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無明の剣聖~両目を失明したけど夢を諦めきれずに剣を振り続けたら、いつの間にか“見える者”より強くなっていた~  作者: WING
第二部:隻眼の老剣士

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10話:無明の剣

 私は、彼の背中を見つめていた。


 老いを帯びた背中だが、そこには威風があった。

 堂々と、しかし静かに、彼は廊下を進んでいく。

 まるで、長い時を越えてこの瞬間のために姿を現したかのように。

 その歩みに、ためらいも、誇示も、怯えすらない。ただ、己の剣を信じて歩む者の風格だけがあった。


 私は私兵の騎士団の詰め所に伝令を走らせ、領内最強の男を一人、呼び寄せることにした。


 ――オルヴァイン。


 私が騎士団長だった頃から仕えていた、歴戦の騎士。

 私が引退するのと同時に、付いてきた男だ。

 力と技、戦場で培った読みと胆力、そのいずれもが王国において五本指に入る。

 性格もまっすぐで、礼を弁える男だ。見せかけの称号に惑わされるような者ではない。

 だからこそ、彼を選んだ。


 中庭に設えられた仮の試合場。

 日差しが傾きかける午後、数名の信頼できる家臣らと、オルヴァインがそこに集っていた。


「旦那様……まことに、試合を?」


 戸惑いと警戒が混じった声が上がる。

 私は頷き、静かに口を開いた。


「……これは、我が息子の師となるかもしれぬ男が持つ剣を、この目で、皆の目で確かめる場だ」


 剣を抜いたオルヴァインが、軽く一礼する。


「お相手を」


 対するゲンサイは、軽く顎を引いて頷いた。


「一つ、断っておくが……ワシは、我流じゃ」


 その言葉に、家臣たちの間から笑いが漏れた。

 年寄りの、よくある思い込み。そういう空気が一瞬、広がる。


「我流? それは困った。流派なき剣など、野盗の喧嘩と変わりませんな」

「旦那様、これは流石に……」


 だが、私は手でそれを制した。


「よい。剣は形ではなく本質だ。我らが見るのは、流派ではない」


 静まり返る場。

 次の瞬間、ゲンサイが言った。


「……では、目を閉じて挑ませてもらう」


 ざわめきが、はっきりと起きた。


「な、なにを……⁉」

「隻眼で足りぬと申すか⁉」

「違う。レイモンド殿は、ワシの実力を、ご子息に教えるに値する剣を見たいのじゃろう?」


 彼は、確かに笑った。だがそれは、慢心でも挑発でもない。

 ただ、揺るがぬ信念と、幾千の実戦を潜り抜けた者にしか宿らぬ確信の微笑みだった。


 私は一歩前に出て、口を開いた。


「よい。ゲンサイ殿の言う通りだ。示してほしい――貴殿の、その剣を」


 両者が剣を抜く。

 オルヴァインの剣は、名工によって造られた、実戦剣。

 華美な装飾などなく、シンプル。それでいてよく使い込まれ、手入れがされていた。

 それを見たゲンサイが、満足げに頷く。


「良い剣だ」

「……お褒めに預かり光栄です」

「では、ワシも抜くとしよう」


 アレは確か、東の島国の片刃の剣――刀だったなと、記憶を思い返す。

 この大陸で、使っている者は見たことがない。


 静かに、しかし何かが音を立てて崩れるような気配と共に、ゲンサイは腰の刀に手をかけ引き抜いた。

 その瞬間だった。


 空気が――裂けた。

 否。そう錯覚した。


 昼の陽光さえも、あの刃を照らすことを躊躇したかのように思えた。

 人の営みが在るべき昼下がりに、夜が訪れた。


 刀身は、深い藍を湛えていた。

 それは、ただの青ではない。星明かりのない夜空のような深みを持ち、その奥で、わずかに揺らめく光――そう、星が、刀身の中で瞬いていたのだ。

 私は、思わず一歩退いていた。


 誰もが息を呑んでいた。

 家臣たちも、オルヴァインすらも、声を発せぬまま見つめていた。


 刀とは、反りがあると聞いていた。だが、ゲンサイの刀は直刀だった。

 刃文すら揺らぎのない直線。

 鞘もまた、黒漆に銀の蒔絵で夜空が描かれていた。柄巻は黒地に銀糸、鍔は満月を象った丸型。


 私は、思わず呟いていた。


「……あれが、ゲンサイ殿の剣――いや、刀か……」


 私の呟きに、ゲンサイは静かに口を開いた。


「この刀の銘は『天星一文字(テンセイイチモンジ)』。星の落ちた夜、祖国最古の鍛冶師が打ったと伝えられておる。巡り巡って、ワシの下へとやって来た。さて、刀の鑑賞ではなく、試合じゃろう?」


 そうだった。


「すまない」

「構わんよ。では、始めるとしようかのう」


 両者が構え、そして――試合が始まった。


 オルヴァインが踏み込む。

 鋭く、速い。隙も虚もない、模範のような一撃だった。

 だが――それを、ゲンサイはまるで「風の流れ」に身を預けるように、紙一重で往なした。


 返す剣、第二撃。

 今度は捻りと変化を加えた上段。

 しかし、それも届かない。


 まるで――空気の中に、彼の身体が溶け込んでいるようだった。


 三合、五合、十合。

 どの剣も、どの狙いも、まるで見透かされているかのように外される。

 いや――そもそも、当たる場所にいないのだ。


「そ、そんな……ッ!」


 オルヴァインが息を詰める。

 焦燥ではない。

 恐怖でもない。


 ――理解だった。


 この男には、自分の剣は通じない。

 それを、身体が悟っていた。


 やがて、オルヴァインの首筋へと刀の切っ先が向けられていた。

 静寂が場を支配する。

 剣が手から落ち、膝を突く。


「……完敗です。あの動き、あの気配、間合い……まるで、目など初めから要していないかのような……」


 その瞬間だった。

 ゲンサイが、刀を納め、目を閉じたまま、静かに言った。


「……これがワシの編み出した――『無明の剣』よ」


 風が吹いた。

 誰一人、言葉を返さなかった。


 無明――闇ではない。光なき世界。

 だが、そこに在るのは、絶望ではない。

 視えぬからこそ得られる気配。

 暗闇だからこそ届く、真の一撃。


 家臣たちの誰もが、もう何も言わなかった。

 その眼差しにあるのは、恐れではなく――尊敬だった。


 私は、その場を一巡見渡し、静かに頷いた。

 そして、ゲンサイに向き直る。


「……ありがとう。貴殿の剣、確かに示してもらった。……どうか、ノクスに会ってやってほしい」


 ゲンサイは目を開けた。


 隻眼の奥に宿る光は、年老いた者のそれではなかった。

 夢を追い続ける者の――少年のような蒼だった。


「案内してくれ。……ただし、教えるとは限らない。それでも良いのだな?」


 私は頷いた。


「ゲンサイ殿のお眼鏡に適わなかったのなら仕方がないこと。無理強いはできない」


 彼が直接、教えるに値すると見定めなければならない。

 私にできるのはここまで。

 あとはあの子が、ノクスが示してくれる。


「こちらだ。いつもあの子が剣を振っている庭がある」


 そして私は、心の奥にかすかな震えを抱きながら――だが確かな希望を携えて、ゲンサイを案内する。


 ◇ ◇ ◇




最後までお読みいただいてありがとうございます!

次の更新が本日最後になります。


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