19話:葬儀と入学に向けて
第四部突入!
全部で5話構成です。
冬の空はやけに広く、やけに遠かった。
葬儀の日、屋敷が建つ丘の上の空気は刺すように冷たく、吐く息は白く溶けて消えていく。
領内の街を一望できる小高い丘。
そこに根を張る一本の老樹の下に、父上が最高の石工を呼び寄せ、堂々たる師匠の墓を築かせた。
きっと師匠が見たら、白い髭を揺らして鼻を鳴らし、「まったく……こんな大層な墓など、ワシには十年早いわ。もっと粗末で構わんのじゃ」と、肩を竦めて笑うに違いない。
師匠の墓の前に立つと、胸の奥が締めつけられるように痛んだ。
もう、この世界のどこにも、あの豪快な笑い声も、静かに剣を振る音も存在しない――その事実が、じわじわと現実味を帯びていく。
朝の霜を踏む音。
手首を直されるときの、節だらけの指の感触。
汗が落ちるほど振ったあとの「もう一振りだ」の声。
全部、もう二度と……。
僕はゆっくりと膝をついた。
目は見えないのに、なぜか涙の位置だけははっきりとわかる。
頬を伝って、顎からこぼれ、土に吸い込まれていくのがわかる。
剣のことになると頑固で、でも背中を押してくれるあの人が、もうここにはいない――そう思った瞬間、胸の奥に穴が空いたような虚しさが押し寄せた。
……そのときだった。
『何を泣いておる、ノクス』
ふいに、耳の奥ではなく、胸の奥から声が響いた気がした。
低く、太く、あの人らしい声音。
聞こえるはずがない。わかっているのに、それでも確かにそこにあった。
『下を向くな。前を向き続けるのじゃ』
言葉が落ちるたび、冷たい風の中に、温かな火が小さく灯るような感覚が広がる。
まるで、僕の心の中に師匠がそのまま残っているかのようだった。
「……はい、師匠」
声が震えてしまう。けれど、返事をしなければ、あの声が消えてしまうような気がして。
土の匂い、冬の空気、そして師匠の幻のような声――それらが混ざり合い、胸の奥深くに刻まれていく。
僕は涙を拭った。
見えない視界の奥で、あの人が腕を組み、にやりと笑っている姿が浮かぶ。
それは、僕のために残された最後の教えのように思えた。
そんな僕の袖を、そっと引く小さな手があった。
「……お兄様」
ルナの声は、泣き腫らしたせいで少し鼻にかかっている。
「私も、もっと頑張ります」
その声はかすれていたが、芯があった。
「ぜんぶ、ぜんぶ……お兄様みたいに、諦めない人になります」
胸の奥が熱くなった。
ルナはまだ幼いのに、こんなにも真っ直ぐで、強い。
きっと、師匠もこの言葉を聞いたら、満足そうに笑うだろう。
その日、エルヴァント家は総出で葬儀を執り行った。
使用人、騎士、兵士まで。
僕たちにとって師匠は、ゲンサイ・アカツキは他人ではなく、もう家族なのだから。
冬の風が吹くたび、香の匂いが空へと流れていく。
僕は父上と母上の間に立ち、ただ静かに、胸の奥で師匠の名を何度も呼び続けた。
盲目の僕に、その場の景色は見えない。
けれど、革靴が雪を踏む音、衣擦れ、啜り泣く声、祈りの言葉――そのすべてが葬儀の厳かさと、師匠がどれほどエルヴァント家の者たちに慕われていたかを教えてくれる。
父上は厳しい表情で祈りを捧げ、母上も静かに祈りを捧げていた。
兵士の中には嗚咽を堪えられない者もおり、肩を震わせながら「ゲンサイ殿、どうか安らかに」と呟く声が聞こえた。
その一つ一つが、僕の胸に重く沈んでいく。
やがて、師匠の眠る丘の上に雪が薄く積もりはじめた。
白く柔らかなその感触が、冷たいはずなのに、どこか温かく感じられた。
師匠はもういない。
でも、あの日の言葉が、今も僕の中で息づいている。
『剣は生きている。だからこそ、振るう者の魂が宿らねばならんのじゃ。人もまた、心なくしては強くなれんのだ』
師匠から託された刀を、僕はそっと、しかし確かに握りしめた。
そうだ。僕は一人じゃない。師匠は、これからもずっと僕の側にいる。
『お主の剣は、すでに我が魂の半身じゃ。振るえば、ワシも共に天を仰ごうぞ』
その声が、降りしきる雪のように静かに、そして確かに、僕の心の奥へと積もっていった。
葬儀が終わってからの数日は、屋敷全体がいつもより静かだった。
廊下を歩く足音も、食堂に響く食器の音も、まるで一枚の布で覆われたようにくぐもっている。
それは、師匠という大きな存在がいなくなったことを、みんながそれぞれの胸の奥で噛み締めている証だった。
僕の部屋も、やけに広く、やけに寒く感じられた。
枕元に置いた木刀を、無意識に指先でなぞる。
握り慣れた柄の感触が、やけに心細く思えるのは、きっと、もう「正しい握り方をしておるか」と笑って手首を直してくれる人がいないからだ。
夜、布団に入っても眠れない日が続いた。
耳を澄ませば、遠くで薪のはぜる音、廊下を巡回する兵士の革靴の足音が聞こえる。
目が見えない僕にとって、音と匂いは世界そのものだ。
けれど、その世界からは、あの師匠の足音も笑い声も、剣を振る気配すらすっぽり抜け落ちてしまっていた。
それでも。
時折、胸の奥から低く響く声が聞こえる。
『下を向くな。前を向き続けるのじゃ』
まるで、雪解け水が土に染み入るように、静かに、確かに響いてくる。
その声を聞くたびに、僕は無意識に柄を握りしめていた。
寂しさは消えない。けれど、それ以上に、もう一度立ち上がらなければという思いが、少しずつ形を持ち始めていた。
そんなある日、父上に呼び出された。
書斎に入ると、父上の机の上に活けられた花の香りが漂ってきた。窓の外の冷気も混じって、冬特有の凛とした空気が部屋を満たしている。
「ノクス」
低く、落ち着いた声だった。
父上は、僕が椅子に座るのを確認してから、ゆっくりと口を開いた。
「お前は学園に入学するつもりはあるか?」
その言葉は、僕の胸を強く叩いた。
――学園。
正式名称、『王立セレナス学園』。
主に貴族の子弟が入学し、剣や魔法、知識を学び、将来は貴族として、あるいは騎士として歩むための場。
以前から耳にしていた場所だが、まさか今、その話が出るとは思っていなかった。
迷いは一瞬。
下を向くのはいつでもできる。なら、今は前を向き続け、歩み続けるのみ。
「――行きます」
それに、師匠から受け継いだ夢を果たすためなら、どんな道でも進むと決めていたからだ。
父上はしばし沈黙し、机の上で指が軽く鳴る。
その奥に、心配と逡巡が混ざっているのを感じた。
「お前はまだ十三だ。目が見えぬ身で、王都での生活は容易ではない」
父上の声には、厳しさよりも、息子を案ずる父の温もりが滲んでいた。
「かもしれません。それでも行きたいです。いいえ――行きます」
胸の奥が熱くなる。
「夢のために諦めません。諦めるのはいつでもできます。でも、今じゃないんです」
はっきりと言葉にすると、心の中で師匠が静かに頷いた気がした。
短い沈黙ののち、父上はふっと息を吐き、微笑んだような気配があった。
母上も隣にいて、安心したように息をつく音が聞こえる。
「寮もあるが、伯爵家として王都に屋敷がある。そこで暮らしながら学園生活を送るといい」
父上の言葉は、決意を受け入れた証だった。
「入学の実技試験は免除されている。私とオルヴァイン殿からの推薦だ。それに……お前は元々、学もある」
心の中で、静かに礼を言った。
盲目であっても、文字や本の内容は記憶と触覚で学び続けてきた。
剣だけでなく、学びもまた僕の武器だと師匠は教えてくれた。
「入学年齢は十六だ。……あと三年ある。それまで、勉学にも励み、入学の準備を整えておくように」
「はい、父上」
その返事を口にした瞬間、胸の奥で雪が溶けるような温かさが広がった。
師匠がもしここにいたら、きっと「三年あれば、お主の剣はさらに冴えるぞ」と笑っただろう。
その声を、僕は確かに心の中で聞いた気がした。
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