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無明の剣聖~両目を失明したけど夢を諦めきれずに剣を振り続けたら、いつの間にか“見える者”より強くなっていた~  作者: WING
第二部:隻眼の老剣士

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7/15

6話:再び、剣を振る朝

第二部開始です!

全5話となっております。

今日は全部で5話分投稿します。

はい。第二部全部です。投稿時間はバラバラです。

楽しんでください。

 目が覚めたのは、いつもよりもずっと早い時間だった。

 夜の闇はまだ深く、空気はひんやりと冷たかった。

 眠気は薄れ、心の中に残る静かな興奮だけが、ぼんやりと胸の内で灯っている。


 ――僕は、決めたんだ。


 あの夜、母の声が胸の奥を揺らした。


『もう一度、夢を見てもいいのよ』


 その言葉は、まるで封印されていた何かを解き放つ呪文のように響いた。


 まだ視界は闇のままだけど、目に見えなくても、感じることはできる。

 夜明けの空気の冷たさ、草の葉先に宿る露の重さ、遠くで鳴く小鳥の震える声。

 すべてが、僕に「始まり」を告げていた。


 ゆっくりと身体を起こし、床に足をつける。

 杖を手に取り、手触りを確かめる。いつもの感触。少し擦り減っているけれど、これは僕の友だ。


 足音を立てないように、静かに扉を開けて庭へ向かった。

 こうして自分の意思で外に出たのは、二年ぶりではなかろうか。


 廊下の床を踏みしめる音が、自分の存在を確かめさせる。

 外に出ると、冷たく湿った空気が肌を包み込む。

 地面には露が降り、草花は朝の静けさに震えているようだった。


 杖で石畳の感触を確かめながら、剣を振るっていた庭へと歩を進める。

 庭にやって来た。


 足裏で感じる地面のざらつきは、昔と少しも変わらない。

 何百回も歩いた庭の土。

 この場所で僕は、かつての僕だった。


 ――剣を振ったあの頃の、僕。



 木剣を手に取ると、その冷たさと木のざらつきが指先に伝わった。

 重くはない。だけど、確かな存在感。


「……ああ、これだ」


 僕の体はぎこちなく動き出す。

 腕がふるえ、姿勢は不格好。

 けれど、剣を振る感覚は、あの頃と変わらなかった。


 一振り、また一振り。

 木剣が空気を裂く音が小さく響く。


 手の感触、振り抜く軌道、風の流れ、呼吸のリズム。

 目で見ることはできなくても、身体はすべてを覚えていた。


 ――あの瞬間、僕は確かに生きていた。


 失ったものではなく、まだ残っているものに触れていた。


 楽しかった。


 あの頃のように、ただ夢中で剣を振っている。

 風を切る音は聞こえない。けれど、身体が風の流れを確かに覚えている。


 ひと振り、またひと振り。

 剣先が目の前の空気を掻き分け、軌跡を描く。

 見えなくても、僕は感じる。

 この瞬間の自分を、剣を振る喜びを。


 背後から足音が聞こえ、柔らかな声がした。


「ノクス……」


 振り返ることはできないけれど、声で誰だかわかる。

 柔らかい声が、風のように庭に溶けていく。

 振り返らずに答えた。


「母上……」


 彼女はすぐそばに立ち、手を差し伸べてくれた。

 見えないけれど、その温もりははっきりと伝わってきた。


「あなたが剣を振る姿を見るのは久しぶり……とても嬉しいわ」


 言葉が胸に沁みて、こみ上げるものを抑えられなかった。


「ありがとう、母上。みんなが支えてくれたお陰だよ。だから僕は、こうしてまた剣を持てるように、振るえるようになったんだ」

「……そう」


 ただ一言だけ。

 けれど、その声には、すべてが詰まっていた。

 言葉にならなかった想いも、押し殺してきた涙も、どれだけ心を痛めて見守ってきたかという日々も――その全てが、たった一音に込められて、胸の奥へと染み込んでくる。

 短いのに、こんなにも温かくて、強くて、優しくて、切ない。


「ありがとう。こんな僕を見捨てないでくれて。だから、僕はもう、大丈夫だよ」


 そっと、母上が微笑んだ気がした。

 気のせいかもしれない。でも、きっと、そうだったのだと思いたい。


 そのとき、ふわりと風が流れて、母上の衣がかすかに揺れた。

 それはまるで、胸の奥に張りつめていた何かを、そっとほどいていくような柔らかな風だった。


「朝食の準備ができているわ。……一緒に、行きましょう」


 静かな声音だった。

 けれど、それは何よりも優しく、何よりも力強くて、僕の心の奥まで、まっすぐに届いた。


「うん……」


 ただ一言、そう返して、僕は母上のあとを歩き出した。

 目には映らない。

 けれど、母上の足音と、かすかに香る朝の気配だけで、確かに道がわかる気がした。


 部屋に戻り、母上の手を借りて身支度を整える。

 土で汚れた服を脱ぎ、襟のあるシャツに袖を通し、足元を整えて、少しだけ背筋を伸ばす。

 視えない鏡の前で、それでもどこか背筋が伸びるのは、幼い頃からの癖だった。


「髪、少し伸びたわね。あとで切ってあげる」


 そう言ってくれる母上の声が、優しく耳元に届く。

 手の感触も、香りも、全部が懐かしくて、胸の奥がほのかに熱くなる。


「ありがとう、母上」

「礼には及ばないわ。……それよりも、行きましょう。皆、あなたを待っているわよ」


 廊下を抜けて、朝食の部屋へ。

 扉を開けた瞬間、パンの香ばしい香りとスープの湯気が鼻先をくすぐった。

 懐かしい匂い。温かい匂い。


 ――家の匂いだ。


「お兄様っ!」


 ルナの声が弾けた。

 椅子から飛び出すようにして駆け寄ってきた彼女の気配が、まっすぐに僕の胸に飛び込んでくる。

 その手が僕の手を握る――いつかと同じように、小さく、でも力強く。


「剣、振ってたんですよね? お母様から聞きました! すごい、すっごく嬉しいです! 私、お兄様がもう剣を持たないって……その……」

「ごめん、ルナ。たくさん心配かけたね」


 素直にそう言うと、ルナはぶんぶんと頭を横に振った。


「ううん! でも、一緒に……剣、振れるんですよね? 後で、一緒にやりたいです!」


 その言葉は、驚くほど自然に、嬉しさだけでできていた。

 目が視えないことなんて、まるで気にしていない。

 僕を変わらず兄として慕ってくれているのが、何よりも嬉しかった。


「ああ、もちろんだよ」


 僕がそう返すと、ルナはぱあっと花が咲くように笑った。


「やったぁ!」


 そんな妹の声に重なるように、父上の穏やかな声が響いた。


「……ノクス、戻ってきたな」


 重みのある低音。

 厳しくも、どこか嬉しげな声音だった。

 席についた僕の肩に、そっと手が置かれる。


「……父上」


 短く、それだけを呟いた。

 その一言の中に、伝えたいものを詰め込んだつもりだった。


 父上は何も言わなかった。

 だがその手が、少しだけ強く、僕の肩を叩いてくれた。


 ――それで十分だった。


 使用人たちの気配も、心なしか明るかった。

 誰も声には出さないが、皿を置く音、スープを注ぐ動作、全てがどこか柔らかくて、温かかった。

 きっと、皆が僕の帰り(・・)を喜んでくれている。

 目が視えなくても、空気というのは嘘をつかない。


 朝食は和やかに進んだ。

 パンの温かさも、スープの優しい味も、そしてルナの終始弾けるような笑顔も、すべてが今朝の空気を満たしていた。


 失ってしまったものはあるけれど、それでも、こんなにも多くのものが、まだ僕の中に、僕の周りに、あるのだ。


 そして――朝食が終わると、ルナが言った。


「じゃあ行きましょう、お兄様! 一緒に剣を振るの、楽しみにしてたんです!」

「うん。付き合ってくれるなら、僕も嬉しいよ」


 再び庭へ。

 今度は、父上とルナが一緒だった。


 剣は、昔のようには振れない。

 それでも、僕はもう一度、ここに立つことを選んだ。

 足の運び、姿勢、重心の置き方――父上の指導が入るたびに、少しずつ軌道が矯正されていく。


 父上の言葉は、簡潔で正確だった。

 だが、途中からその言葉が止まる。


「……すまない、ノクス」


 静かな、けれどどこか悔しげな声だった。


「私はお前に、技や戦い方を教えることができない。目を使わぬ剣など、私では教えられない。姿勢の矯正や、立ち位置、踏み込みの距離――そこまでしか、導けないのだ」


 その言葉に、僕は微笑んだ。


「それで十分です、父上」

「……ノクス」

「父上は、何も悪くない。僕の目が見えないことも、父上が僕に剣を教えられないことも――それは、責めることじゃない」


 風が庭を吹き抜ける。

 露を散らし、草花を揺らし、まるで世界が息を吐いているようだった。


「僕は、剣が好きなんです。目が見えなくても、たとえ誰かに笑われたって、まだ振れるなら……僕は、振りたい。夢を、追い続けるって決めたから。父上が教えてくれたこと、僕はちゃんと覚えています。……僕にとっては、それが何よりの宝物です」


 父上は、何も言わなかった。

 けれど、背後から伝わってきたのは、沈黙ではなく、確かな感情の揺らぎだった。


 それは、言葉にならなかった想いのすべて。

 後悔や、自責や、あるいはそれを超えた何か――父という男の、誰にも見せぬ心の奥。


 そのすべてが、僕の胸の中に、そっと、流れ込んできた。



最後までお読みいただいてありがとうございます!

10分後にもう一話更新します。


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