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無明の剣聖~両目を失明したけど夢を諦めきれずに剣を振り続けたら、いつの間にか“見える者”より強くなっていた~  作者: WING
第一部:盲いてなお、夢を見る

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4話:星を宿す剣の花

 春の終わりに差しかかった。

 時間は、静かに、けれど確かに流れていった。

 昼と夜の境目は、もはや僕には見えない。


 それでも、風の冷たさや、空気の湿り気、屋敷の中に流れる空気のざわめきが、ほんの少しだけ時間の輪郭を教えてくれる。


 以前の僕は、誰が何を話しかけてこようと、沈黙を返すだけだった。

 冷たく、突き放し、心を閉ざしていた。

 けれど最近は、ごく短い言葉を口にするようになった。


「ありがとう」

「そこ、まだ……置いておいて」

「今日は、外の音が静かだね」


 そのひと言ひと言が、確かに僕と世界を繋ぎ直してくれていた。

 まるで、ばらばらにほどけていた糸が、少しずつ編み直されていくような感覚だった。


 その変化を、誰よりも嬉しそうに受け止めてくれたのが、母上だった。


 ある夕刻のこと。

 いつものように部屋を訪れた母上が、少しおどけたような声で言った。


「今夜は、食卓にあなたの席を用意したのよ。ルナがね、「お兄様が来てくれたら絶対に美味しくなる!」って」


 その言葉に、胸がじんわりと熱くなった。

 何かが、喉の奥でせり上がってきそうになる。

 僕は、ゆっくりと言葉を探し、戸惑いながらも口を開いた。


「……僕が行って、邪魔にならないかな?」

「なるわけがないでしょう? だってノクスは、私たちの大切な家族だもの」


 その言葉は、柔らかく、それでいて決して揺るがない芯を持っていた。

 微かに震える声に、母としての無償の愛が滲んでいた。


 僕は頷き、ゆっくりとだが立ち上がった。


「ノクス、手を」

「ありがとう、母上」


 母上の差し伸べた手を取り、足元を確かめながら、歩き出す。

 見えないはずの廊下も、角の位置も、何百回と通ったこの家の記憶が、身体を導いてくれる。

 それでも、胸の奥はひどくざわめいていた。


 食堂の扉を開けると、一瞬、空気が張り詰めた。

 僕の気のせいかもしれない。

 だけど、あの一瞬の沈黙が、僕を今ここに確かに引き戻してくれた。


「お兄様! 来てくれたんですね!」


 ルナの声が弾ける。

 椅子が引かれ、小さな足音が駆け寄ってくる。

 僕は母上の手を支えに、声のする方へ微笑みながら顔を向けた。


「ああ……久しぶり、だね。ルナ」

「ふふっ。嬉しいです」


 その笑顔が、空気を震わせるように伝わってきた。

 言葉でなく、温度で、心の奥を照らすような輝きだった。


 席につくと、食卓には香ばしい香りが広がっていた。

 ロースト肉、焼き立てのパン、香草のスープ。

 どれも、かつて当たり前に感じていた家族の時間の匂い。


「父上に今日も怒られました。「構えが甘い」って……。おかげで手のひら、真っ赤です」


 ルナが頬を膨らませながら言う。

 それが可愛らしくて、思わず口をついて出た。


「……父上。その、少し……厳しすぎるんじゃ」


 ぽつりと呟いたその言葉に、父上がほんの僅かに反応した。

 眉をわずかに動かした気配。


「あなた、ルナに少し厳しすぎるのよ」


 母上が笑いながらやさしく場を和ませる。

 ルナもそれにつられて、クスクスと笑った。


「でも、お兄様に褒めてもらえたから、もういいです」

「そうだね……頑張ってて、偉いよ、ルナ。お兄ちゃんの誇りだよ」


 その瞬間、ルナの息が止まった。

 驚きと喜びが、空気の中で花開くように伝わってきた。


「……ありがとう、お兄様」


 たったそれだけの言葉が、胸の奥に温かな光を灯した。

 この世界にまだ、自分の居場所がある。

 そんな風に感じられたのは、どれほどぶりだろう。


 夕食が終わる頃には、食卓は穏やかな空気に包まれていた。

 父上は少し照れたように咳払いしながら、ルナを褒め、母上はそれを見守りながら、静かに微笑んでいた。


 失われていた時間が、ほんの少しだけ、確かに戻ってきていた。


 ――翌朝。


 風が柔らかく窓を撫で、小鳥の声が薄く響いていた。

 目覚めてすぐに顔を洗っていると、扉が優しくノックされた。


「ノクス。起きてる?」


 母上の声だった。


「……うん、起きてるよ」

「少し、外を歩いてみない? 庭の花、見頃なの。ルナも朝から練習してるし……一緒に行きましょう」


 その誘いに、ほんの少しだけ迷って、それから小さく頷いた。

 見えない世界。

 でも、歩いてみたかった。

 この足で、何かを感じてみたかった。


 だから僕は、杖を手に、ゆっくりと歩き出した。

 閉ざされていた世界の扉が、わずかに軋む音がした。


 外に出るのは怖かった。

 でも、見えないけれど――歩いてみたくなった。

 その景色が、どんな色をしているのかを、少しだけ感じてみたくなった。


 だから僕は、杖を手に取り、ゆっくりと扉の方へと歩き出した。

 確かめるように、一歩、また一歩。


 僕の中の閉ざされた世界が、少しずつ、開いていく音がした。


 庭に出るのは、どれくらいぶりだろうか。

 木製の扉がゆっくりと開かれた瞬間、外の空気が胸いっぱいに満ちた。

 懐かしくて、どこか胸の奥を締めつける匂い。陽の匂い。草の匂い。風に揺れる花の香り。


 この世界に存在しているということが、五感でしか認識できなくなった僕には、何よりも鮮烈だった。

 母上は僕の腕をそっと取り、柔らかく言った。


「歩幅は、私に合わせて。ゆっくりでいいから」


 僕は頷いた。杖を握る手に力が入る。

 一歩踏み出すたびに、地面の感触が足裏から伝わってくる。

 石畳のざらつき、陽射しにあたためられた空気、風が葉を揺らす音。


 見えなくても、今この世界が生きているということだけは、はっきりとわかった。

 母上の歩く気配は、花の香りとともに移動していく。


「今日、ちょうど咲いたのよ。あなたが小さい頃、『この花、剣の形に見える』って言ってたわね。覚えてる?」


 その言葉に、僕の心の奥に沈んでいた記憶が、ぱっと鮮やかに蘇った。

 細く鋭い花弁はまるで剣の刃のようで、深い夜空の蒼に、星屑のような斑点模様が星座のように輝いている。


「うん……天に咲き、星を宿す薔花、『天星の薔花(てんせいのそうか)』……だよね」


 この花は年に一度、春の終わりに夜空に最も近い場所でだけ咲く。

 この丘に屋敷を建てた当初はうまく育たなかったが、先々代の代になってようやく、この一角だけでの栽培に成功したと聞いたことがある。


 夜になると自ら淡く光り、その斑点はまるで小さな星座のように浮かび上がる。

 古くから剣士たちはこの花を「剣に似ている」と語り、僕が憧れた【天斬りの剣聖】はこの花を最も愛し、こう言ったという。


『この花が咲くたびに、いつかあの天を斬ると、胸に刻み直させてくれる』


 僕もまた、あの花を『剣の花』と呼び、心の奥でずっと夢を刻み続けてきた。

 でも、目が見えなくなり、挫折した。


 懐かしさと痛みと、そして微かな温もりとともに。


「ふふっ。嬉しいわ」


 母上の声は、少しだけ泣きそうに揺れていた。

 そのまま、僕たちはゆっくりと庭を巡った。

 チューリップ、ラベンダー、セージの茂み――小鳥の鳴き声が空に弾ける。


 全ての音と匂いが、今まで僕の内側を塞いでいた何かを少しずつ溶かしていくようだった。


 やがて、剣の音が聞こえてきた。


 風を裂く鋭い音。

 乾いた土を踏みしめる足音。

 短く息を吸って、吐きながら、打ち込むような呼吸。


 それは、ルナの訓練の音だった。

 近くの中庭に出ると、空気の密度が変わったように感じられた。

 父上の声はなかった。今は自主練習の時間なのかもしれない。


「ルナ、今日も朝から張り切ってるの。あなたが昨日、「頑張って偉いね」って言ってくれたから……ずっと嬉しそうでね」


 母上が少し微笑ましそうに言った。

 僕は立ち止まって、音のする方角に顔を向けた。

 木剣を振る風の音が、僕の胸の奥に深く食い込んでくる。


 ――懐かしい音。


 かつて、僕もあの音の中にいた。

 剣を握り、無我夢中で振り、ただ夢に近づくためだけに汗を流していた日々。

 あの時間こそが、確かに僕という存在を形作っていた。


 でも、今は――その音を聞いていると、胸が締めつけられる。

 羨望と、悔しさと、恐れと……そして、強烈な渇望。


 僕も、あの音を響かせたい。


 そんな衝動が、突き上げるように湧いてきた。

 ギュッと強く握った手の内が、微かに汗ばむ。


 胸の奥に、かすかに疼くような痛みと、焦燥。

 でも……。


 もし、また剣を握って、それで……やっぱり何もできなかったら?


 暗い問いが、足元から這い上がる。

 今はただ、こうして傍で感じていればいい。

 願ってしまえば、今よりもっと深く傷つく。


 だから、見ているだけで、聞いているだけで――それでいいはずなのに。

 なのに、なのに――。


 手が、疼いて仕方がなかった。


 剣を握りたくて、たまらなかった。


 あの木剣の感触。

 腕に伝わる重み。

 風を切るあの軌道の感覚。


 すべてが、頭ではなく、身体の奥から沸き上がってくる。

 気がつけば、僕は口を開いていた。


「……僕も、あの頃のまま、だったらな……」


 母上は、そっと僕の腕を包み込んだ。


「ノクス。あなたは、もう一度夢を見てもいいのよ」


 その声は、まるで祝福のようだった。

 暗闇の中に差し込む光のような、静かで、けれど揺るぎない力を持っていた。


「怖いなら、無理にとは言わない。でも……もしも、“もう一度だけ”って思うなら。あなたは、いつだって、剣を取っていいのよ」


 僕は、答えられなかった。

 けれど、心の中で――今まで幾度となく否定してきた思いが、少しずつ形になっていくのを感じていた。


 この手で、もう一度目指したい。

 剣が重くても、夢が遠くても。

 もし、そこに届く道があるのなら――。


 僕は――……




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