22話:Aクラス
入学式が終わり、新入生は教室に移動した。
教室に入り席に座り、背筋を正して静かに呼吸を整える。
ほどなくして、扉が開く音が響いた。
硬質な蝶番がわずかに軋み、革靴が床板を踏み締める音が、教室の空気を揺らす。
「静粛に」
澄んだ低音が教室に満ちる。
ただ大きいだけではない、重みと芯の通った声。
剣を長く振り続けてきた者に特有の、無駄な揺らぎを含まない響きだ。
教師――担任となる人物の気配は鋭い。
だが、刃のように尖らせてはいない。あくまで磨き上げられた刃を鞘に収めるような、節度ある強さだった。
「本日より諸君らを受け持つこととなった、アーベル・グラントだ。以後よろしく頼む」
彼は壇上に立ち、名乗りを上げる。
その声の響きが床を伝い、壁を這い、僕の感覚に確かな輪郭を描き出す。
背は高く、肩は厚く、呼吸の深さから見ても体はよく鍛えられている。
「ここはAクラス。入学試験の成績上位の者たちが集められている。言うまでもなく、最も期待される者たちだ」
周囲の生徒たちが息を呑む気配が走る。
静かな誇らしさと、わずかな緊張感。
僕の胸の奥でも、熱がひとつ高まった。剣を振り続けてきた日々の先に、いよいよ新しい戦いが始まろうとしている。
「もっとも、この学園は身分や出自に関係なく、剣と魔法を学ぶ者に等しく門を開いている。貴族だろうと平民だろうと、ここでは関係ない。ただ実力のみがすべてを決める」
言葉に込められた確信の力が、肌を震わせる。
僕は小さく頷いた。
余計な先入観なく、ただ剣を通して互いを知り合えるのは、とても素晴らしい。
「諸君らは剣か魔法、どちらかを主として学ぶことになる。己の資質を見極め、道を選べ」
僕にとって選ぶ必要はなかった。剣だ。
刀を握る手に、自然と力がこもる。
「では、順に自己紹介をしてもらおう」
担任の言葉に、前列から順に立ち上がる気配が続いた。
椅子が擦れる音、呼吸を整える吐息、微かに衣擦れが教室に連なっていく。
一人目は男性。
落ち着き払った声で名を告げ、剣士志望だと語った。
次は女性。
魔法の素養が強く、火の扱いに自信があるらしい。
それぞれの言葉に伴う気配の波――誇り、不安、決意。全員が胸に熱を抱き、ここに立っているのがわかる。
中には傲慢さを隠さない者もいた。
声に混じる妙な張り、相手を見下すような気配。
逆に、自信のなさを隠せず、声が震えてしまう者もいる。
――だが、それもまた剣の修練場と同じだ。
弱さも傲慢も、振るった剣が正直に暴いていく。
僕は静かに、彼らの気配を心に刻んだ。
いずれ交えることになるかもしれない仲間であり、ライバルたちだ。
やがて、壇上に向かって立つ気配がひときわ凛として響いた。
軽やかでいて、確かな芯のある足取り。
「アリシア・リヴェル・アルディアです。流派はアルディア流です。高潔で力強い剣士を目指しています。これからよろしくお願いします」
彼女の声が教室全体を満たす。
静謐で澄んだその声は、無駄なく磨かれた刃のようだった。
誇り高さと誠実さ、そして決して折れない意志を感じた。
彼女の流派、『アルディア流』は、歴代剣聖の一人であり、アルディア王国を建国した初代国王が編み出した剣術である。
彼女が席に戻ると、いよいよ僕の番が来た。
椅子を引き、立ち上がる。板張りの床を踏みしめた音が、教室に静かに響いた。
視線が僕へと注がれているのがわかる。
まあ、眼帯していて、尚且つAクラスだからというの理由だろう。
「ノクス・エルヴァントです。この通り、目は見えませんが、剣は振れます。流派はありませんが、剣への想いは誰にも負けません。まだまだ未熟者ではありますが、よろしくお願いします」
声を張ったわけではない。
ただ胸の奥の熱を、言葉にして外へ流した。
わずかにざわめきが広がる。
驚き、興味、疑念――さまざまな気配が絡み合う。
けれど、その中で僕の心は揺るがなかった。
僕にとって剣は生きる証であり、夢へと進む道なのだから。
「よし」
担任が軽く頷く気配を示す。
その一言が、不思議と温かく胸に残った。
自己紹介が一巡した後、アーベル先生が言った。
「今日は説明だけだ。明日からは実技に入る。しっかり準備しておけ。解散だ」
椅子が一斉に動き、ざわめきが再び教室を満たす。
新しい日々の幕開けを、誰もが感じている。
僕も刀の柄に触れながら立ち上がった。
明日、初めてこの学園で剣を振る。
胸の奥が高鳴り、血が熱く沸き立つようだった。
屋敷へ戻る馬車の中、石畳の揺れが体を上下に揺さぶる。
ほどなくして屋敷に到着すると、馬車が石畳を滑るように止まり、御者が「ノクス様、到着です」と告げる。
僕はゆっくりと馬車のステップを降り、外気に触れる。
肌を撫でる涼しい空気が、疲れた体を心地よく包む。
大広間に足を踏み入れると、静かに足音を吸い込むような柔らかなカーペットの感触が伝わる。執事長のハドソンがすぐに現れ、低く整った声で言った。
「ノクス様。本日は初日でしたが、学園はいかがでしたか?」
その声に、僕は微かに笑みを浮かべ、刀の柄にそっと手を置いた。
今日一日の感覚が、頭の中でまだ生き生きと動いている。
教室のざわめき、周囲の魔力の流れ、アリシアの凛とした気配――それらすべてが胸に熱を灯していた。
「うん……すごく、いいところだったよ」
言葉に力を込める。嘘はつけない。心の奥から沸き上がる、この感覚は、ただの興奮ではない。剣を振ることができる喜び、未知の仲間たちと切磋琢磨できる期待、そして自分を試せる場所に立てたことの確かな誇りだ。
「ワクワクしてる。正直、楽しみで仕方がないよ」
口にした瞬間、胸の奥が温かく満たされ、血の流れが少しだけ速くなるのを感じた。
目が見えなくても、僕の中の世界は確かに色鮮やかに広がっている。
ハドソンは微かに笑ったような気配を返した。
それは言葉ではなく、空気の揺らぎで伝わる柔らかな安心感だった。
「それは何よりです、ノクス様。明日に備えて、今夜はゆっくり体を休めてください」
剣を振りたいが、ハドソンの言葉に頷き、深く息を吸い込む。
外の世界と学園の気配を思い返しながら、ゆっくりと刀の柄を握り直す。
鞘の冷たさが、今日の体験とこれからの決意を、静かに受け止めてくれるようだった。
胸の奥に湧き上がる高揚は、どんな景色よりも鮮やかだ。
深い呼吸を一つ、また一つ。
静けさに包まれながら、僕は確かに感じた。
新しい日々の始まりを。
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