23話:遥か先の夢のために
朝の学園は、まだ柔らかい光に包まれていた。
石畳に朝露が残り、足音を吸い込む湿った空気が肌に心地よく触れる。
鳥のさえずりや、魔力で目覚めた植物のざわめき、遠くの鐘の音。それらが混ざり合い、まだ眠気の残る学園に独特の緊張感を作っている。
僕は軽く肩の力を抜き、校舎へ向かう。
石畳の微妙な凹凸を足裏で確かめながら歩く。
周囲の気配が少しずつ増え、同級生たちの姿や足取り、話し声の距離が明確に浮かぶ。
心臓が少し速く打ち始める。
今日、初めてこの場所で剣を振る日だ。
教室に入ると、すでに数名の生徒が集まっていた。
ざわめきや衣擦れの音が、緊張と期待の混じった空気を作る。
その中の一人、背筋の伸びた少年が近づいてきた。
魔力と気配、声から判断するに、自己紹介で傲慢さを隠そうともしなかったカイゼル・ドレヴァンだ。
彼は皮肉っぽい笑みを浮かべた声で言う。
「ノクス、だったな」
「うん。カイゼル君だったよね」
「よく覚えていたな。それで、お前は盲目で我流なんだって?」
軽く耳を傾けると、周囲の生徒の気配に微妙な変化があった。
好奇心と、少しの警戒。
「そうだね」
カイゼル君の言葉に、僕は眉を顰めることもなく肯定する。
そして、ただ静かに心の中で剣への想いを確認する。
――目が見えなくても、剣を振る情熱は変わらない。
――誰よりも、僕は夢に向かって剣と向き合ってきた。
軽く息を吐き、腰の刀に手を添える。
その微かな冷たさが、胸の奥で膨らむ熱をさらに固めるようだった。
「はっ、面白いな。実技、楽しみにしてる」
カイゼル君が去ってすぐ、教室の扉が開く。
アーベル先生の気配がすっと流れ込み、床や壁を伝って僕の感覚に届く。
「揃っているな。では、実技訓練棟に移動する」
低く落ち着いた声。
アーベル先生の後に従い、僕たちAクラスは移動を開始する。
訓練棟に移動すると、室内の開けていた。
「では、各々用意されている木剣を手に取れ」
用意された木剣は、剣であり、刀ではない。
刀だと意識して使ってみればいいだろう。
「では、二人一組を作れ」
するとカイゼル君が僕に「一緒に組まないか?」と声をかけられた。
断る理由は見つからないので、カイゼル君とやることに。
「カイゼル君、よろしくね」
「ふん。俺が直々に実力を確かめてやる」
最初は僕たちの番からとなった。
僕は木剣を手に取り、立ち位置を確認する。
床の感触、木剣の柄の冷たさ、隣のカイゼル君の気配――すべてが頭の中で立体的に形を成す。目は見えないが、空間は明瞭に把握できる。
「準備はいいか?」
カイゼル君が低く問いかける。声には挑戦的な色が混じっており、僕は軽く頷く。
風が剣先を掠めるような音と共に、二人の呼吸が一瞬重なる。
木剣の軽い衝撃が腕に伝わる。
初めの数回の打ち合いで、僕はカイゼルの呼吸、微かな足の動き、体重のかけ方まで感じ取った。
――これだ。
心の奥で、血が熱くなるのを感じる。
剣を振る感覚は、目に映るものよりも確かな感覚だ。
相手の意図を読み、タイミングを合わせ、軌道を外さず打ち返す。
カイゼル君が一瞬、戸惑う気配を見せる。
「……お前、見えないのに、随分正確だな」
皮肉混じりの言葉に、驚きと感嘆の色が混じるのがわかる。
僕は答えず、ただ木剣を構え直す。
打ち合いを重ねるうちに、カイゼル君の攻撃が次第に柔らかくなる。
挑発的だった気配が、少しずつ敬意に変わっていくのが分かる。
短い間合い、微細な呼吸の変化、体の重心――僕は目ではなく、感覚で世界を“視て”いる。
最後の打ち合いで、カイゼル君の木剣がわずかに止まる。
「……認めるよ、ノクス。見えなくても、これほど扱えるとはな」
初めて、目が見えない僕に対して、真正面から認める言葉を受け取った瞬間だった。
胸の奥で、熱いものが静かに膨らむ。
――これが、剣を通して得られる信頼だ。
「それまで!」
アーベル先生の声で、僕とカイゼル君は木剣を下ろす。
握る手の感触と呼吸の乱れ、周囲のざわめき――すべてが、僕に現実として届く。
カイゼル君は少し笑みを浮かべ、肩の力を抜いた。
その目の前の感覚を、僕は確かに心に刻んだ。
今日の勝負は、僕にとって技術だけでなく、剣士としての自信を深めるものだった。
胸の奥で膨らむ高揚と誇りが、確かな力となって体を満たす。
それから他のクラスメイトの模擬戦形式の試合が行われる。
アリシアの番となり、その気配は鋭く、研ぎ澄まされていた。
模擬戦は一瞬で決着が着き、誰もがアリシアの実力に驚いていた。
そんな驚きと尊敬あアリシアに注がれたまま、実技が終わると座学が始まる。
机に置かれた書物の気配や、クラスメイトたちの呼吸、微かな魔力の波動を感じながら、授業に集中する。
周囲の生徒たちとの軽いやり取りもあり、冗談交じりの会話に微笑む気配や、互いを気遣う温かさが伝わる。
僕が目が見えないことを気にかけて、声をかけてくれる生徒もいる。
自然と会話に参加しながら、学園生活の感覚が少しずつ身体に染み込む。
放課後、訓練場はひっそりとしていた。
木の床の感触が足裏に伝わり、微かな風が剣に触れ、空気が静かに揺れる。
木剣を握る手に集中が宿るたび、世界は僕と剣だけのものになる。
振るたび生まれる呼吸と重心の対話。軌道の一点まで、手のひらで理解できる。
――そのとき、柔らかな気配が横から近づいた。
「ノクス。あなたの剣筋、とても繊細で、美しいわね」
短い言葉なのに、温度が心に届く。胸の奥が小さく高鳴った。
目の前に立つのはクラスメイトであり――王女アリシアだ。
「ありがとう……でも、まだまだ師匠には及ばないよ」
自然に口をついて出た言葉。脳裏には、師匠ゲンサイ・アカツキの姿が鮮やかに浮かぶ。
戦場で自らの剣術を編み出し、剣に魂を宿らせる人。
僕は師匠の剣術に『天幻流』と名を与えた。
「師匠って……?」
アリシアの声に、好奇心と優しさが混ざる。軽やかで、真剣だ。
「東の島国の出身で、僕と同じ夢を抱き、独自の剣を編み出した人だよ。僕はこうして振るたび、師匠の魂を感じている」
言葉に込めると、胸の奥で思い出が揺れる。
師匠の教え――
『剣は生きている。振るう者の魂が宿らねばならん』
「だから……まだ未熟だけど、少しずつ師匠に近づいている気がする。夢に一歩でも近づくために」
「……あなたが言う、師匠と同じ夢って……?」
「僕と師匠の夢は――」
一呼吸置き、僕は告げた。
「【天斬りの剣聖】のように、いつかあの天を斬ることなんだ」
アリシアから驚きが伝わる。
「お伽噺の……」
「うん。だから諦めずに、剣を振るう。師匠も僕と一緒に、夢を目指してくれているんだ」
アリシアは目を細めて微笑む。
「……そう。あなたの剣からは、想いと魂が伝わってくる」
純粋な賞賛。
それだけで、胸に深く響く。
彼女はそう言うと、静かに去って行った。
その背を見送り、僕は小さく息をつき、木剣を再び振る。
風が刃を撫で、床に響く音が僕と剣の対話を増幅させる。
アリシアの存在を感じながらも、心は師匠の教えと共に集中する――まだ届かぬ夢に向けて、今日も剣を振るのだ。
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