表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無明の剣聖~両目を失明したけど夢を諦めきれずに剣を振り続けたら、いつの間にか“見える者”より強くなっていた~  作者: WING
第一部:盲いてなお、夢を見る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/13

1話:光の届かぬ場所で

 大陸のほぼ中央に位置し、豊かな大地と穏やかな気候に恵まれた国、アルディア王国。


 その西端に広がる広大な領地に根を張るエルヴァント伯爵家は、代々王国の騎士団長を輩出してきた名門。

 剣術の家系として知られ、その誇りと技を代々継いできた。


 僕――ノクス・エルヴァントは、その家に長男として生まれた。


 緑に包まれた丘の上に、白亜の石で築かれた広い屋敷があった。

 そこには四季の花が咲き乱れ、風は草の匂いを運び、夜には満天の星が空を飾っていた。


 その屋敷のバルコニーで、母が語ってくれた物語がある。


 ――【天斬りの剣聖】


 天を斬った、たったひとりの剣士の伝説。


 当時五歳だった僕は、母の優しい声とともにその物語を聞いた。

 それはまるで夢のようで、心が震えたのを覚えている。

 見上げた夜空の星々は、手を伸ばせば届きそうなほど近く思えた。


 あの夜を境に、僕の中で何かが目覚めた。


 空を見るのが好きになった。

 星が好きになった。

 剣が、もっと好きになった。

 そしていつしか、僕も『天を斬る剣士』になりたいと、本気で思うようになった。

 憧れが、夢になったのだ。


 それから毎朝、まだ体の小さな僕は屋敷の裏庭にある訓練場に立った。

 誰に言われたわけでもなく、ただ夢中で木剣を振った。

 構えも知らず、足の使い方もめちゃくちゃで、剣士の真似事にすぎなかったけれど――それでも、僕は誰よりも剣を振った。


 剣を握るたび、空を見上げた。


 ――いつか、あの空を斬るんだ。


 そんな幼い願いだけを胸に、何度も、何度も。

 けれど、それは七歳までの話だ。


 今の僕には、空も、星も、剣の輝きも――何ひとつ見えない。


 そう。僕は、失明(みえなく)なったんだ。


 異変が起きたのは七歳になったばかりの頃だった。

 ある朝、朝焼けがやけにぼんやりしていた。

 空が霞の中に沈むようで、いつもの鮮やかさがなかった。

 次に、母の笑顔が、輪郭を失っていった。

 目の前にいるはずなのに、どこか遠い世界にいるような、そんな錯覚。


 遠くの木々は、絵の具が滲むように色を溶かし、日々の風景が濁っていった。


 最初は疲れ目かと思った。誰にも言えなかった。言いたくなかった。

 でも、願いとは裏腹に、その濁りは消えず、やがて世界は、僕の目の前から完全に姿を消した。


 星の、空の、剣の煌めきが――僕の世界から、すべて消え、真っ暗闇に染まった。


 その瞬間、僕の心からも、何かがこぼれ落ちた。

 静かに、音もなく。けれど二度と戻らないかけらだった。


 もう剣は振れない。

 空も見えない。星も届かない。

 夢も、目標も、意味も――何ひとつ残らなかった。


 世界が暗闇に閉ざされてから、一年余りの月日が経ち、僕は八歳になっていた。


 僕は昼も夜も区別のつかない部屋で、ただ無気力に座っていた。

 何もない。何も欲しくない。

 息をしているのは、惰性だった。

 生きているというより、死ねないだけだった。


 そんな部屋に、控えめなノック音が響いた。


「ノクス、私よ。入ってもいいかしら?」


 その声だけで、誰かわかる。

 僕の母上、リュシア。

 優しい声だった。今も変わらず、毎日僕のところに来てくれる。


 けれど、僕にはもう応える力もない。

 声を返す意味も、見出せなかった。


 しばらくして、扉の取っ手が静かに回る音がした。

 そして、カチャリと音を立てて、扉が開かれる。


 光が差し込んだのかもしれない。

 でも、僕の目には、何も映らない。

 ただ、音だけが、そこにあった。


 足音が、床を渡る。

 かすかな衣擦れと、香り――母上の香水の匂い。


 それらすべてが懐かしく、胸の奥のどこかが疼いた。

 けれど、僕は顔を上げなかった。動きたくなかった。感じたくもなかった。


「ノクス……今日は、少しだけ風にあたりに行かない?」


 母上はそう言って、僕の前に膝をついた。

 言葉の端々には、いつもと変わらぬ優しさがあった。

 けれど、それは同時に、僕の傷をざらりと撫でるような苦しさを伴っていた。


「今日はね、庭の白薔薇が綺麗に咲いていたの。あなたの好きだった場所、覚えてる?」


 ――覚えてる。


 でも、そんなこと、どうでもよかった。

 花が咲こうと、鳥が鳴こうと、空が晴れようと。

 僕の目には、もう何も映らない。


「風も気持ちよかったのよ。丘の上からは、きっと夏の雲が――」

「やめてよ!」


 僕は声を絞るようにして言った。

 母上の言葉は、まるで優しすぎる刃物だった。

 希望を差し出して、それが僕には届かないという事実だけを突きつけてくる。


「そんなの、全部、もうどうでもいいんだよ……!」


 胸の奥から、黒く淀んだものが込み上げてくる。

 それは悲しみでも怒りでもなく、ただ、どうしようもない絶望の塊だった。


「星が綺麗? 花が咲いた? 風が気持ちいい? ……僕には、何もわからないんだよ……! 何も、見えないんだよ!」


 机にあった木製の置物を、思わず手探りで掴み、床に叩きつけた。

 鈍い音が部屋に響き、母上は少しだけ、肩を震わせた気がした。


「……剣も振れない、夢も見られない……なのに、なんで僕は生きてるの……? なんで、生きなきゃいけないの……? 意味なんて、もう、何もないのに……!」


 涙は、もう出なかった。

 何度も泣きすぎて、とうに枯れ果てていた。

 しばらくの沈黙が流れた。

 その中で、母上の吐息だけが、わずかに震えていた。


「……そう、ね……」


 静かに、母上はそう呟いた。

 諦めではなく、祈るような声音だった。

 何かを飲み込むように、感情を押し殺した声。


「……ごめんなさい、ノクス。私、どうすれば……」


 かすかに揺れた声が、耳に残る。

 でも、僕はその優しさすら、もう耐えられなかった。


「出てってよ……。僕の前に、もう来ないでよ……」


 言ってはいけない言葉だとわかっていた。

 でも、口が勝手に動いていた。

 母はしばらく黙っていた。何かを考えていたのかもしれない。

 けれど、僕にはその表情が見えない。

 やがて、母はゆっくりと立ち上がった。


「……わかったわ」


 それだけを言って、母は静かに部屋を出ていった。

 扉が開き、「ノクス、また来るわね」と言ったのが聞こえ、扉は閉じられた。


 閉まる扉の音が、まるで世界との最後の接点が切れるように響いた。

 残された部屋には、静けさだけが残る。


 そして、何も見えない僕の世界に、再び重たい闇が降りてきた。

 見えない空間に座り込んだまま、僕はただ、息をしていた。


 生きている、というより――まだ、死ねないだけだった。


 静寂が、耳の奥を締めつけるように響いていた。

 時計の音だけが、静かに鳴り響いている。

 しかし、その針の音も、冷たくて、静かで、どこまでも孤独で、自分の心臓の鼓動だけが、唯一の「生きている証」みたいだった。


 母上が去って、どれくらいの時間が経ったのかはわからない。

 日も昼夜もわからない僕には、時間の感覚なんて、とっくに壊れてしまっていた。


 ただ、気配がなくなったことで、残された空間にぽっかりと空いた穴のようなものを感じる。

 あんな言い方、しなければよかった――そう思っても、もう遅い。

 でも、僕にはどうすることもできなかった。


 どうせまた明日も、母上は来るのだろう。

 そして、また優しい声で、何かを語りかけてくるのだ。

 僕が傷つけたというのに、それでも変わらず、同じように。


 ……それが、怖かった。


 目が見えなくなった世界の中で、唯一残っていた「優しさ」が、いつか壊れてしまうかもしれない――その不安が、僕を苛んでいた。


 壊したくない。けれど、触れたくもない。

 遠ざけたい。でも、失いたくない。


 そんな矛盾だけが、ずっと胸の奥でくすぶっていた。

 なんとか布団に倒れ込み、身を横たえる。


 目を閉じても、見える景色は何も変わらなかった。

 闇の中で、僕はただ、静かに息を吐いた。


 心も、目と一緒に、壊れてしまえばよかったのに――……






最後までお読みいただいてありがとうございます!


【私から読者の皆様にお願いがあります】


『面白い!』

『続きが気になる!』

『応援したい!』


と少しでも思っていただけた方は


評価、ブクマ、いいねをしていただければモチベーション維持向上に繋がります!


現時点でも構いませんので、


広告↓にある【☆☆☆☆☆】からポチッと評価して頂けると嬉しいです!


お好きな★を入れていただけたらと思います!


よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ