ようこそ、異世界ペンション・アイリスへ~ペンションとともに異世界転移したら、知らないうちに最強のドラゴンを倒していました~
チートっぽいものを書いてみました。
楽しんで頂ければありがたいです。
一度投稿しましたが色々修正したかったので削除したものを再投稿しました。
カランカラン―――
「ようこそ『ペンション・アイリス』へ!」
ドアを開けて入ってきた客人を歓迎した。
「3人だけど、空いてるかい?」
人間の男性が私に尋ねた。
連れはドワーフと猫の獣人、身なりからして冒険者で、どちらも男性だ。
「ええ、ちょうどお客さん達で満室ですよ。では、この宿帳に皆さんのお名前を書いてください」
人間のカロルさんが名前を書いている間、他の2人が中を見渡していた。
「意外に広いんだな!しかも、めちゃくちゃきれいだ!」
「ああ。前はなかったけど、随分いい宿屋ができたみてえだな」
(厳密にはペンションなんだけどね)
さらに厳密に言うと、このペンションは、『この町』ではなくダンジョンの中、それも―――世界最難関と謂われる《終焉の奈落》の最下層に建てられているのだ。
私、本城あやめは、28歳にして遂に長年の夢を叶えたのだ。
理想通りのペンション!
私はそのオーナー!
そして明日はいよいよオープン!
という前夜。
まさかの土砂崩れにペンションが巻き込まれ―――中には、最終チェックをしていた私がいたのだった。
ドンドンドン!
土砂の下でひたすら救助を待ち望んでいた私は、突然叩かれたドアに一目散で飛びついた。
だけど、そこに救助隊の姿はなく。
『た、助けて……』
なぜか私に助けを求める子供がいた。
それも―――『頭とお尻に動物の耳と尻尾をつけた』という、何ともふざけた姿で。
私よりもボロボロな少年を招き入れ、介抱するうちに3つのことが分かった。
1つ目。
少年はコスプレではなく、本当に動物の耳と尻尾が体にくっついていたこと。
2つ目。
ここはエルディアス大陸という異世界で、しかも《終焉の奈落》というダンジョンの中だということ。
そして3つ目。
私とこのペンションは知らないうちに―――この世界最恐のドラゴンを倒していた、ということだった。
カロルさん達に、ここの宿泊プランを見せると、
「……本気か?!」
ドワーフのジョグさんは目を剥き、猫の獣人・チルさんも、
「1泊2日で朝食付き、シャワー使いたい放題、しかも風呂も入れるって、マジかよ!それに、希望があれば夕飯と……明日の弁当もつくのかよ!全部込みで……200ゴールド?!嘘だろッ?!」
素っ頓狂な声を上げた。
「でも、この辺りの一般的な宿の相場はこのくらいですよね?」
と言うと、
「イヤそれは素泊まり宿の相場だろ!」
カロルさんがすかさず口を挟んだ。
素泊まり宿とは、寝る場所だけを提供する宿だ。
食事は基本的に宿泊客自身で用意するし、シャワーも使えないのが普通だ。
驚いたままの彼らに、私は部屋の場所や注意事項を説明した。
「何か質問があれば、どうぞ遠慮なく」
カロルさんは恐る恐る口を開いた。
「本当にこれで1人200ゴールドなんだな?」
「あ、いえ違いますよ」
私が手を振ると、なぜか3人ともホッとしたような表情をした。
だが、
「200ゴールドと言うのは、1部屋分のお値段ですから。みなさんの場合だと、3名で200ゴールドですね」
今度は私を凝視したまま見事に固まってしまった。
(やっぱり安過ぎるのかな……でも私は全く損していないしなあ)
その時、
「アヤメさん、お客さんを案内してもよろしいですか?」
いいタイミングで、一人の青年がフロントに近づいてきた。
「あっ、シーヴァ!201号室へご案内して!」
白銀の短い髪と海のように蒼い瞳のイケメンだ。
だけど最も特徴的なのは、頭には白い三角の耳、ズボンからは白いフサフサした尻尾が伸びていることだろう。
シーヴァは私から鍵を受け取り、
「お部屋にご案内しますね」
と、やや強引に連れて行った。
「コ、コイツ、細いくせに力強くね?!」
「お、オイ!追加で金取る気じゃねえよな?!」
「まさか……俺達から身ぐるみ全部剥がすつもりじゃッ
すると、シーヴァが笑顔のままカロルさんを締め上げた。
「アヤメさんがそんなコソ泥みたいなマネをする訳ないでしょう?」
「ぐ、ぐるしい……!」
「ほらほら、お部屋はあちらですよ」
そう言いながら、シーヴァは3人を2階の部屋へ追い立てた。
(……後でお客さんをフォローしておこう)
宿帳を仕舞おうとフロントデスクの引き出しを開けると、深紅のビロードで表紙を装丁された百科事典並みに分厚い本が目に入った。
表紙には金文字で
『ペンション・アイリス取扱説明書』
と日本語で書かれている。
ちなみに、この世界の文字は日本語ではないので、現状私だけしか読めない。
さらに言うと、私はこの世界の文字を読み書きできるし、言葉も通じる。
(シーヴァが急成長したのは、間違いなく《キー・ホルダー》の影響だろうな)
日本で『キーホルダー』と言えば、鍵を纏めておく道具だ。
だけど、ここでの《キー・ホルダー》とは『ペンション・アイリスのスペアキーの所有者』を指し、能力の名前でもある。
《キー・ホルダー》になると、このペンションから莫大な魔力を受け取ることができ、さらにペンションの能力も一部使うことができるのだ。
さて、このやたら豪華なトリセツには、私とペンションに与えられた規格外の力が詳細に書かれている。
まずはハード面。
要約すると、このペンションは壊れることがないくらい頑丈で、インフラは魔法で使いたい放題、当然、光熱費や水道代はゼロ。
消耗品や食料品も設備として認識されるため、不足したらペンション自身が勝手に『自動回復』という名の補充をしてくれるのだ。
宿代が格段に安くできるのもこのためである。
そして、特に便利な能力として、《ゲート》と《アネックス》がある。
《ゲート》は、私や《キー・ホルダー》が行ったことがある場所ならどこにでも、ペンションの扉の先を繋げることができる。
また《アネックス》は、このペンションの別館を無限に召喚できる能力で、
何なら、別館と本館を繋げることもできる。
この2つの能力によって、この町に召喚した別館と《終焉の奈落》の本館を繋げているのだ。
これ以外にも色々書いてあるのだが。
一言で言えば―――『規格外過ぎ』である。
だが建造物らしい唯一の欠点もある。
それは、『本館をこのダンジョンから移動することはできない』ということだ。
仮に《ゲート》を発動させたくても、このダンジョンから自力で脱出しない限り、私は外の世界に行くことができなかったのだ。
そこで、私はある人物を《キー・ホルダー》に任命することにした。
それが、狼の獣人、シーヴァだ。
私がこの異世界で最初に出会い―――あの動物の耳と尻尾が付いた元・少年だ。
「『獣人は膨大な魔力を手にすると急成長する』って言っていたけど、まさかここまでとは」
「ふん。いくら図体がデカくなったとはいえ、所詮は小童よ。我の足下にも及ばぬわ」
足元から聞こえてきた声に、私は慌ててしゃがみ込んだ。
「ちょっとメイちゃん!お客さんがいる時に喋っちゃダメでしょ!猫の獣人は言葉が話せても、ただの猫は話せないんだから!」
すると、『メイちゃん』と呼ばれた黒猫は、
「貴様こそ、冥皇龍たる我をその名前で呼ぶなと、何度も申しているだろうがッ!」
シャーッ!と毛を逆立ててきた。
「そんなこと言われても、私はドラゴン全盛期だった時のメイちゃんを知らないからさぁ」
見た目は可愛いこの黒猫―――その本性は、このダンジョンの支配者たるドラゴン、冥皇龍だ。
ちなみに冥皇龍と言えば、彼(?)しかいないため名前はなく、私が勝手に『メイちゃん』と呼んでいる。
強大な力を持つ最恐のドラゴン……だったらしいのだが、『異世界転移してきた私のペンションの下敷きになった』という非常に不名誉な倒され方をしてしまい、その無念がペンションに取り憑き、魔力を得て実体化したらしい。
そのときの魂の受け皿として使ったのが、私の黒猫のぬいぐるみだったのだ。
まあ、メイちゃんは基本的にペンションの力がなければ存在できないため、オーナーである私に危害を加えることはできない。
(それに、口は悪いけど私の手料理を美味しそうに食べてくれるしね)
「お前、またアヤメさんに口答えしたのか?」
戻ってきたシーヴァが厳しい目をメイちゃんに向けた。
「黙れ、小僧。我に食われそうになっていた分際で」
黒猫は毒吐くが、シーヴァは鼻で笑った。
「そんな愛らしい姿で凄まれても怖くも何ともないんだが?」
「なんじゃと?!」
メイちゃんが再び毛を逆立て、シーヴァも好戦的に睨みつける。
「ちょ、ちょっと、2人とも!フロントで喧嘩しないで!」
御覧の通り、彼らは非常に仲が悪い。
「ところでシーヴァ、お客さん達何か言っていた?」
と話題を変えると、
「未だに身ぐるみ剥がされるのではと慄いていました。そのせいか、夕食はいらないとのことです」
と報告した。
「お客さんを怖がらせないでよ。私達の仕事は『おもてなし』なんだから」
と釘を刺すと、分かりやすく耳と尻尾が項垂れる。
「申し訳ありません。ですが、アヤメさんのご厚意でこれだけ素晴らしい待遇を受けられるというのに、泥棒扱いしてくるものですから……」
今度はメイちゃんが鼻を鳴らし、
「貴様の力ならこの世界を支配するなど容易いことじゃろうに。なぜ矮小な連中をわざわざ接待するのか、全く理解できん」
と、いかにも元最強のドラゴンらしい物騒な物言いをしてきた。
「いや、私がやりたいのは世界征服じゃなくてペンション経営だから」
その辺りはちゃんと宣言しておいた。
「さて、私は夕食の仕込みを始めるから、代わりにフロントにいてくれる?」
「分かりました」
シーヴァに見送られ、私は食堂に向かった。
「どうされました?」
夕食時、カロルさん達が食堂を覗いていた。
「いや、その……いい匂いがしたからどんな具合なのかなぁって……おいっ?!」
突然カロルさんがチルさんを小突いた。
「いてえな、何だよ!」
「おい、あれ!『紅蓮』じゃねえか?!」
視線の先には、ちょうど食事を終えた4人組がいた。
男性2人と女性2人であり、男性は2人とも人間、女性はエルフと狐の獣人だ。
「まさか、あの有名なAランクパーティーもここに泊まってたのかよ!」
ジョグさんも目を丸くする。
「ええ。ご贔屓にしてもらってますよ」
この世界には各地に冒険者ギルドがあり、冒険者は実力に応じてランク付けされている。
最初は誰でもEランクであり、最高位のAランクは冒険者の目標だ。
「な、なあ。今からでもここで食うことはできねえかな?!」
突然カロルさんが私に申し出てきた。
「今から、ですか?」
すると、ジョグさんも顔の前で拝むように手を合わせてきた。
「頼む!『紅蓮』と同じ部屋でメシ食える機会なんて滅多にないからよ!必要なら、追加で金払うから!」
少し考え、
「待ってもらえるのでしたら」
「本当かッ?!」
「ただし、くれぐれも他のお客さんの迷惑にならないよう。もちろん、『紅蓮』の皆さんにもです!」
「もちろんだ!」
「恩に着るぜ!」
3人に盛大に感謝されながら、私は空いているテーブルに案内した。
(多めに作ってはいたから、3人追加するくらいは問題ないわね)
キッチンに戻る途中で、
「アヤメさん。すまないが、俺とレオンにワインのお代わりをくれ」
『紅蓮』のリーダー、ギルバートさんに呼び止められた。
「はい、分かりました」
「私達には食後のお茶を。甘いものもあるといいのだけど」
女性メンバーの1人、エルフのアリスさんも注文をした。
「夜に甘いものなんか食べていいのか?」
レオンさんが茶化すと、もう一人の女性、狐の獣人、ジャニスさんが、
「仕方ないでしょ!ここのデザートはとっても美味しいんだから!」
と口を尖らせた。
「今日はラズベリーパイを用意していますので、そちらをお持ちしますね」
と伝えると、女性陣は歓声を上げた。
「しかし、アヤメさん。美味しい夕食だけじゃなく、酒もお代わり自由で、デザートも付いてくるのに、1部屋200ゴールドとは。必要ならいつでも追加料金を支払うぞ?」
ギルバートさんは毎回気遣ってくれる。
「久しぶりにお風呂も入れちゃったしね?アリス」
「ええ。広々とした湯船でとっても気持ちよかったわ」
「しかも、男湯と女湯で別れてるしよ。おかげで旅の疲れが取れたぜ」
と、いたくペンションを誉めてもらえた。
「ありがとうございます。私達は無理はしてないですし、懐具合に関係なく、ゲストには快適な時間を過ごしてもらいたいと思っていますので」
と笑顔で答えると、
「そ、そうか……いや、ならいいんだ!」
なぜか挙動不審になりつつも、ギルバートさんは快くそう答えた。
一方、
「あの女将、『紅蓮』のリーダーと打ち解けてんじゃねえか!羨ましいぜ!」
「それにしても……本当に、1部屋200ゴールドなんだな」
「だな。Aランク冒険者から金騙し取ろうなんて、命知らずなことする訳ねえしな」
「俺……風呂行ってみてえわ」
と、カロルさん達がソワソワと相談していた。
その後、ビーフシチュー(サラダとパン付き)とデザートまで堪能した3人は、意気揚々とお風呂に向かっていた。
そして翌日、
「またこの町に来たときは絶対に泊まるからな!」
妙に肌艶が良くなったカロルさん達は、ご満悦な様子でチェックアウトしていった。
もちろん、お弁当も忘れずに。
「シーヴァ、お帰り!」
「すみません、留守にしていて。ですが、お陰様で次の違法オークションの詳細が分かりました。やはり未成年の奴隷が出品されるそうです」
私達がこの町にわざわざ《ゲート》を繋げている理由がコレだ。
この世界では子供の奴隷売買は違法であり、所持が発覚した時点で問答無用で逮捕される。
だが、子供の奴隷は言いなりにしやすいことから人気が高く、後を絶たないのが現状らしい。
―――このシーヴァのように。
シーヴァは故郷を魔物に襲われ、妹と一緒に逃げたが離ればなれになり、しかも奴隷商に捕らわれてしまったのだ。
冒険者に買われ、荷物持ちとして攻略済みのダンジョンに連れてこられたのだが、偶然《終焉の奈落》と繋がるルートを見つけてしまい、しかもメイちゃん、もとい冥皇龍と遭遇した。
冒険者達は逃げ、シーヴァは囮にされてしまい、絶体絶命のときに私のペンションが直撃したのだ。
そのためか、シーヴァは私を信頼してくれるし、私も彼を《キー・ホルダー》に任命したことで、晴れて外の世界に行くことができたのだ。
私はこの世界のことを知るため。
シーヴァは妹を探すため。
お互いの目的のために、私達はこの世界を旅している。
そして、この町で違法オークションが行われていることを知った私たちは、別館を召喚して本館と繋げ、ペンション経営をしながら情報収集を行っていたのだ。
「開催日時は本日夜10時。主催者であるガートナー男爵家の地下室で行われるとのことです」
「この町の有力者が裏で違法取引やっているなんてね」
「ふん、貴様等はまた下らないことを企てておるの」
メイちゃんが面白くなさそうに毒づくが、
「いや今回もメイちゃんには来てもらうから」
と言った。
「いい加減、自分で戦え!貴様が死ぬことなど有り得んじゃろうが!」
と怒られてしまった。
「お願いよぉ!私が魔法で戦うなんて荷が重いの!」
そりゃ私にも、与えられたチート能力がある。
それが、『魔法全般を自由に使える』ということだ。
この世界には、火・水・風・土・光・闇の6属性の魔法があるが、普通は3属性までしか使いこなせない。
だが私は、6属性全ての魔法を、それも魔力無制限で使用できる。
とは言え、争いとは無縁の人生で、しかも魔法を使って戦うなんて、私には無謀でしかない。
だから、こういう荒事では、私の代わりにメイちゃんに戦ってもらうのだ。
「……なぜ我は、貴様のような軟弱な小娘に倒されたのじゃろうな」
メイちゃんは大きく溜め息を吐いた。
「まあまあ。今日のおやつは、メイちゃんの好きなドーナツにチョコレートをたっぷりかけてあげるから」
とご機嫌を取ると、
「……飲み物はミルクたっぷりのココアじゃぞ」
やたら甘党な冥皇龍は追加注文をした。
そして、夜の9時。
「それじゃあ、よろしくね」
『任せて、オーナー!』
私そっくりの『分身』は、私と同じ声でそう答えた。
『どうか、お気をつけて』
シーヴァのそっくりさんも丁寧に私達に頭を下げた。
彼らは、ペンションの能力の1つ《サブ・オーナー》で出現させた『分身』で、私達の代わりにペンション経営を任せることができるのだ。
「男爵家では今日チャリティーパーティがあるのよね?」
「はい。貴族だけが招待され、招待状がないと門前払いされるそうです」
最も私達は初めから不法侵入するつもりなので全く関係ない。
「それじゃあシーヴァに“認識阻害”をかけるね」
「はい」
“認識阻害”とは、私達の姿を認識できなくなる、言わば『透明人間になる』魔法だ。
だけど、声や足音などは消せないし、触ればいることがバレてしまう。
また、シーヴァはこの魔法を使えないので、自分から解除することはできても掛け直すことはできないのだ。
「それでは―――潜入開始!」
「地下室にはどう行くのかしら」
会場ではお高そうな正装を纏った貴族が談笑しており、姿が見えない私達が小声で話しても全く問題ない。
「オークションまで時間がありますから、少し様子を見てみましょう」
すると、あることに気がついた。
「ねえ。あの人に飲み物をもらったお客は全員、さりげなく会場から出ているようなんだけど」
唯一ネクタイピンを付けた給仕係から飲み物をもらった客は、タイミングをずらして会場を離れているようだった。
「確かに……」
シーヴァも頷き、
「あの客の後を付けてみましょう」
例の給仕係からワインを受け取った男性が会場の外に向かうところを確認し、後を追いかけた。
男性はある扉の前で立ち止まる。
扉を3回ノックすると小窓が開き、
「チケットを拝見します」
と仮面をつけた男の顔が見えた。
男性は無言でワイングラスの下から何かを渡すと、
「ありがとうございます。どうぞ、こちらへ」
扉が開き、男性は中に入った。
「なるほど。飲み物と一緒にチケットを渡していた訳か」
「僕達も急いで入りましょう」
「早くしろ。我は飽きたぞ」
横槍を入れるメイちゃんをシーヴァが睨みつける。
「それなら、メイちゃんに先陣を切ってもらおうかな」
3回ノックをすると、さっきと同じように仮面の男が小窓を開けた。
その瞬間、
「ッな、なんだ?!」
メイちゃんが小窓から仮面に飛びつき、そのまま中に入り、
カチャッ―――
「さっさと入れ」
「行こう、シーヴァ!」
「はいッ!」
扉を開けると地下への階段があり、例の仮面男は階段の隅で座り込んでいた。
「一応聞くけど、死んでないよね?」
メイちゃんに尋ねると、
「頭を勝手に壁にぶつけただけじゃ」
と素っ気ない答えが返ってきた。
『透明猫』のメイちゃんが突然顔に飛びついたら、そりゃ焦って頭もぶつけるだろう。
私達は階段を降り、地下室への扉を慎重に押し開いた。
オークション会場では、白熱した駆け引きが行われていた。
参加者は全員揃いの仮面をつけていて人相が分からない。
「さあ、続いてはこちら!」
ステージに連れてこられたのは、小さな獣人の少女だ。
両手を枷で固定され、小刻みに震えている。
「10歳の猫の獣人!性別は女!健康状態良好!」
木槌が高らかに打ち鳴らされ、
「では5000ゴールドから、スタート!」
一斉にハンドサインが上がり、司会者は次々と希望額を読み上げていく。
(本当に胸くそ悪い光景ね。まあ、その分、暴れまくっても全く罪悪感がなくていいんだけど)
「アヤメさん。僕はステージ裏にいきます。アヤメさんは……」
「ええ、分かっている」
シーヴァに頷き、欠伸をしているメイちゃんにも、
「いよいよ出番だよ!」
と囁くと、
「やれやれ、やっとかの」
金色の瞳がキラリと光った。
カンカンカーン!
「8000ゴールドで落札!おめでとうございます!」
拍手とともに少女はステージから退場した。
「では、続いて
"下らぬな"
突然響いた声に、どよめきが走る。
「なっなんだ?!」
すると、地下室の天井に、
ボォッ―――
黒い炎が上がる。
「あ、あれは……?!」
参加者の1人が指を指す。
天井近くを飛ぶ姿に全員が注目する。
「フフフ……我の姿に恐れ慄くが
「トカゲが……飛んでいる?!」
メイちゃんは認識阻害を解除しているが、私はその隣で認識阻害をかけたまま飛んでいるので姿は見られていない。
(あーあ……)
普段は黒猫の姿をしているが、メイちゃんが望めばドラゴンの姿に戻ることもできる。
ただし、器にした縫いぐるみよりも大きくはなれないようであり。
「……貴様等」
縫いぐるみサイズの冥皇龍は怒りにワナワナと震えると、
「この世の地獄を見せてやるわッ!!」
ゴオォォ―――!
口から黒い炎を吐き出した!
「わ、わあぁぁッ!」
「に、逃げろッ!」
参加者は慌てふためいて我先にと出口に殺到する。
「なッなんだ?!」
「扉が……開かないッ?!」
(誰も逃がさないように、あらかじめ扉を変形させておいたんだよね)
そこへ、
「さっさとあのトカゲを殺せ!」
主催者らしき人物が声を上げた。
恐らくガートナー男爵だろう。
部下達はメイちゃんに狙いを定めて、
「くらえッ!"ファイア・ボール"!」
「"ウィンド・スラッシュ"!」
様々な属性の攻撃魔法を繰り出すが、
「我に効くわけがなかろう!」
見た目以外は世界最強のドラゴンに太刀打ちできるはずもなく、
ゴオォォ―――!
「ぎゃあぁぁ!」
「助けてくれ!」
黒い炎が攻撃ごと彼らを火達磨にした。
「ちょっと!お手柔らかにね!」
慌てて口を出すが、
「ふん、加減はしてやっておるわ!慈悲深い我に感謝致せ!」
とそっぽを向いた。
確かに命に別状はなさそうだ。
「貴様ァ」
「ヒッ……!」
メイちゃんは男爵をギロリと睨みつけた。
「先程、我のことをトカゲ呼ばわりしてくれたな?」
「そッそんなことッ!」
「貴様も我が炎の餌食にしてくれるわ!」
黒い炎が今度は男爵を襲い、
「ぎゃあぁぁ!た、助けッ……!」
部下達よりも更に大きな火達磨と化した。
「マズいよ!"ウォーター・ボール"!」
慌てて水の球をぶつけると、
ドーンッ!
壁まで吹っ飛ばされてしまった。
「あ、やり過ぎた?」
焦げた男爵はそのまま気を失ってしまったようだ。
そこへ、
「アヤメさん!」
いつの間にかシーヴァが戻ってきた。
「どうだった?」
と聞くと、シーヴァは静かに首を横に振った。
それだけで、ここには妹さんがいなかったことが分かった。
私も頷き、壁際に向かって《ゲート》を召喚した。
「それじゃあ、みなさんの誘導をお願い」
とメイちゃんに言うと、
「チッ」
舌打ちと共にメイちゃんが出口に黒い炎を放った。
「う、うわああぁぁ!」
「やめろぉ!」
そこへすかさず、
「みなさーん、出口はこちらですよー!」
と声をかけると、
「で、出口だッ!」
「逃げろぉ!」
全員にまっしぐらだ。
最後の1人を見送ったところで、
「これで全員お縄ね」
この町の騎士団の詰め所への《ゲート》を閉じた。
オーナーだけが所有する《マスター・キー》は、私や《キー・ホルダー》であるシーヴァが行ったことがある場所に繋がる《ゲート》を開けることができるのだ。
ステージ裏に行くと、獣人の子供達が何人も捕まっていた。
壁際には男爵の部下と思しき男達が傷だらけで縛り上げられている。
恐らくシーヴァの仕業だろう。
認識阻害を解除し、
「もう大丈夫よ。すぐに騎士団の人達が来てくれるからね」
彼らを解放していった。
あらかじめ『ガートナー男爵家で違法オークションが行われる』というタレコミもしてあるし、しかも本日のお客さん達も先にご案内済みだ。
その時、
「団長、こちらです!」
地上から声が聞こえてきた。
騎士団のお出ましだろう。
「じゃあ、私達は退散しますか」
「はい」
「戻ったら、我に甘味を出せ」
「はいはい」
壁際に《ゲート》を召喚し、ペンションへの扉を開く。
「あ、あのッ!」
可愛らしい声が私達を呼び止めた。
ステージで見た猫の獣人の少女だ。
「その……ありがとう!」
御礼の言葉に笑顔で答え、私達は扉をくぐっていった。
「それじゃあ行こうか」
「はい!」
翌日、私達は次の土地へ向かうことにした。
別館の経営は引き続き『分身』にお任せである。
私達が訪れた場所が多いほど、いつでも《ゲート》で行けるし、シーヴァの妹さんの情報も手に入りやすいからだ。
ペンションを経営しながら、私達の旅はまだまだ続く。
一方メイちゃんはというと、
「わざわざ歩き回るなど物好きなものよ」
《終焉の奈落》の本館で、のんびりうたた寝していた。




