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コミュ症の武藤くんはカフェをやりたい!!  作者: カピ原カピ吉
第1章 夢を語るには、俺は静かすぎた

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1話 コミュ症なんです。


武藤大雅は、自分が嫌いだった。


正確に言えば、

**「人と話そうとする自分」**が、どうしようもなく嫌いだった。


教室の隅。

商業大学・経営学部2年A組。

窓際最後列――そこが、彼の定位置だ。


「じゃあ次、このビジネスプランについて意見ある人」


教授の声が響く。


瞬間、心臓が跳ねる。


(来るな来るな来るな……)


だが願いは虚しく、教授の視線が――

ゆっくり、確実に、こちらへ向かってくる。


「……武藤くん?」


「っ……!」


喉が詰まる。

脳内が、真っ白になる。


言葉はある。

意見も、ちゃんと考えてきた。


――“地域密着型カフェの収益モデル”


昨夜もノートに書いた。

コーヒー豆の原価率。

回転率。

常連客の重要性。


なのに。


「……えっと……その……」


声が、震える。


教室の空気が止まる。

誰かの小さな笑い声。


その瞬間、彼の世界は終わった。


「……すみません」


それだけ言って、視線を落とす。


教授は小さくため息をつき、

「じゃあ次の人」と話を流した。


――まただ。


何度目だろう。


夢があるのに、言えない。

知識があるのに、伝えられない。


それが、武藤大雅という人間だった。



「たいがー! また固まってたでしょ?」


昼休み。

紙パックのカフェオレを差し出してきたのは、加藤心愛だった。


「……見てたの?」


「うん、ばっちり」


心愛は笑う。

太陽みたいな笑顔で。


「教授、完全に“またか”って顔してたよ?」


「……やめて」


大雅は顔を伏せる。


心愛は、幼馴染だ。

小学校から、ずっと一緒。


彼女だけは、大雅が話せなくなる瞬間も、

夢の話をする夜も、全部知っている。


「でもさ」


心愛は隣に座り、少しだけ声を落とす。


「本当は言いたかったんでしょ?

 カフェの話」


大雅の指が、きゅっと握られる。


「……うん」


「ならさ」


心愛は、彼の目を見る。


「いつか、ちゃんと話せるようになろうよ。

 大雅のカフェの夢」


――カフェ。


それは彼の、唯一の光だった。


子どもの頃。

両親に連れられて入った小さな喫茶店。


コーヒーの香り。

静かな音楽。

そこに集まる人たちの、穏やかな笑顔。


(……俺も、こんな場所を作りたい)


人と話すのは苦手でも。

声が震えても。


“居場所”を作ることは、できるんじゃないか。


そう信じて、商業大学に入った。


でも現実は――

人と関わらなければ、何も始まらない。


「心愛……」


「ん?」


「……俺、変わりたい」


小さな声だった。

でも、確かに本音だった。


心愛は一瞬驚いて、

それから、少し照れたように笑った。


「じゃあさ」


「?」


「一緒に、第一歩踏み出そっか」


その言葉が、

これから始まる出会いと別れ、

恋と夢、挫折と成長の――


すべての始まりになることを、

この時の大雅は、まだ知らなかった。


午後の講義は、マーケティング戦略論だった。


大雅は一番後ろの席で、ノートを取るふりをしながら、

実際にはほとんど文字を書いていなかった。


黒板に書かれているのは、

《ターゲット層》《差別化》《顧客体験》。


――どれも、頭では理解している。


(……カフェなら)


脳内では、自然に想像が広がる。


客層は学生と社会人の中間。

昼は勉強と作業、夜は落ち着いた空間。

BGMは静かなジャズ。

店員が無理に話しかけない、でも“歓迎されている”と感じる距離感。


(……俺自身が、そういう場所を欲しかったから)


だが、ノートの余白にペン先を当てたまま、

大雅は小さく息を吐いた。


――それを、どうやって人に伝える?


隣の学生が、当たり前のように友達と雑談している。

前の席では、グループディスカッションが始まっている。


そのすべてが、

自分とは別の世界の出来事に見えた。


(……俺、ここにいていいのかな)


大学に入って、もう一年以上経つ。

それなのに、大雅はまだ「浮いている感覚」を捨てられずにいた。



講義が終わると、心愛がすぐに声をかけてきた。


「たいがー、次空きコマでしょ?」


「……うん」


「じゃあ学食行こ。

 新メニュー、コーヒーゼリーらしいよ?」


その言葉に、大雅の指先がぴくりと動く。


「……コーヒー?」


「食いついた」


心愛はくすっと笑った。


学食は、相変わらず人で溢れていた。

トレイを持つ手が、少し震える。


(……落とすな、落とすな)


列に並ぶだけで、心臓が早鐘を打つ。

後ろの視線が、気になって仕方ない。


「たいが、座席取ってくるね」


「……ありがとう」


心愛は迷いなく人混みに消えていく。

その背中を見送りながら、大雅は思う。


(……俺一人だったら、ここ来れないな)


それが、事実だった。



二人並んで座ると、

心愛はコーヒーゼリーを一口食べて目を輝かせた。


「これ、意外と美味しい!」


「……どれどれ」


大雅もスプーンを入れる。


――苦味と甘みのバランス。


(……悪くない)


「たいが、またそういう顔してる」


「?」


「カフェのこと考えてる時の顔」


図星だった。


「……そんなに分かりやすい?」


「うん。

 普段は“話しかけないでください”って顔なのに」


「ひどい」


「褒めてるんだよ?」


心愛は笑う。


その笑顔を見ていると、

胸の奥が、少しだけ温かくなる。


「……ねえ心愛」


「ん?」


「もしさ」


大雅は、勇気を振り絞る。


「……俺がカフェ開いたら、来てくれる?」


ほんの冗談のつもりだった。

でも、声は思った以上に真剣だった。


心愛は一瞬きょとんとして、

それから、少しだけ真面目な表情になる。


「……当たり前じゃん」


「え」


「幼馴染がやるカフェだよ?

 来ない理由なくない?」


「……そっか」


胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


(……それだけで、十分嬉しい)


だが、同時に思ってしまう。


――心愛は、ずっと俺の隣にいる前提で話している。


その前提が、

いつか崩れる日が来るかもしれないことを、

大雅は、薄々感じていた。



その日の帰り道。


夕焼けに染まる住宅街を、二人並んで歩く。


「たいがさ」


心愛が、前を向いたまま言う。


「本気でカフェやるなら、

 バイトとか、始めた方がいいんじゃない?」


「……分かってる」


「じゃあ、探してる?」


「……探してる、けど」


言葉が詰まる。


――面接。


――知らない人。


――自己PR。


頭の中で、嫌な単語が並ぶ。


「……怖い」


ぽつりと漏れた本音。


心愛は、立ち止まった。


「たいが」


真剣な声だった。


「怖いままでもいいよ」


「……え?」


「怖いのに、やるのが一番すごいんだから」


夕焼けの中で、

心愛は、少しだけ大人びた顔をしていた。


「たいがの夢、

 口下手でも、コミュ症でも、

 消えないでしょ?」


大雅は、答えられなかった。


でも、胸の奥で何かが、確かに動いた。


――逃げ続けたら、夢は“憧れ”で終わる。


――進めば、傷つくかもしれない。


それでも。


「……俺」


大雅は、拳を握る。


「……やってみる」


小さな声。

でも、自分の中では、確かな決意だった。


心愛は、ほっとしたように笑った。


「じゃあさ」


「?」


「まずは一緒に、バイト探そ」


その言葉が、

これから大雅が出会う

人、恋、別れ、そして“本物の夢”へと――


確実に、道をつないでいく。


その夜。


武藤大雅は、自室のベッドの上で仰向けになり、

スマホを胸の上に置いたまま天井を見つめていた。


画面には、

《カフェ バイト 未経験OK》

そんな検索履歴が、いくつも並んでいる。


(……未経験OKって、どこまで本当なんだ)


スクロールする指が、何度も止まる。


「接客あり」

「笑顔で対応できる方歓迎」

「コミュニケーション能力重視」


――全部、俺に向いてない。


喉の奥が、ぎゅっと詰まる。


(……でも)


頭の片隅に、心愛の言葉が残っている。


『怖いままでもいいよ』


『怖いのに、やるのが一番すごいんだから』


「……簡単に言うなよ」


呟きながらも、

大雅は一件の募集をタップした。


《個人経営カフェ/落ち着いた雰囲気》

《コーヒー好き歓迎》


写真に写るのは、

木目調の内装と、静かな照明。


(……ここ、いい)


直感だった。


震える指で、

「応募する」を押す。


送信完了の表示。


その瞬間、

心臓が一気に早鐘を打ち始めた。


「……やっちゃった」


後戻りは、もうできない。



翌日。


大学の講義中、

大雅の集中力は完全に死んでいた。


(……面接、いつだろう)


スマホを確認したい衝動と、

教授の視線への恐怖。


板挟みになりながら、

ノートに意味のない線を引き続ける。


昼休み。


「たいが?」


心愛が、彼の様子に気づく。


「なんか今日、落ち着かなくない?」


「……バレた?」


「幼馴染なめんな」


大雅は、観念したようにスマホを差し出す。


「……応募、した」


一瞬。


心愛の目が、大きく見開かれた。


「……え、マジで?」


「……うん」


次の瞬間。


「やったじゃん!!」


心愛は、思わず声を上げた。


周囲の視線が集まり、

大雅は一気に赤面する。


「ちょ、声……」


「あ、ごめん」


でも、心愛は嬉しそうだった。


「すごいよ、たいが。

 本当に一歩踏み出したじゃん」


「……まだ、受かるか分かんないし」


「それでも!」


心愛は、ぐっと拳を握る。


「進んだのは事実!」


その言葉が、

大雅の胸に、じんわり染みていく。


(……俺、進んだのか)


ほんの一歩。

でも、確かに。



面接当日。


場所は、大学から少し離れた住宅街。


小さな個人経営カフェ

《Cafe Étoileカフェ・エトワール


ドアの前に立った瞬間、

大雅の足は、完全に止まった。


(……無理かもしれない)


ガラス越しに見える店内。

落ち着いた空間。

静かに流れる音楽。


(……俺なんかが、入っていいのか)


心臓が、喉までせり上がる。


――帰ろう。


そう思った、その時。


「……あの」


後ろから、声がした。


振り向くと、

そこに立っていたのは――


年上の女性だった。


黒髪を後ろでまとめ、

シンプルなシャツにエプロン姿。


涼しげな目元。

どこか、余裕を感じさせる雰囲気。


「もしかして、面接の人?」


「……っ、は、はい!」


声が裏返る。


女性は、少しだけ目を細めて笑った。


「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。

 私も最初、噛みまくったし」


「……え?」


「中、入ろ?」


そう言って、

彼女は自然にドアを開けた。


その瞬間、

コーヒーの香りが、大雅を包む。


(……好きだ、この匂い)


緊張の中で、

不思議と、少しだけ呼吸が楽になった。



店内で待っていたのは、

穏やかな雰囲気の店長。


面接は、予想通り――地獄だった。


「志望動機は?」


「……えっと……その……」


言葉が、出ない。


頭の中では、

何度も練習した文章があるのに。


「……コーヒーが、好きで……」


それだけで、精一杯。


沈黙。


店長は、責めるでもなく、

ただ静かに待っている。


(……終わった)


大雅は、そう思った。


だが。


「……でも」


隣に座っていた、

さっきの女性が口を開いた。


「この子、

 コーヒーの豆、触ったことある?」


「え?」


「さっき、店入った瞬間の反応。

 本物だった」


店長は、少し驚いたように大雅を見る。


「……君、コーヒー、好きなんだね」


「……はい」


初めて、

はっきり答えられた。


「それなら」


店長は、にこりと笑った。


「一度、試しで入ってみようか」


その言葉に、

大雅の世界が、一瞬止まった。


(……え?)


隣の女性が、

小さくウインクする。


「よろしくね、新人くん」


――こうして。


武藤大雅は、

人生で初めての「現場」に足を踏み入れた。


それが、

恋も、人脈も、別れも連れてくる場所だと、

まだ知らずに。



その夜。


心愛に、結果を伝えると――


「え!? 受かったの!?」


「……仮、だけど」


「すごいじゃん!!」


電話越しの声が、弾んでいる。


でも、大雅は気づいた。


――心愛の声が、

少しだけ、揺れていることに。


「……心愛?」


「ん?」


「……なんでもない」


言葉にできない違和感。


応援してくれている。

でも、それだけじゃない何か。


(……俺が、遠くに行く気がしたのかな)


その答えは、

まだ分からない。


だが確かに、

歯車は回り始めていた。


――静かに、確実に。


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