29話:失踪と救援
本日最後の更新です。
◇ ◇ ◇
迷宮の光の門を抜けた瞬間、カイゼルたちは膝を突くようにして地上へと戻ってきた。
冷たい空気が肌を撫で、外の世界の匂いが鼻腔に広がる。
閉ざされた迷宮の重苦しい空気に慣れ切っていた体には、その開放感がむしろ胸を締めつけるように感じられた。
だが、安堵の息は誰の喉からも漏れなかった。
アリシアとノクスが、転移トラップに飲まれて姿を消したからだ。
「……先生……!」
震える声をあげたのは、怪我して担がれていた少女だった。
艶やかな栗毛を揺らす彼女の名はエリナ・フロレンス。
温厚で控えめな性格だが、踏み入れた部屋でトラップを踏み抜いてしまったのも彼女だった。
傍らに寄り添っていたもう一人の桃色の髪の少女は、涙をこらえ切れずに俯いていた。
彼女はリリィ・ルシアード。
明るい彼女はAクラスではムードメーカー的な存在だったが、今は声を震わせていた。
「私たちが……罠を踏んだから……。私のせいで……アリシア様も、ノクス君も……!」
ミリアの声は嗚咽に途切れ、肩が小刻みに揺れる。
その姿に、カイゼルはきつく唇を噛んだ。
「違う」
短く、しかし強く否定する。
「ミリアたちのせいじゃない。あれは誰だって予期していなかったし、避けられなかった。……むしろ俺がもっと注意していれば、二人は無事だったはずだ」
悔恨の色が滲む声。
剣の才に恵まれた彼でも、クラスメイトの失踪という無念は胸を抉っていた。
カイゼルと一緒に組んでいたケインも、後悔からか顔を顰めている。
「カイゼルの言う通りだ。ミリアとリリィは悪くない。迷宮ではイレギュラーが起こることがある。それが今日だったんだ」
アーベル先生は険しい表情で生徒たちの様子を確かめると、セリアの足に素早く治療を施すよう、待機していた者に告げる。
回復魔法という温かな光が包み込み、傷口は次第に塞がっていく。
「大丈夫だ。これでいつ通り歩けるはずだ」
そう告げながらも、彼の声は硬い。
「……だが問題は別だ。アリシアはこの国の王女だ。ノクスも、エルヴァント家の嫡男。その二人が行方不明になった。この報告はすぐにでも学園へ上げねばならん。授業は急ぎ中止にする」
その言葉に、場の空気がさらに重く沈んだ。
王女アリシア――王家に連なる者が迷宮で失踪した事実。
そして、盲目でありながら剣の才を秘めたノクス・エルヴァントが共に姿を消した事実。
いずれも、ただの学生の失踪では済まされない。
アーベルは険しい面持ちで、すぐに学園へと伝令を走らせた。
知らせは瞬く間に王都へと届いた。
学園長は蒼白な顔で報告を受け取り、すぐに王城への急使を放つ。
「アリシア王女殿下が迷宮で失踪だと……⁉」
玉座の間に走った声は震え、重臣たちの顔から血の気が引いていく。
王の眉間にも深い皺が刻まれた。
迷宮はただでさえ危険の極みである。その深部に転移トラップで飛ばされたなど、最悪の状況以外の何物でもない。
加えて、今回の血が媒介になるトラップなど初めてのことだった。
「直ちに救助隊を編成せよ! 一刻の猶予も許されぬ!」
玉座の間に響いたその声は、必死に冷静を装いながらも、父としての焦りと恐怖を隠し切れてはいなかった。
かくして、学園史上最大規模の探索救助が、王国の威信を懸けて動き出すこととなった。
――報せが届いてから、わずか数時間。
王国は驚くべき速度で動いた。
王直属の近衛騎士団、その中でも精鋭中の精鋭が急ぎ招集され、さらに冒険者ギルドからも熟練の探索者たちが呼び寄せられる。
装備を固めた騎士が列をなした。
鎧の擦れる音、武器の金属音、魔力の気配。
そのすべてが「これが一大事である」と物語っていた。
その前に立つアーベル先生は、険しい表情で指揮を執っていた。
だが、その背に――生徒たちの声が飛ぶ。
「先生! 俺も行きます!」
声を張り上げたのはカイゼルだった。
真っ直ぐな声音に、周囲の騎士や冒険者たちが一瞬振り返る。
も必死に口を開く。
「私もです! お願いします! 私も一緒に行かせてください。アリシア様も、ノクス君も、私たちのせいで……!」
エリナは唇を震わせ、堪えきれずに続ける。
「ただ待っているなんて……したくないんです! どうか……どうかお願いします!」
アーベルの顔が苦く歪んだ。
「無理だ」
短く、冷徹な声が返る。
「これは王家が中心となる救助作戦だ。生徒を連れていくわけにはいかない」
だが、カイゼルは退かなかった。
瞳をぎらつかせ、拳を握りしめる。
「……言葉だけじゃ説明できない場所だってある。トラップの場所は、俺たちしか分からないはずです!」
その声に、リリィとエリナ、ケインがはっと顔を上げる。
カイゼルは続ける。
「転移トラップが発動したのは、トラップによるゴブリンジェネラルと多くのゴブリンの発生。……あの場所まで案内できるのは、俺たちだけでは?」
周囲の空気が変わった。
話しを聞いていた騎士団長が腕を組み、低く唸るように言う。
「……ふむ。確かに、彼らの言うことは一理ある」
「しかし!」
騎士団長に声を上げるアーベル。
教師として、絶対に認めたくはなかった。
「アーベル。君が優秀で、人を想っていることも知っている。教師になった理由も。しかしだ。この救出は時間との勝負だ。三日分の食料も、節約しても二週間が限度だ。急ぐ必要がある」
騎士団長の言う通り、時間との勝負であることも事実だった。
沈黙の後、彼は低く告げた。
「……わかった。ただし戦うことは許可できない。お前たちの役目は、消えた場所までの案内だけだ。案内が終われば、私が地上に連れて帰る。いいな?」
その言葉に、四人の胸が強く打った。
リリィは涙を堪え、エリナは強く頷き、ケインとカイゼルは静かに拳を握り込む。
その後、準備は整えられた。
騎士たちが整列する。
冒険者たちが回復薬を確認し、魔法使いたちもいつ戦闘が起きてもいいように支援魔法の準備をする。
そして、迷宮の入口。
暗き口を開けるその場所へ、救助隊が突入する時が来た。
騎士団長が剣を掲げ、号令を発する。
「目標はアリシア王女殿下と、ノクス・エルヴァントの救出! 往くぞ!」
轟く声と共に、重い足音が地面を揺らす。
その中に、カイゼルとセリア、ミリアの姿もあった。
彼らの胸には、ただ一つの願いが渦巻いていた。
――クラスメイトを、仲間を助けるために。
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