣士たち。


 探せば、きっといる。

 この世界のどこかに、ノクスに剣を授けられる者が。


「……ありがとう、リュシア」

「お願い、レイモンド。あの子には、まだ“希望”が必要なの」


 ――希望。


 その言葉が、胸に深く刺さる。


 ならば私は――父として、剣士として。

 できることをするまでだ。


 翌朝、私は馬を駆り、王都へと向かった。

 探し出すために。

 視えぬ者のための剣を。

 あの子の未来を、もう一度繋ぐ“橋”を。


 朝靄の中を貫く、一本の道。

 それは、父としての私の戦場だった。

 だが、その道は、剣を振るうよりも、遥かに困難なものだった。


 王都までの旅路は、騎士である私にとって平坦なものではある。

 だが、心の中には、かつてない重さがあった。


 ――本当に、私にできるのか。


 そう何度も自問した。

 誰かを探すということは、誰かに縋るということだ。

 私はこれまで、他者に頼るよりも、己の剣と信念で戦場を渡ってきた。

 だが今は、あの子のために。

 私自身の誇りを曲げてでも、希望の光を掴まねばならない。


 道中、朝靄に沈む森の中で馬を進めながら、ふと思い出したのは、幼いノクスの手だった。

 まだあの子の手が小さかったころ、私はその手を取って、木剣を握らせた。


『こうだ、ノクス。足を広く、腰を落として、目は前を――』


 ……前を、か。

 その言葉が、胸を刺す。

 あの子に、もう「前を見ろ」と言うことはできない。


 だが――ならば、私は何を与えられる? 何を信じればいい?


 答えは一つしかない。


 “見えないなら、見えないままでも剣を振れる方法を探す”。


 それが、あの子の“夢”を信じるということだ。

 だから、私は進む。


 その夜、野営の焚き火の前で、ふとリュシアの言葉を思い返した。


『あなたは、ずっと見守っていたじゃない』


 ……そうだ。私は見ていた。

 光を失った息子が、絶望を乗り越え、再び前へと踏み出す姿を。

 その勇気を、あの朝の庭で見た。


 ならば、私もまた、立たねばならない。

 父として、あの子の夢を応援するために。


 王都の灯が、地平の彼方に小さく揺れ始める。

 その光は、まるで“希望”そのもののようだった。





最後までお読みいただいてありがとうございます!

次の更新は10分後にあります。


【私から読者の皆様にお願いがあります】


『面白い!』

『続きが気になる!』

『応援したい!』


と少しでも思っていただけた方は


評価、ブクマ、いいねをしていただければモチベーション維持向上に繋がります!


現時点でも構いませんので、


広告↓にある【☆☆☆☆☆】からポチッと評価して頂けると嬉しいです!


お好きな★を入れていただけたらと思います!


よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ