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コミュ症の武藤くんはカフェをやりたい!!  作者: カピ原カピ吉
第1章 夢を語るには、俺は静かすぎた

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2話 はじめての現場と壊れかけの距離

初出勤の日。


武藤大雅は、

開店三十分前の《Cafe Étoile》の前で、

すでに心拍数が限界に達していた。


(……帰りたい)


理由は、明確だ。


――人が、来る。


それも、

「お客さん」という、

最も苦手な存在が。


「……おはようございます……」


ドアを開けると、

店内にはすでに二人の先輩がいた。


店長と、

あの日、面接で助けてくれた年上の女性。


「おはよう。緊張してる?」


声をかけてきたのは、彼女だった。


「……はい」


即答だった。


彼女は、少し笑って言う。


「正直でいいね。

 私は佐伯さえき みお

 ここでは一番長いバイトかな」


「……武藤大雅です」


「知ってる。

 “コーヒーの目をしてた子”でしょ?」


「……目?」


「うん。

 豆を見る時の目」


意味はよく分からなかったが、

悪い気はしなかった。



開店。


一人目の客が入ってきた瞬間、

大雅の世界は、また狭くなった。


「い、いらっしゃいま……」


声が、消えた。


喉が、固まる。


(……言え)


(……言えって)


頭の中で叫ぶのに、

体は、まるで言うことを聞かない。


「いらっしゃいませ」


代わりに、澪が自然に声を出す。


客は何も気にせず、席に着いた。


(……俺、邪魔じゃん)


レジの横で立ち尽くす大雅に、

澪が小声で言う。


「大丈夫。

 最初は“立ってるだけ”で合格」


「……え?」


「逃げなかったから」


その一言に、

胸が少しだけ、軽くなった。



昼のピーク。


注文が重なり、

店内が一気に慌ただしくなる。


「ブレンド一つ」

「カフェラテ、砂糖なしで」


言葉が、飛び交う。


大雅は、完全にパンクしていた。


(……無理だ)


(……全部、無理)


カップを落としそうになり、

手が震える。


その瞬間。


「大雅くん」


澪の声が、静かに入る。


「一つずつでいい。

 今、目の前の一杯だけ見て」


「……っ」


「ほら、豆の香り」


深呼吸。


コーヒーの匂いが、

少しだけ、世界を取り戻してくれる。


(……大丈夫)


――その時。


「……たいが?」


聞き慣れた声がした。


振り向くと、

そこにいたのは、心愛だった。


友達と一緒に、

店に入ってきていた。


(……なんで、今)


一瞬、思考が止まる。


心愛は、エプロン姿の大雅を見て、

驚いたように目を瞬かせた。


「……本当に、働いてるんだ」


その言葉は、

嬉しさと、

ほんの少しの寂しさを含んでいた。


澪が、状況を察したように言う。


「ご注文、どうします?」


心愛は、少しだけ大雅を見る。


「……ブレンド、ください」


「……はい」


声は、震えた。


でも、

確かに届いた。


「ありがとうございます」


たったそれだけ。


それだけなのに。


心愛の表情が、

少しだけ、変わった。


――“知らない大雅”を見た。


そんな顔だった。



休憩時間。


大雅は、裏で膝に手を置き、

深く息を吐いていた。


(……疲れた)


(……でも)


逃げなかった。


その事実が、

自分を少しだけ誇らしくさせる。


「お疲れ」


澪が、コーヒーを差し出す。


「失敗だらけだったけど、

 向いてないとは思わない」


「……本当ですか」


「うん」


澪は、真っ直ぐ言う。


「“居心地”を作れる人は、

 大抵、声が大きくない」


その言葉が、

大雅の胸に、深く刺さった。


――俺でも、いいのかもしれない。



その夜。


心愛から、LINEが届いた。


『今日、びっくりした』


『でも、ちょっと、遠く感じた』


画面を見つめながら、

大雅は、すぐに返事が打てなかった。


(……距離)


夢に近づくほど、

近くの誰かが、遠ざかる。


それが、

現実なのかもしれない。


それでも。


「……俺、進んでるんだよな」


誰にも聞こえない声で、

そう呟いた。


夜。


バイト初日を終えた大雅は、

自室の椅子に深く腰を沈め、しばらく動けずにいた。


体は、正直だった。


腕が重い。

喉が乾いている。

頭の中が、ずっとざわついている。


(……疲れた)


でも、それ以上に――


(……逃げなかった)


その事実が、胸の奥で小さく灯っていた。


スマホが、震える。


心愛からのメッセージ。


『今日のたいが、ちょっとかっこよかった』


指が止まる。


(……かっこいい?)


これまで、

「放っておけない」

「世話が焼ける」

そう言われることはあっても、

そんな言葉を向けられたことは、ほとんどなかった。


『でもね』


続くメッセージ。


『少しだけ、知らない人みたいだった』


胸が、きゅっと締めつけられる。


(……ごめん)


打とうとして、やめた。


謝るのは、違う気がした。


代わりに、

ゆっくりと文字を打つ。


『……俺、ちゃんとやれてた?』


少しして、返事が来る。


『うん』


『ちゃんと、前に進んでた』


その一文に、

嬉しさと同時に、

説明できない距離を感じた。


――応援されているのに、近くない。


そんな矛盾。



次の出勤日。


大雅は、前回よりも少し早く店に着いた。


(……今日は、昨日よりマシにやろう)


自分なりの、小さな目標。


ドアを開けると、

店内には澪だけがいた。


「おはよう、大雅くん」


「……おはようございます」


澪は、カウンターを拭きながら言う。


「昨日の夜、よく眠れた?」


「……あんまり」


「だよね」


まるで、分かっていたかのように笑う。


「初めての現場って、

 “できなかったこと”ばっかり浮かぶから」


大雅は、黙って頷いた。


「でもね」


澪は、手を止めてこちらを見る。


「私は、

 “大雅くんが残ったこと”を覚えてる」


「……残った?」


「逃げずに、店に立ち続けた」


その言葉に、

胸の奥が、じんとする。


「……それって、大事なんですか」


「うん」


澪は、即答した。


「一番、大事」



昼前。


客足が、少し落ち着いた頃。


澪は、カウンター越しに言った。


「コーヒー、淹れてみる?」


「……え」


「簡単なのからでいい」


一瞬、怖さが込み上げる。


(……失敗したら)


だが、澪は続けた。


「失敗しても、私が止める」


その言葉が、

不思議と背中を押した。


豆を量り、

湯を注ぐ。


手は、まだ震えている。


それでも。


香りが、立ち上る。


(……好きだ)


その瞬間だけ、

不安が薄れた。


「……いい匂い」


澪が、静かに言う。


「大雅くん、

 “人”は苦手でも、

 “空間”は作れる人だと思う」


その言葉は、

評価というより、

確信に近かった。



夕方。


店の前に、見覚えのある影が立つ。


心愛だった。


一人で、店を覗いている。


大雅の心臓が、跳ねる。


(……また来た)


澪は、すぐに気づいた。


「知り合い?」


「……幼馴染です」


「そっか」


澪は、何も言わず、

自然にポジションを入れ替えた。


――逃げ道を、作るように。


心愛が、ゆっくり入店する。


「……こんにちは」


「……いらっしゃいませ」


昨日より、声は小さい。

でも、止まらなかった。


「ブレンド、お願いします」


「……はい」


注文を受けながら、

心愛は大雅をじっと見ていた。


「……慣れてきた?」


「……少し」


「そっか」


一拍。


「……寂しいね」


その一言が、

静かに落ちる。


大雅は、言葉を失った。


「たいがが、

 たいがじゃなくなるみたいで」


(……違う)


(……変わりたいだけなのに)


でも、

うまく言えない。


澪が、カップを差し出す。


「ブレンドです」


心愛は、澪を見て、

ほんの一瞬、視線を逸らした。


――知らない誰かが、隣にいる。


それを、強く意識した顔だった。



閉店後。


心愛は、帰り際に言った。


「……無理、しないでね」


それは、

優しさであり、

同時に、距離を測る言葉だった。


ドアが閉まる。


静寂。


「……大丈夫?」


澪が、静かに聞く。


「……分からないです」


大雅は、正直に答えた。


「夢に近づくほど、

 大事な人が、遠くなる気がして」


澪は、少しだけ黙った後、

ぽつりと話し始めた。


「……私もね」


「?」


「昔、

 自分の夢を優先して、

 大切な人を手放したことがある」


初めて聞く、

澪の弱い声。


「後悔、してる?」


「……してる」


迷いのない答え。


「でも、

 夢を選んだ自分も、嫌いじゃない」


その矛盾が、

胸に刺さる。


――夢か、人か。


簡単に選べない問い。


「大雅くん」


澪は、真っ直ぐ見る。


「どっちかじゃなくていい」


「……え」


「不器用でも、

 両方、抱えて進めばいい」


その言葉は、

まだ答えじゃない。


でも。


進む理由には、なった。



その夜。


大雅は、心愛に短いメッセージを送った。


『……俺、変わりたい』


『でも、心愛を置いていきたいわけじゃない』


しばらくして、返事が来る。


『分かってる』


『……だから、困ってる』


画面を見つめながら、

大雅は静かに息を吐いた。


――夢は、誰かとの距離を測るものじゃない。


そう信じたい。


でも、現実は、

いつも簡単じゃない。

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