20話:学園入学に向けて
三年という月日は、長いようで、振り返れば一瞬だった。
十六歳になった僕の体は、あの頃よりずっと大きく、肩幅も胸板も厚くなった。
日々の鍛錬が刻み込んだ筋肉は、剣を振るうたびにしなやかに動き、握る柄の感触が手のひらに馴染む。
けれど、胸の奥にあるものは変わらない。
天を斬り、前を向き続けるという決意。
そして、師匠の声――あの日から一度も消えたことはない。
出発の朝、冬の名残を帯びた空気が屋敷を包み、吐く息は白く溶けていく。
門前には馬車が用意され、御者台に腰かけた兵士が手綱を握っていた。
荷台には、必要最小限の荷物のみ。のこりは父上が王都の方で用意しておいてくれたらしい。
あとは師匠から受け継いだ刀がしっかりと腰に添えられている。
見送りには、屋敷の者が総出で集まっていた。
使用人や料理長、庭師は涙を流し、兵士たちは胸を張り、仲間を送り出すように敬礼してくれた。
「ノクス」
父上の低い声が背後から届く。
「ゲンサイ殿に挨拶はしたのか?」
「はい。昨日のうちに挨拶してきました」
あの丘の老樹の下、師匠の墓前で告げた言葉が胸に残っている。
『行ってきます。剣を振るう日々を続け、必ず胸を張って帰ってきます!』
雪解けの土の匂いの中で、確かに師匠が笑った気がした。
「……そうか」
父上は短く頷き、僕の肩に手を置く。その掌は温かく、そして重い。
それは誇りと期待の重みだった。
すると、不意に袖口を小さな手が摘まむ。
「……お兄様」
振り向かずともわかる。ルナだ。
声は強がっているけれど、指先が少し震えている。
「本当に行っちゃうんですか……?」
「うん。行くよ」
「……ずるいです。お兄様ばっかり、強くなって、遠くへ行って……」
唇を噛む気配が伝わってくる。
「ルナだって、強くなってるじゃないか」
この三年、ルナとの約束はしっかりと果たした。
僕が剣を振るときは、ルナを誘って一緒に剣を振るっていた。
「でも……でも……私の隣には、もういないんですよ?」
子どものような言葉。けれど、それは僕の胸を不思議と締めつける。
僕もルナと離れるのは寂しい。ルナがいたから、僕は再びこうして剣を振るっている。
彼女は僕の腕に抱きつき、そのまま顔を埋めた。
「……お兄様の匂い、覚えておきます」
そう言う声が小さく震えた。
護衛の兵士の一人が「そろそろ……」と告げ、時間が迫っていることを知らせる。
僕はルナの頭をそっと撫で、耳元で囁いた。
「すぐじゃないけど、必ず帰ってくるよ。そのときは、ルナの成長を見せてくれ」
ルナは小さく頷き、腕を離した。
けれど、その手は最後の最後まで僕の袖を離さなかった。
馬車の扉に手をかけると、背後から屋敷の者たちの「行ってらっしゃいませ!」の声が重なって響く。
その声は、僕の背を強く押してくれるようだった。
扉を閉めて座ると、馬車がゆっくりと動き出す。
見えないはずの景色の中で、僕は確かに感じていた。
この家も、この人たちも、そして師匠も、すべてが僕を送り出してくれている。
胸の奥で、あの声が静かに笑った。
『行け、ノクス。お主の剣で、この広い世界を斬り拓くのじゃ』
僕は刀の柄に手を添え、静かに答えた。
「――はい、師匠」
それから一週間近い旅路が終わり、王都が見えてきた。
検問を済ませて入った王都の空気は、エルヴァント領とはまるで違っていた。
馬車が大通りを進むたびに、石畳の硬い響きが車輪を伝って足裏へ振動として届く。
すれ違う人々のざわめきは重なり合い、どこか弾むように流れていく。
遠くでは鍛冶屋の槌音、香辛料を売る露店の匂い、そして鼻をくすぐる焼き立てのパンの甘い香り――そのすべてが混ざり合い、僕を新しい場所へ迎え入れているようだった。
やがて馬車が止まり、御者の「着きました」という声が響いた。
馬車の扉が開かれ足を降ろすと、磨き上げられた石の地面が固く、冷たいのが伝わって来て、背筋が自然と伸びる。
「ノクス様、お待ちしておりました」
落ち着いた声が耳に届く。
その声音には年季の重みがあり、ゆったりとした所作の衣擦れが後に続く。
「王都屋敷の執事長を務めております、ハドソンと申します」
ハドソンと名乗った執事長の低い声と、控えめに香る上質な香油の匂いは、きっと父上が信頼を寄せる人物なのだと教えてくれた。
「改めて。ノクスです。よろしくお願いします」
「はい。では、こちらへどうぞ。お部屋までご案内いたします」
差し出された手に軽く触れ、僕は屋敷の中へ足を踏み入れる。
扉が開かれた瞬間、外気とは違う、温かで静謐な空気が胸の奥まで入り込んだ。
廊下を進む足元は柔らかな絨毯で、歩くたびに沈み込む感触がある。
壁際には香草の香りがほのかに漂い、遠くで時計が一定の間隔で時を刻んでいた。
案内された部屋は、広すぎるほどだった。
厚いカーテン越しに差す陽の温もりが、部屋全体を柔らかく包んでいる。
手を伸ばせば、重厚な机と、その上に置かれた羊皮紙の束、そして腰かけると体を包み込む椅子の感触。
「長旅でお疲れでしょう。しばらくはごゆっくりお休みください」
ハドソンが深く頭を下げる気配がして、静かに扉が閉じられた。
残された僕は、腰の刀にそっと触れる。柄の感触は、あの日と変わらない。
師匠。僕は、ここからまた新しい一歩を踏み出します。
それからの日々は、ゆっくりと過ぎた。
屋敷での生活は整っていて、朝は庭園の鳥の声とともに目を覚まし、鍛錬用に持ってきた木刀を握る。庭師が整えた芝の上で素振りをすると、靴底から伝わる弾力が心地よく、刀が風を裂く音が屋敷の高い壁に反響する。
食事は栄養豊富で、健康的な日々を送れている。
剣を振るうと、筋肉が応えるように熱を帯び、胸の奥の決意をさらに強くしてくれる。
筆記試験があるのだが、僕は会場に行って別の場所で試験を受けるように試験官に言われたが、みんなと一緒で良いと断りを入れ、そのまま試験に臨んだ。
目が見えないなど些細なこと。
用紙に書かれている内容は、目が見えなくとも読み取れる。
それほどまでに僕の視る、読むことに対する技術は長けていた。
何事もなく試験を終えることができ、帰りには何やら視線を感じたが気にしないことにした。
どうせ、僕が両目を覆うように眼帯していることが理由なのだろう。
何か言われる前に帰るに限る。
それから屋敷では変わらない日々を過ごし、数日後には無事に合格の通知が送られてきた。
執事長のハドソンが「今日はお祝いにいたしましょう」と豪勢な料理が並べられた。
――そして数週間後。
朝、部屋の扉を叩く音と共に、使用人が入ってきた。
「ノクス様、本日はいよいよ学園の入学式でございます」
手渡されたのは、新しく仕立てられた制服。
上質な布地は指先を滑らかにすべり、肩口や袖の縫い目はきっちりとしている。
着替えを終えると、胸元の飾り紋章がひやりと冷たく、そしてずっしりとした重みを感じさせた。
腰に刀を差し、深く息を吸う。
草木の香りと朝の冷たい空気が肺を満たし、身体の奥まで研ぎ澄まされていく。
屋敷の門前には、すでに馬車が用意されていた。
御者が「準備は整っております」と声をかける。
僕は足をかけ、座席へ腰を落とす。
見えないはずの景色の中で、胸の内には確かに広がっていくものがあった。
――これは新しい挑戦だ。剣を振るえる日々が、またここから始まる。
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