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無明の剣聖~両目を失明したけど夢を諦めきれずに剣を振り続けたら、いつの間にか“見える者”より強くなっていた~  作者: WING
第二部:隻眼の老剣士

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12/24

11話:愚かなる同志の邂逅

本日最後の更新です!

 相変わらず、空は見えない。


 けれど僕は、それを諦めてなどいなかった。


 陽の光が差しているのは、ちゃんとわかる。

 頬に触れる温もり、微かに乾いた風、草木が揺れる微音と匂い。

 その全てが、目には映らぬ空の存在を、確かに僕に伝えていた。


 だから、剣を振る。


 それは祈りのようなもので。

 諦めなかったという証であり。

 たとえ視えずとも、それでも夢を目指していると、胸を張って言うための、唯一の手段だった。


 ――僕の道は、まだ始まったばかりだ。


 今日も、いつものように庭に立つ。

 何もかも記憶した空間。ここだけは、視えなくとも見える場所。


 一歩、前へ。

 半歩、斜めに。

 剣を引き、踏み込み、突き、足を戻し、構えを解く。


 すべては、積み上げた記憶に従って行う動作。

 自分なりに動きを改善していく日々。


 だけど、その日は何かが違っていた。


 風が、妙に澄んでいた。

 いや、違う。空気の奥に、なにか鋭いものが混ざっていた。


 痛みでもない。

 殺気でもない。


 ――剣の香りだ。


 そうとしか言いようがなかった。


 視線を感じる。最近は少しだが、気配を掴めるようになってきた。

 ゆえにわかったのだ。

 誰かが、僕を見ている。


 でもそれは、ただの視線ではない。

 肌に、骨に、魂に刺さるような、ひたすらに静謐で、それでいて剣のように凛とした気配。


 僕は気にすることなく、呼吸を整えてもう一度剣を振る。

 二振り、三振りといつも通りに。


 そして、その声は突然に降ってきた。


「ふむ。いい剣じゃ」


 背中から届いたのは、低く、枯れた老人の声。


「まだまだ未熟じゃが……それは、“捨てなかった者”の剣じゃ」


 反射的に、声がした方へ振り返る。

 けれど、いつも通り。視界に映るのは、深い闇だけ。


 それでも、気配を感じる。

 立っている。そこに、いる。


 “剣”そのもののような、気配を放つ人物が。


 そこで理解した。

 先ほどの剣の香りの正体は、この声をかけてきた人物なのだと。


「……あなたは」


 言葉が、自然とこぼれた。

 問いかけというより、引き寄せられるように。


 男は、わずかに笑った気がした。


「名は……ゲンサイ・アカツキ。お主の父に頼まれてのう。会いに来た」


 ――父上が?


 その名も、声音も、初めて聞いたもののはずなのに、どこか懐かしさを感じさせてくれた。


「ノクス。彼は私が呼んだのだ」


 父上の声が、すぐ背後から届いた。

 その声には、いつもと違うものがあった。冷静なようで、どこか微かに震えていた。強さの裏に潜む、優しさの震え。


「父上が……?」


 言葉が追いつかない。


「彼は遥か東の島国の剣士で、【隻眼の剣豪】と呼ばれている御仁だ」


 隻眼――目が一つ、視えないということ。

 まさか、それは……。


「……僕のために、ですか?」


 気づいた時には、訊ねていた。

 心が、それを確認したがっていた。


 父上は、静かに言った。


「ああ。私では、ノクスに剣術を教えられない。だが……再び剣を振るうようになったノクスに、二度と夢を捨ててほしくなかった。だからノクスの師となり得る者を探し回ったのだ」


 ――そうだったのか。


 ここしばらく、父上がやけに忙しくしていた。

 執務も最小限に絞り、家臣たちも落ち着かず、騎士たちも慌ただしかった。


 あれは全部……。


 ……信じられなかった。

 父上が、僕のために、ここまで――


「……僕のために、そんな……」


 思わずこぼれた声は、途中で詰まった。

 喉が、うまく動かなかった。

 心の奥底に触れるものがありすぎて、言葉が追いつかなかった。


 父上は、信じてくれていた。

 僕が、もう一度、夢に向かって剣を振ることを。

 目を失ってもなお、手を伸ばすことを。

 僕自身さえ見失っていた想いの炎を、父上は消さずにいてくれたのだ。


 ――嬉しかった。

 言葉にすれば安っぽくなるほどに。

 胸の奥が、熱くなった。

 息を吐くだけで、それが零れてしまいそうで。

 涙が、こぼれそうになった。


 けれど。


 今は泣いている場合じゃない。


 目の前に立っている、その人物。

 老齢の男。片目を帯で覆った姿。

 静かな佇まい。無駄のない気配。


 その男こそが、父上が言った【隻眼の剣豪】――ゲンサイという、老剣士。


 彼の放つ気配は、ただ穏やかというだけではない。

 鋼のように研ぎ澄まされていて――そして、僕を試している。

 それが、わかった。

 僕の中の、剣士としての本能が、それを感じ取っていた。


「……ノクスと言ったかの?」


 彼が、口を開いた。

 声は枯れていたが、深みがあった。


「はい。改めまして、ノクスと言います」

「主は、何故――目が見えないのに、剣を振るうのじゃ?」


 静かな問いだった。

 だが、内心にまっすぐ刃を突き立てられたような鋭さがあった。


 迷いはなかった。

 逡巡も、言い訳も、必要なかった。


 僕は、一歩、前に出た。


「目が見えなくなって……絶望しました。夢を諦めて、剣を振ることも、やめました」


 父上の気配がわずかに揺れた。

 息を呑んだのがわかった。

 でも、それはもう過去の話だ。


「でも……母上が、言ってくれたんです。『もう一度夢を見てもいい』って。

 ルナが、言ってくれたんです。『一緒に剣を振りたい』って」


 僕は、拳を握った。

 震えそうになる指先に、強く力を込めて。

 それでも、声は震えなかった。


「……わかったんです。夢を諦めることこそが、一番、怖かったのだと」


 僕は顔を上げた。

 目は、見えない。

 けれど、彼の位置を感じていた。

 その気配の中心に向けて、真っ直ぐに声を届ける。


「たとえ目が見えなくとも、僕は剣を振れる。……振りたいんです」


 その瞬間、彼が静かに笑った気がした。


 あれはきっと、試す者の笑みではない。

 導く者の、それだ。


「良い志じゃ。しかし、夢とな? 何がお主をそこまで焚きつける?」


 その問いには、もう迷う必要すらなかった。

 僕の中にずっと在り続けてきた、あの想いを告げる。


 声が自然と、笑みを帯びていた。

 そうだ。

 これは、誇るべき夢なのだ。


「僕の夢は……【天斬りの剣聖】のように、あの『(ソラ)を斬る』ことです!」


 その言葉が、空に放たれた瞬間。

 確かに、空気が震えた。

 僕の胸の奥で、何かが動き出した気がした。


 それは希望か。決意か。

 あるいは、運命そのものかもしれない。


「ふっ……面白い」


 その一言に、思わず背筋が震えた。

 嗤いではない。軽蔑でもない。

 その声音は、深く、温かく――そして、何かを見つけた者の喜びに満ちていた。


「まさか、ワシのように……同じ夢(・・・)を志す愚者が、まだおったとはな」

 彼はそう言って、ふっと笑った。

 それはまるで、自嘲するようであり、同時に心から愉快そうでもあった。


 夢を語った僕を、否定するでもなく、ただ嗤うでもなく――

 彼は、心の底から笑ったのだ。


「誠、愉快じゃ。それでこそ、剣士というものよ」


 笑い声が、ゆっくりと中庭に響く。

 どこか懐かしさを帯びた、老剣士の嗤笑。

 けれど、そこには諦めも憐れみもなかった。


 ――同じ夢。

 その言葉が、胸の奥に刻まれる。


 この人もまた……かつて、『天を斬ろう』としたのか。

 見えない僕には、彼の表情はわからない。

 だが、その気配が、声の端々が、はっきりと語っていた。


 それは笑いではなく、共鳴だった。


 想いが、繋がった。

 目は見えずとも、それが確かに感じられた。


「いいじゃろう」


 彼の声音が、変わった。

 低く、そして静かに。

 まるで、大地の奥底から響いてくるような……揺るぎない覚悟の声だった。


「同じ夢を志す同志として」

「愚かにも、あの(ソラ)を斬ろうとする先駆者として――」


 その瞬間、空気が変わった。

 柔らかく、しかし鋭く。

 触れるだけで斬られそうな気配が、彼の内から立ち昇ってくる。


「この【隻眼の剣豪】と呼ばれたワシの、すべてを」


 語気は、決して強くなかった。

 けれど、その“重さ”に、思わず膝が震えそうになった。

 これは誓いだった。

 剣士としての、魂の約定だった。


「ノクス。ワシは、お主に継がせよう。ワシの剣を。想いを。技を――そして、夢を」


 心臓が高鳴っていた。

 鼓動が早すぎて、呼吸が追いつかなかった。

 涙が滲んだ。だが、それは悲しみじゃない。

 魂が震えるほどの、確かな歓喜。


 目が見えなくなってもなお、剣を捨てなかった僕を。

 『天を斬りたい』と願った、愚かで未熟な僕を――彼は、剣士として認めてくれた。


 世界が、少しだけ光に満ちた気がした。


 たとえ目が視えずとも、今だけはわかる。

 この出会いこそが、運命だったのだと。



最後までお読みいただいてありがとうございます!

これにて第二部完結です!

明日の更新は朝と昼と夜の三本でお送りします!


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