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無明の剣聖~両目を失明したけど夢を諦めきれずに剣を振り続けたら、いつの間にか“見える者”より強くなっていた~  作者: WING
第六部:共にある命の重み

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36話:絶望の中で見る蒼き光〈下〉

 彼の刀が閃くたび、黒騎士の一撃を受け流すたび、音もなく、しかし確実に、勝利へと近づく鼓動が伝わる。


 ――信じていい。


 怖くて、震えて、もう無理だと諦めかけた私の心に、彼が確かな光を灯していた。


 そして、その瞬間――。

 ノクスの瞳が開いたのだろうか。

 今まで閉ざされていたはずの瞳が――開かれた。

 振り返ったノクスと視線が重なる。


 それはまるで、どこまでも澄み渡り、揺るぎのない蒼い瞳。その瞳の奥で、星の瞬きのように輝く光があった。


「……綺麗」


 小さく呟かれた私の言葉は、彼には聞こえていなかったようだ。

 彼は紫の瞳だと聞いている。では、あれは一体……


「ノクス、その目は……」


 その瞬間、彼は小さく微笑んで、黒騎士に視線を戻す。

 戦いは再開された。

 先ほどよりも苛烈さを増しながらも、完成された剣を振るう黒騎士を前に、ノクスは一歩も引いてはいなかった。

 むしろ、黒騎士の攻撃を見切り、的確にダメージを負わせていく。


 しかし、ノクスの動きが突然鈍くなる。

 黒騎士から斬撃が放たれ、ノクスの腕から鮮血が飛び散る。


「――ぐぁ⁉」

「ノクス⁉」


 声にならない叫びが、喉の奥で震えた。

 私の祈りは、無力感と恐怖に絡め取られ、届くかどうかも分からないまま空気に消えていく。

 膝を突いたノクスの瞳からはあの蒼い輝きが失われ、紫の、何も映さない瞳へと変わっていた。

 私を助けるんだと、守るといった彼が傷付くたび、胸が引き裂かれるような痛みを感じる。


 しかし、ノクスは諦めなかった。

 再び立ち上がる度に、胸の奥に小さな光が灯るようだった。


「まだ、だ! まだ、諦めてなるものかッ!」


 その叫びは、絶望し、諦めた私の胸の中へと広がっていく。

 そして、彼の双眸は再び蒼を宿した。


 彼はもう、限界だ。

 これが最後の戦いになると、そう思った。


 迫る黒騎士とは距離があったが、気付けばノクスは黒騎士の眼前で構えていた。

 私は何が起きたのか理解できなかった。


「――〈八ノ型・龍顎〉ッ!」


 ノクスは黒騎士が振り下ろすより早く、高速の二段切りを放つ。

 轟音が響く。

 黒騎士は体勢が崩れながらも、反撃しようと剣に魔力を込める。

 対するノクスも魔力を刀に収束し、構えていた。


「……〈九ノ型・天墜〉――ッ!」


 まるで空間が引き裂かれるような感覚と、蒼い煌めきが一切合切のすべてを一刀両断した。

 砂塵と静寂に包み込まれる中、黒騎士は崩れ落ち、その姿を塵と化した。

 ゆっくりと、血だらけでこちらに歩み寄る彼は、不器用に笑みを浮かべる。

 閉じられた瞼からは血が流れている。

 恐らく、あの目の代償なのだろう。きっと痛いはずだ。


「……大丈夫。もう、終わった。もう、終わったんだよ。だから、安心して……」


 その言葉を聞き、私は彼が生きていたという事実に肩が揺れ、涙が頬を伝い、上手く呼吸もできない。

 人前で泣いたのは初めてだ。

 彼は人差し指で、そっと私の涙を拭った。


「泣いてたら、せっかくの綺麗な顔が涙で台無しじゃないか」

「そんなのどうでもいいのよ……私は、私はあなたが死んじゃうんじゃないかって、不安で不安で……」


 嬉しくて、誇らしくて、感動して、迷惑をかけて、力になれなくて、色々な想いがこみ上げ、思わず彼の胸に抱き着いてしまう。


 ああ、彼の体温、鼓動がこんなに心地よくて、安心する。


「私は何もできなくて……あなたは諦めなかったのに、私は簡単に諦めて……それに、こんなにも弱くて……あなたを巻き込んで……」


 自分の声が、まるで霧のように消え入りそうで、耳元で震える自分の息さえかすかに感じる。

 ずっと強くあろうと無理をしてきたのに、今の私はただ震えているだけだ。悔恨が胸を締めつけ、涙の熱が頬を伝う。


 突然、背中に柔らかな重みを感じる。誰かが抱き締めてくれたのだと理解した瞬間、胸の奥に温かさが広がった。

 力の抜けた体を支えてくれるその腕の感触は、どんな言葉よりも私を安心させる。


 抱きしめられるたびに体が小さく震える自分を意識し、胸の奥が痛くなる。言葉にならない感情が、波のように押し寄せる。

 微かに涙が頬を伝い、抱きしめてくれる彼の胸に落ちる。冷たさと温かさが交じり合い、現実の感覚が鮮やかに刻み込まれる。


「アリシア、僕から巻き込まれにいったんだ」


 その声を聞き、胸の奥の何かが震えた。耳元に届く声は、私を慰めるのではなく、強く抱きしめてくれる彼の意志そのものだった。


「……もう、聞いたわよ」


「そうだね。でも、君をこんな暗い場所に一人置き去りできないよ。僕はどんな状況に陥用と、相棒を見捨てたくないから」


 胸に熱が流れる。置き去りにされることを恐れていた私に、彼は何度も立ち上がる理由を示してくれていた。

 視えない目で私を真っ直ぐに見据え、揺るぎなく言葉を紡ぐその姿に、言葉にならない感動が込み上げる。


「な、なんで見捨てなかったのよ……」


 震える声で問いかける。何度も同じ質問をしてしまうけれど、それだけでは足りない。

 胸に触れる手の温もりが、私の不安と恐怖を少しずつ溶かしてくれる。


「誰かを置き去りにするほど、僕は弱くない。たとえ視界を失っても、剣を振るう理由と守るべきものがある限り、何度もでも立ち上がるよ」


 その言葉に、胸の奥で涙が止まる。弱さを見せることが許されると同時に、私もまた立ち上がれる希望を見つける。


「それは、天を斬るため……?」


 胸が熱くなる。小さな声で尋ねながらも、もう答えはわかっている。


「うん。それが僕の理由であり、夢だから」


 胸の中の何かが、柔らかくほどけるように安堵する。


「私も、もう一度目指してもいいと思う……?」


「うん。僕も視力を失い、夢を一度諦めた。でも、家族に支えられ、師匠に出会い、こうしてまた夢に向かって剣を振れる。だから、死ぬまでは何度も目指し続けていいんだ。僕らの人生はまだまだ長い。挫けそうになることだって何度もある。でも、諦めなければいつかは成せるんだ」


 涙で視界は滲むけれど、胸の中にじんわりと温かい力が広がる。疲れと痛みで全身が重くても、彼の存在が私を支えてくれる。


「……ありがとう、ノクス」


 小さく、けれど心を込めて言う。その言葉に、彼は掠れた声で「気にしないで」と答える。胸に響く声は確かに私に届き、私の心を少しずつ落ち着かせる。


 まだ体は震えている。けれど、抱きしめられる力が緩むと同時に、涙の熱も徐々に収まっていく。


「私……今は泣いてばかりね」


「いいんだ。泣ける時に泣けばいい。強くあろうと無理をし続ける方が、よほど心を削るから」


 息を呑み、わずかに顔を彼の胸に埋める。涙に濡れたまつ毛が頬に触れ、そのかすかな温もりに、心の底から安堵を覚える。


「あなたは……本当に、不思議な人ね。誰よりも強くて……私なんかより、ずっと優しい」


「優しいんじゃない。ただ、夢を見てるだけさ。天を斬る夢を……それを一緒に追える仲間がいるなら、僕は何度だって立ち上がれる」


 その言葉を聞くと、胸の奥の緊張がふっと緩む。荒れた海がようやく凪ぐように、泣き声は消え、落ち着いた呼吸が胸に伝わる。


 ――よかった。泣き止んだ。少し笑ってくれた気配がした。


 胸の奥に暖かさが広がる。今までの戦いの傷も、痛みも、報われた気がした。


 でも、彼の身体が限界を迎えていることも感じ取る。全身を襲う痛み、筋肉の痙攣、そして瞳の奥の激痛。


「ノクス……? ねえ、どうしたの……」


 震える声を耳に届ける。返事はない。

 ただ、彼の冷たくなりかけた手をそっと握る。

 存在を確かめるように、私は自分の体を彼の隣に寄せた。


 最後の力で微笑むその顔。

 その微かな温もりと、戦いを経た疲れきった息遣いに、私は胸を打たれる。

 感じたことのない、胸の奥のざわめき。


 私は地面に座り、そっと膝を曲げて、ノクスの頭を乗せる。

 手のひらで彼の髪を撫でながら、色々な感情が全身を満たす。


 闇が彼を包もうとしても、私が彼を支えるのだと。


 そして、そっと誓った。

 私も、彼の隣に立てるように強く、強く立ち続けようと。


 それと同時に、気づいてしまった。

 私は彼に惹かれているのだと。

 彼の存在が、ただ守るだけではなく、胸を熱くして、私の心を掴んで離さないのだと――……



最後までお読みいただいてありがとうございます!

次が最後になります。


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