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無明の剣聖~両目を失明したけど夢を諦めきれずに剣を振り続けたら、いつの間にか“見える者”より強くなっていた~  作者: WING
第三部:目覚めの蒼

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13話:再び世界を感じた日

 朝の食卓を終えた僕と師匠は、再び庭へと向かっていた。


 草露がまだ消えきらぬ土の上を、ゆっくりと踏みしめながら歩いていく。

 僕にとって馴染み深い、音と匂いと感触で満ちた庭。


 けれど今日は違っていた。

 いや、正確には――隣にいるというだけで、すべてが違って感じられたのだ。


 僕の隣を歩く師匠。


 その気配は、静かに燃える篝火のようだった。

 肌を焦がすほどではないが、芯に触れれば火傷する。けれど、不思議と怖くなかった。

 ただただこの人の技と想いに、触れてみたいと――僕の内の剣士の本能が、強く渇望していた。


「ノクス。これより訓練を始める」


 師匠の声はいつも通り低く、そして静かだった。


 けれどその言葉の背後に、剣士としての“誓い”が宿っているのが、僕にもはっきりと感じ取れた。これから始まる日々が、生半可なものではないと気配が教えてくれる。


「はい。お願いします、師匠!」


 言葉に偽りはなかった。

 怖くないと言えば嘘になるけれど、それ以上に――僕は、嬉しかったのだ。


「いい返事じゃ。ではまず、基礎から入る。お主は気配をどこまで掴める?」

「……足音や声のする方向、強い殺気や視線があれば、少しだけ……なんとなくですが、わかるようになってきました」


 師匠が、ふむと小さく唸る。


「見えなくなってから何年経った?」


 答えるに一瞬だけ逡巡する。


「……二年半近くです」

「大したものよ」


 その声に、わずかな褒めが含まれているのを感じたが、嬉しさはなかった。

 ずっと部屋に居て、無気力だが音は聞こえる。それが積み重なった結果であり、褒められることではない。

 けれど、次の瞬間には空気が変わる。


「しかし、それだけではまだ足りぬ。戦いで、生死を分けるのは“気配”じゃ。目が使えぬなら、尚更よ」


 師匠が、一つ呼吸を置く。


「ノクス。これからお主に叩き込むのは――『空間の流れを読む術』じゃ」

「……空間の、流れ……?」


 聞きなれない言葉に、師匠の言葉を繰り返す。


「そうじゃ。目で見る代わりに、気配を捉え、空気の震えを読み、魔力の揺らぎを察知する。これを極めれば、目が見えぬなど些細なことよ」


 言い切った師匠の言葉に、僕は自然と背筋が伸びた。

 師匠の言う「空間を読む」とは、つまり――目に頼らず、この世界のすべてを感じ取るということなのだろう。


「まずは座れ。静かに、深く、息を整えよ」


 僕は草の感触を確かめながら、地に膝をつく。

 師匠が、背後からそっと語りかけてくる。


「目を閉じ、五感を解き放て。耳に聞こえる音だけでなく、皮膚に触れる空気の震え、匂いの変化、足元を這う魔力の流れ……それらを“感じ取る”ことに全てを集中させるのじゃ。まずはそこからじゃ」


 言葉の通り、呼吸を整え意識を沈めていく。

 鳥の囀り、葉の揺れる音。

 草の匂い、朝露の湿気、風が頬を撫でる感覚。


 ……しかし。


 五感で感じられる以外のことは、何も掴めなかった。


「……わかりません」


 額に汗が滲む。


「当然じゃ。教えたその日に掴める技ではない。気配とは、感じようとして感じられるものではない。心を澄ませ、己を消して初めて、見えてくるものじゃ」


 師匠の声は、厳しいけれど、決して突き放すものではなかった。

 それからの日々は、ひたすらに“感じる”訓練だった。


 朝も昼も、時には夕暮れも。

 庭に座り、風と音と匂いの中で、空間の中に漂う“何か”を感じ取ろうと努めた。


 だが、最初は何一つわからなかった。

 空気はただ空気でしかなく、風も音も、ただの自然のざわめきでしかない。


 悔しかった。

 自分には才能がないのかと、何度も思った。


 けれど――それでも、楽しかった。


 師匠がいてくれる。

 見てくれている。

 そして、導いてくれている。


 だから僕は、夢に向かって剣を振る。何度も、何度でも。

 たとえ壁にぶつかっても、その先に(ソラ)を斬れることを信じて、振り続ける。


 そうして――訓練が始まって、三週間ほどが経った頃。

 ふと、空気の揺らぎのようなものがわかった気がした。


「……今、一瞬だけ師匠が背後に……」


 呟いた僕に、師匠が言った。


「よく気づいたのう。ワシが歩いた位置じゃ。……その感覚、忘れるな」


 あの瞬間は確かに、空気の中に、違和感が走った。

 風とは別の、“存在の余波”とでも言うべきもの。

 それはまるで、濃度の違う水の中に、別の流れが差し込んだような感覚だった。


 それからは、少しずつだが感覚が鋭くなっていった。


 師匠の歩く音が、風の流れが、以前よりも深く聴こえる。

 空気が震えた方向が、音よりも先に察知できる。


 今まで「なんとなく」だった気配が、「輪郭を持った存在」へと変わりつつある。


「いいぞ、ノクス。今、お主は“世界を掴み始めている”」


 師匠がそう言ってくれた日のことは、忘れられない。

 それは僕にとって、初めて目が開きかけた瞬間だったから。


 そして、さらに二週間が過ぎた。

 その日は風が強く、朝から空気がざわついていた。


 庭に立ち、いつものように気配を探っていると――空間に漂う魔力の揺らぎのようなものを、ほんのわずかだが感じ取れた。


 それはまるで、川の底を這う水流のようなもの。

 見えないはずの世界で、音が形になるような感覚。


 思わず、息を呑んだ。


「……これが、魔力の流れ……?」


 言葉にした瞬間、師匠の気配が近づいてきた。


「ほう、感じたか。ようやく、魔力の“流れ”に触れたか。ならば次は、動きを“視る”段階じゃ」


 “視る”という言葉に、胸が高鳴った。


 僕の目は、見えない。

 それでも、世界は確かに、そこにある。


 師匠がくれたのは、目ではない。

 新しい見方だった。


 僕はまた、前に進めた。

 目が見えないからこそ、掴める世界がある。


 そして――その先にきっと、(ソラ)さえも見えてくるのだと。


最後までお読みいただいてありがとうございます!

次の更新は夜19時です。


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