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無明の剣聖~両目を失明したけど夢を諦めきれずに剣を振り続けたら、いつの間にか“見える者”より強くなっていた~  作者: WING
第三部:目覚めの蒼

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18話:天を斬らんがため、その夢を受け継ぎて

 僕は、何度も師匠に打ち倒された後、息を整えながら尋ねた。


「師匠はこの目のことを知っているのですか?」

「その魔眼は『蒼天の星眼(そうてんのせいがん)』と呼ばれておる」


 師匠の声には、普段の剣豪としての鋭さとは別の、何か神秘的な重みが宿っていた。


「その魔眼を持つ者は、かつて一人だけ存在した。しかし、その伝承は時の流れの中でほとんど失われた。今となっては、ワシ以外にその名を知る者はおるまい」


 僕は思わず問い返す。


「師匠は、どこでそれを?」


 師匠はわずかに目を細め、遠い記憶の底から言葉を拾うように続けた。


「今はボロボロで朽ちた古の文献の中に記されていたのだ。そこにはこうあった——『その瞳は晴れ渡る蒼天のごとく澄み渡り、星々の輝きを宿す。その眼差しは、世界をも見通し、時の流れまでも捉える力を与える。それを、『蒼天の星眼』と呼ぶ』とな。お主の目は、それと同じじゃ」


 世界を、見通す……?


「自分で…その目を開いたんだな?」


 師匠の問いに、僕は頷いた。


「はい。師匠の想いに応えたい。師匠の剣を真正面から受け止めたい。師匠の覚悟に、僕のすべてを以って答えたいと、そう思ったら、この目を……」


 師匠は目を見開き、そして嬉しそうに微笑んだという気配が伝わる。


「まさかお主が目覚めるとは思ってもみなかった。だが、それが本物ならば、まだまだお前の力は計り知れぬ」


 僕は震える指で自分の、覆われた眼帯を触った。

 視覚を失い、絶望したはずの僕が、誰も知らない力を宿している。

 まだ謎は多いけれど、この眼はきっと、僕が夢へとまた一歩近付いた証だ。


 休憩中、師匠に呼ばれて屋敷の中へ戻ると、母上や父上、ルナ、屋敷の者たちが僕を待っていた。

 気配だけで、みんなの心臓が高鳴っているのがわかる。


「師匠?」

「ワシが伝えたのだ。一瞬だが、視えるようになったと」


 その言葉で、みんなの気配の理由を僕は察した。

 足音と気配が僕に近づく。


「ノクス。ゲンサイ殿の言うことは本当、なのか……?」


 父上の声に、僕は深呼吸をしてハッキリと答えた。


「はい。ほんの数秒ですが、視えました」


 そう言うと、静かな部屋に小さなざわめきが起こった。

 母上の手が僕の腕を優しく握り、ルナは「お兄様!」と声を震わせた。


 僕はその場でゆっくりと眼帯を外した。

 二度目の開眼。すぐに一回目よりも鋭い痛みが眼球を貫く。

 だが、今はそんな痛みもどうでもよかった。


 深く息を吸い込み、ゆっくりと瞼を上げる。


 そこに、久しぶりに見る景色があった。

 母上の柔らかな瞳。

 父上の険しい表情の中に隠れた、どこか嬉しそうな笑み。

 妹ルナの愛らしい笑顔。

 屋敷の者たちの、安堵に満ちた顔。


 一つ一つが、まるで夢のように鮮やかで、心の底から込み上げてくる喜びに僕の視界は霞んだ。


「……綺麗な蒼ね」


 母上がそっと呟いた声が、震え混じりに僕の胸を打つ。


「見える……みんなが、はっきりと」


 震える声を絞り出す僕に、ルナが駆け寄り抱き着いた。


「お兄様……!」


 嗚咽を堪え、顔を伏せる妹の姿に、屋敷の者たちも目に涙を滲ませている。

 父上は静かに頷き、言葉少なに感謝の意を示した。


「良かった……とても綺麗な瞳だ」


 その一言に、家族の温もりと未来への希望が凝縮されていた。

 その日の夜はささやかな祝宴となった。

 家族、屋敷の者たち、そして師匠も疲れた身体を椅子に預け、穏やかな笑みを浮かべていた。

 炎の揺らめきが壁に映り、暖かな光が部屋を包む。

 僕の心は満たされ、これからの未来が少しだけ輝いて見えた。



 それから数ヵ月後のエルヴァント伯爵本邸、その屋敷の空気は非常に重苦しかった。


 冬の夜の静寂は、冷たく凛としていた。

 外の空は黒絹を広げたように深く澄み渡り、無数の星々が煌めいていた。


 僕は屋敷の一室に一人静かに佇み、師匠の息遣いを耳に集中させていた。

 動けなくなった師匠は、薄く目を閉じ、しかし確かな存在感をその場に放っている。


 部屋には、父上、母上、ルナ、オルヴァイン、そして屋敷の者たちが集まっていた。

 みんなの表情は重く、言葉はほとんどなかった。


 けれど、そんな沈黙の中で師匠の声がかすかに響いた。


「相変わらず、騒がしいのう……」


 その声音は優しく、まるでみんなの重苦しさを溶かすように響いた。

 僕は師匠の薄く開けた目の奥に、まだ冗談を交わせる余裕を感じた。


「こんな老いぼれの客人なんて、放っておいてもよかろう」


 師匠の弱々しい笑みに、父上は顔を顰め、否定の声を返した。


「ゲンサイ殿、そんなことは言わないでください。あなたはもう、私たちの家族なのです」


 その声には必死の抗いと、どこか哀しみが滲んでいた。

 師匠はゆっくりと頭を振り、薄く目を閉じる。


「もう長くはないと知っておる。されど、最後まで見届けねばならぬことがある」


 その言葉に、僕たちは言葉を失った。

 師匠は静かに、一人ずつに語りかけていく。


「レイモンド殿……お主の剣は強い。だが、剣とはただの刃ではない。民を護り、未来を切り拓くための道具だ。お主が背負うべき責務は、剣の強さを超えた重さがある――その重みを忘れるな。騎士として、家の当主として、そして父として、民のために剣を振れ。お主の剣がその身を守り、希望となるのだ」


 父上の肩に深い影が落ちる。


「……はい。教えを胸に刻みます。剣はただの武器ではなく、責任と誇りを背負うものだと。騎士として、当主として、父として、家族と民を守り抜く覚悟はできています。あなたの教えを力に変え、必ずや未来を切り拓いてみせます」


 その言葉に、師匠は「うむ」と頷き、母上へと視線を向けた。


「リュシア殿……お主に剣を教えられはせぬかったが、その優しき心は、皆が感じ取っておる。お主の温もりは、家族の支えとなり、剣の技以上に大切なものだと心得るのじゃ。どうか、家族を大事に――それが何よりも強きものなれば」


 母上は涙を堪えながら、静かに頭を垂れた。


「……私はゲンサイ殿に何もお返しできずにいます。それでもこうして見守ってくださったこと、心より感謝いたします。家族を守ること、それが私にできる一番の誓いです。どうか安心してお休みくださいませ。あなたの教えは、言葉にならぬ優しさとして、私の胸に深く刻まれています」


 師匠は愉快そうに笑う。


「気にせんでよい。最後にここで死ねるのだ。満足している」


 そう答え、ルナへと向けられる。


「ルナ……お主はわしにとって、孫娘のような存在じゃ。兄を支えようとする気持ちもよくわかっておる。だが忘れるな、お主にはお主の道があるのじゃ。背中を追うだけではなく、隣に並び、共に歩むのだ。悩み、迷い、立ち止まることも強さの証し。お主ならきっとできる。わしはその成長を見守っておる……」

「……ありがとうございます。私、ずっとお兄様の背中ばかり追ってきました。でも、これからは隣に並んで、一緒に歩んでいきたいです。迷っても、悩んでも、諦めずに――強くなります。必ず、おじいちゃんの期待に応えます……!」


 妹の震える声と決意に、師匠は微かに微笑み返す。


「オルヴァイン、ワシと試合を交わした若者よ……己の剣を信じ、仲間を裏切るな」


 伯爵軍団長であるオルヴァインは、師匠の言葉を胸に拳を固める。


「ゲンサイ殿の教え。決して忘れはいたしません」


 部屋の空気は重いけれど、その一言一言に確かな力が宿っていた。

 最後に、師匠の瞳が僕をじっと捉えた。

 その視線は、まるで深い夜空の底から射し込む一筋の光のように、静かで、そして強かった。


「ワシの唯一の弟子、ノクスよ」


 声は弱々しくも、そこに揺るぎない確信が宿っていた。


「はい」


 僕の声は震え、視界はなくとも頬を伝う熱い涙が止まらなかった。

 それは悲しみだけではない。感謝と覚悟、そして胸の奥底から湧き上がる決意の涙だった。


「よくワシの技をすべて受け継いだ」


 その言葉は重く、師匠の人生のすべてを預けられた証だった。


「……技だけじゃないですよ。夢も、ですよ」


 僕の言葉に、師匠はかすかに微笑みを浮かべた。


「そうじゃな。【天斬りの剣聖】に憧れ、『(ソラ)を斬る』という夢を見る、愚か者じゃったな、ワシもお主も」


 乾いた笑みは優しさを含み、誇りの灯火のようだった。


 師匠はゆっくりと伸ばした手で、そばに置いてある刀へと触れた。

 手に取ったのは、長き歳月を共にした愛刀――『天星一文字』だった。


「お主にこれを託す。いつか、天を斬る奥義を完成させるのじゃ」


 その言葉は重く、胸にずっしりと響いた。


「ですが、師匠……」


 僕は躊躇い、言葉を詰まらせる。

 受け取る資格が果たし、今の僕にあるのだろうか。

 迷う僕を見て、師匠は続けた。


「お主は才に溢れておる。ワシが何十年と磨いた技を、子供が数年で習得するなど、普通はあり得ぬ。見ておったレイモンドなら、それを理解しておるはずじゃ」


 父上の呼吸が一つ乱れ、ゆっくりと頷いた。


「はい。あの剣技は、私ですら理解できず、習得できなかった高みです。ノクスがそれを成し遂げたのは、紛れもない才の証です」


 僕はその言葉に胸が締めつけられ、言葉を失った。


「この刀には、ワシの魂が宿っておる。いいか、ノクスよ」


 師匠はそう言い、言葉を続ける。


「剣は生きている。だからこそ、振るう者の魂が宿らねばならんのじゃ。人もまた、心なくしては強くなれんのだ」


 その言葉が、静かな夜空に深く染み渡った。


 僕は師匠の手から刀を受け取り、指先にその冷たくも確かな重みを感じた。

 目は見えないが、胸の内には眩い蒼い光が満ちていた。


「師匠……必ず、その夢を、技を――受け継ぎ、越えてみせます!」


 強く、静かに誓いを立てた。

 師匠もともに、あの(ソラ)を斬った先へ連れて行くと。


「……ノクス」


 枯れた声が、まるで夜明け前の風のように微かに揺れた。


「ワシは……生涯、天を斬ることは叶わなんだ。あの蒼穹を割る剣聖の背に、ついぞ届かず……夢は果たせぬままよ」


 その言葉とは裏腹に、唇には穏やかな笑みが浮かぶ。


「――じゃが、それでよい。夢を追い、剣を振り、そして……おぬしという弟子に出会えた。これほどの幸せが、ほかにあろうか」


 僕の手の中の刀が、微かに脈打つように重くなる。


(ソラ)を斬る道は、果てしなき雲海を行く旅じゃ。ワシはここまで――だが、お主は行くのだ。雲を裂き、星を散らし、天の先を、【天斬りの剣聖】が見た景色を、この老いぼれの代わりに見て来るのだ」


 その言葉は、冬の空気を透き通るように僕の胸へと落ちた。

 握った刀の柄から、師匠の体温と魂の鼓動が、ゆるやかに、しかし確かに流れ込んでくる。


 目には見えない。

 けれど、暗闇の中で蒼天がゆっくりと開けていくのがわかる。

 師匠と共に歩んだすべての稽古、すべての痛み、すべての笑い声が、一閃の剣となって僕の内に宿った。


「ノクス……お主の剣は、すでに我が魂の半身じゃ。振るえば、ワシも共に天を仰ごうぞ」


 その瞼が、ゆるやかに閉じられていく。

 僕は静かに息を呑み、師匠の最後を看取るべく眼帯を外し、『蒼天の星眼』を開眼した。

 閉じられた瞼がゆっくりと開かれ、闇に沈んだはずの視界が戻る。


 そこに映ったのは、かつて幾多の戦場を共に駆け抜けた老剣士の、穏やかで安らかな表情だった。

 深い皺が刻む顔に、まるで長い旅路の終わりを告げるかのような満足が滲んでいる。


 胸が熱くなる。


 師匠はもう、何も恐れず、何も望まず、ただこの瞬間にすべてを委ねているのだ。

 僕の眼差しは震え、涙が零れ落ちそうになるのを必死で堪えた。


「……これにて、我が剣の旅路も終いよ。夢は果たせぬまま……それでも、確かに受け継がれた。ゆえに――」


 一瞬、言葉に詰まり、呼吸がわずかに乱れる。


「――一片の悔いもなし」


 冬の冷気を含んだ夜風がそっと吹き抜け、枯れ草が揺れて囁く。

 まるで自然が師匠の旅立ちを見送るように、柔らかな息吹が周囲を包み込む。


「誠……良き生涯であった……満ち足りた……人生、じゃっ……た――……」


 ――そして、握った刀の冷たさだけが、そこに残った。



最後までお読みいただいてありがとうございます!

これにて第三部完結です!


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