21話:入学式
馬車の車輪が石畳に触れる音が、次第に軽くなった。どうやら、目指す学園の門前に到着したらしい。
手綱を握る御者の声が「ノクス様、ご到着しました」と穏やかに響き、僕は腰を浮かせる。
石の冷たさと門扉の重厚な質感が手に伝わる。
呼吸を整え、腰の刀にそっと触れると、柄のひんやりとした感触が安心感を与える。
「……着いたか」
僕は独り言のように呟き、馬車から降りた。
足元の石畳が固く冷たい。踏みしめるたびに振動が足先から膝へと伝わり、ここがただの道ではないことを教えてくれる。
背後で馬車がゆっくりと後退する音が消え、静かになった瞬間、周囲の気配がぐっと濃くなる。
学園の門前に集まる人々だ。
ざわめき、低い声、咳払い、革靴が石畳を擦る音。
僕の眼帯越しには見えないが、気配は確かに形を成している。若者の気配、教師らしい重厚な気配、そして警備の兵士の鋭い気配。
すべてが微妙に重なり合い、視界を必要としなくても、ここが学び舎の門前であることを知らせてくれる。
低く小さくヒソヒソとした声が耳に届く。
「……あれ、盲目の子じゃない?」
「眼帯してるし、変わってるわね……」
「盲目ってことは、エルヴァント伯爵家の嫡男か?」
微かに笑い交じりの声もある。
僕は鼻先で空気の温度を確認し、肩の力を抜いた。
こういう視線や声は慣れている。無視することもできるし、むしろ気にせず進むのが一番だ。
「……家では違ったけど、普通はこういう反応だよね」
低く呟き、足取りを整える。
石畳の微妙な凹凸を靴底で確かめながら、大講堂へと続く道を進む。
魔力や音の反響、人々の気配を掴み、空間の距離感を頭の中に描く。
眼帯で覆われていても、僕はこの広間をまるで視るように把握できるのだ。
やがて開かれた扉の前に立つ。
大講堂の奥行き、天井の高さ、座席の並び、壇上の位置――すべての気配が微細に伝わってくる。人々の熱気、息遣い、魔力の濃淡まで感じ取れる。僕は刀の柄にそっと手を添え、背筋を伸ばした。
準備されている席へと座る。隣の新入生が僕を見て驚いていた。隣だけではない。周囲は両目を眼帯で覆っている僕に注目していた。
席に座ってからしばらくし、入学式が始まった。
予定された通りに式は進んでいき、新入生代表の挨拶へと移る。
「新入生代表、アリシア・リヴェル・アルディア」
アルディアとは、この国の名前である。名前にそれが入るということは、王族である証。
彼女の名前は父上から「今年はアリシア王女殿下がご入学される」と聞いていた。
壇上へと上がった彼女の気配が、まるで空気の一部を切り裂くかのように僕の胸を打つ。
穏やかに見えて、その存在は鋭く、しかし押し付けがましさはない。
剣士としての研ぎ澄まされた意志が、呼吸や立ち振る舞い、握る手の緊張感にまで現れている。眼帯越しの僕の感覚は、まるで目で見ているかのように、彼女の姿勢や動きの精度を把握できた。
――この人と、剣を交える日が来るのかもしれない。
彼女の微かな息遣い、足音、衣擦れの音が、静かな講堂の中で確かに響く。
壇上で深く息を整え、頭を軽く下げるその動作に、彼女の誇りと覚悟が凝縮されているのを感じる。
僕は刀の柄を握る手に力を込めた。
胸の奥で、熱いものが静かに膨らんでいく。
「……私たち新入生は、本日よりこの学園で学びの道を歩みます。学問に、剣技に、互いを高め合い、励まし合い、共に成長していくことを誓います」
その声は澄んでいて、聴く者の心を自然に引き寄せる。凛とした力を持ちつつも、どこか温かさが残る。僕は壇上に立つ彼女の姿を、視覚ではなく全身の感覚で“読む”。胸の奥まで響く、言葉のひとつひとつに重みがあることが伝わる。
「そして、私たちはこの広い世界に出て、己の武と知識を以て、未来を切り拓くことを目指します」
言葉が重なり、僕の心は静かに震えた。
彼女の剣士としての強さはもちろん、精神の芯の強さがまざまざと伝わってくる。
挨拶が終わると、壇上の気配が静かに緩む。
会場の空気が和らぎ、拍手やざわめきが広がる。
周囲の新入生たちはまだ微かにざわついているが、僕は座席で落ち着いた呼吸を整え、次に来る情報を感じ取った。
やがて、入学式は滞りなく進む。
先生の挨拶、学園の規則の説明、教師や上級生たちの紹介……すべてが僕の耳と感覚に刻まれる。
人々の声、立ち振る舞いの気配、魔力の波動の変化。視覚がなくても、学園の構造、壇上の配置、座席の並びまで、頭の中で正確に再構築できる。
そしてついに、クラス分けが発表された。
新入生一人一人の名前が呼ばれるたび、僕は微細な気配の変化を追いながら、自分の順番を待つ。
「ノクス・エルヴァント――Aクラス」
胸の奥が小さく弾み、周囲の視線やざわめきが僕の存在を知らせる。
そして、すぐ後に呼ばれたのは――
「アリシア・リヴェル・アルディア――Aクラス」
同じクラスか。壇上での凛然たる気配が、ここでもなお、彼女の存在を周囲に示している。
僕は胸の奥で、静かに意識を集中させた。
これからの日々は、彼女と同じ空間で学ぶことになる。剣士として、互いを高め合えるのは、とても素晴らしいことだ。
教室に入ると、整然と並ぶ机と椅子、壁に掛けられた書物の気配、同級生たちの呼吸や微かな動きが耳を通じて届く。
僕は前方の床の感触を確かめ、座席へと歩みを進めた。
眼帯越しでも、教室の構造はすべて頭の中で形を成している。
――ここから、僕の新しい日々が始まるのだ。
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