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吟遊のリンネ ~魔力ゼロのはぐれエルフっ娘が俺様天才魔導士に弟子入りしたら、勇者と魔王の戦う世界を変えることになった件~  作者: 七日


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旅立ち

「魔導士様、本当にありがとうございました」


 出発の日の朝、屋敷の前にオオカミの獣人たちを筆頭にエスメラの元奴隷たちが集まっていた。

 皆、旅装に身を包んだクロトたちを見て別れを惜しむような表情を浮かべている。


「礼の言葉は聞き飽きた。それより、お前たちは今後はどうする。ここは安全だが、外界と接触しないと食料の供給ができないからな」


「それなのですが……、われわれは“秘められた国”を探そうと思います」


 神妙に切り出したウルフリックの言葉に、クロトは眉を動かす。


「“秘められた国”? 正気か。あれは与太話に近いおとぎ話だぞ」


「しかし、ほかにこの大陸であてはありませぬ。たとえおとぎ話だとしても、今のわれわれには希望に縋るという行為が必要なのです」


「まだ幼い子どもたちを絶望させず、未来に向けて育てるために……」


 ウルフリックとウルフェンリラは、別れを惜しんでリンネを取り囲んでいる子オオカミたちを見た。

 子どもたちの未来を憂う、願いのこもったまなざしを見て、それ以上クロトは現実的な反論を試みるのを諦めた。

 その背後で、今まで黙っていたセロニアスが口を開く。


「〝魔導王アスラ〟の残したという国は、この大陸に生きる非人間族たちの最後の希望だ。彼らの願いまで否定しないでやってくれ、マスター」


 いつになく真摯なセロニアスの忠言に、クロトはますます黙り込む。


「〝魔導王アスラ〟って? 師匠」


 一番小さい子を抱っこしてもふもふしていた真っ最中のリンネは、大人たちの会話を聞きつけて師匠に質問した。

 師は小さく横目で弟子を振り返ると、小さくため息をついてから答えた。


「魔術師の弟子だったらその名は覚えておけ。魔導王とは、連合が作り上げた教会が制定する魔術よりもさらに古い、今ではやつらが第一級禁忌指定にしている古代魔術の祖だ。教会は魔導王の残したすべての痕跡を抹消し、その魔術が世界に存在した事実すら否定しようとしているが、俺のような異端と呼ばれる魔術師たちのあいだでは確かに継承される伝説の魔術師だ」


「アスラは、人間の土地を追われたすべての種の者を匿い、外界からは決して見えない結界を張って国そのものを秘匿してしまったと、われら獣人族の伝説にも残っています」


「偉大な魔術師であり、その力で人々を導いた王。だから、アスラは〝魔導王〟と呼ばれるのだと……」


「っ、もしかして! おじさんとおばさんが師匠のこと、〝魔導士様〟って呼ぶの、そこからきてるの!?」


 リンネは自力で辿り着いた答えに興奮しながら、ウルフリックとウルフェンリラに訊ねた。

 夫婦はわが子と仲良くしてくれたエルフの少女に穏やかに微笑みかけ、次に、クロトのほうを見た。

 クロトは若干ばつが悪そうに眼を逸らした。


「すっごぉい! 師匠ってば、そんなすごい人と肩を並べられるぐらい尊敬されてるんだ! わたし、すっごい人に弟子入りしちゃったー!」


 リンネはそのことで感動してしまい、握りこぶしを掲げて快哉の声をあげた。

 オオカミの夫婦たちはその姿を微笑ましそうに見つめ、セロニアスも目を細めていた。

 クロトは嫌な風向きだと感じたのか、皺を刻んだ眉間を押さえながら、重い声を吐き出した。


「下手に持ち上げるのはやめろ。俺には人を導く才能はない。今にも弟子と従魔だけ連れて出ていこうとしてるんだからな」


「え~、なんで~、師匠がすごいって褒められたら嬉しいよ~! ねっ、パイセンもそうでしょ?」


「そうだな、俺も嬉しいかもしれない」


「ほら~、パイセンも嬉しいってよ~~!」


「お前ら……いつの間にそんな馴れ合いをするように……」


 純粋で素朴なまなざしを向けてくる弟子と従魔からも目を逸らし、クロトはいよいよ頭痛を堪えるかのように頭を抱えだす。

 そして、大きくため息をひとつ。


「もういい! しつこく言うやつは置いていく。ここで永遠にサルのようにバナナをむさぼっていろ」


「え~~! 置いてかないでよ師匠ぉっ!」


 そう言って、クロトは屋敷の玄関を目指して歩き出した。

 慌てるリンネを小脇に抱え、セロニアスは急いで彼のもとを目指す。

 その様にならない旅立ちの様子を見守って、オオカミの獣人たちは手を振り、別れと感謝の言葉を彼らの背中に投げかけた。


「おねえちゃーーーん!」


「絵本読んでくれてありがとーーーっっっ!」


「ウォオオオーーーーーーンッッッ」


 オオカミの子どもたちはリンネに向かって盛大に手を振り、叫び、遠吠えをあげて別れを惜しんだ。

 セロニアスの腕から降りて、自分の足で砂の上を歩きながら、遠ざかる彼らを振り返り、リンネも手を振りつづけた。


「みんなーー! またねーーっっ! うおぉぉおお~~~~~~んっっっ!!」


 遠吠えが交差し、やがて聞こえなくなるまでリンネは喉を振り絞った。

 互いの姿が見えなくなると、リンネはずっと吠えつづけた喉を押さえ、こんこん、と小さく急きこむ。

 旅の荷物係でもあるセロニアスが、背にした大きなバッグパックから水差しを取り出す。

 その水で喉の渇きを潤し、「ぷはーっ」と盛大に息をついて、リンネは握った拳で目元をこすった。

 リンネは百年も子ども時代を送りながら、年頃の近い友達に恵まれることなどなかった。オオカミの子らとの短い交わりは、リンネにとって奇跡のような瞬間だった。

 だから、彼らと離れるのが惜しくはないといえば嘘になる。

 だが、魔法使いの弟子として歩むこれからの毎日と、これから助けなければならない姉やほかの家族たちのことを思うと、とても今のまま遊んでいたいとは言えない。

 群れの仲間にとってずっと守るべき子どもたったリンネは今、平和な子ども時代を失った。これからは自らの足で立ち、己を自律し、確かな目標に近づくために努力しなければならない。

 だが、それはどこかでリンネ自身がずっと望んでいた。

 永遠に逃げ続けなければいけないと思っていた世界を抜けて、リンネは今、未来の近づく音が聞こえる。

 どこまでも続くかのように思える昼の明るい砂漠の地を見渡し、その広大さに呑まれそうな気持になりながらも、踊り出すように二、三歩を踏み出す。

 そこで両腕を広げて、ぐるり、と一回転。

 世界って、まあるい。と、リンネはそこで初めて気がついたのだ。


「これから連合の中枢国家に向かう。お前を最後に取引したマーケットのある、ロイテールだ。あそこは帝国の忠実な右腕にあたる国家で――お前のような非人間族たちは皆、魔族扱いを受ける。……辛い目に遭遇するかもしれないが、それでもいいんだな?」


 後ろからクロトが声をかける。

 リンネはくるっと師のほうを振り向いて、彼と目が合うと、にかっと歯を見せて勝ち気な笑みを浮かべた。


「師匠と一緒だから、大丈夫だよ!」


「他力本願だな……」


「お前もマスターも、俺が守る。だから大丈夫だ」


 呆れるクロトの横で、セロニアスが呟く。

 リンネはその言葉に笑顔だけ残して、さらに何歩先も跳ねるように進んだ。

 これから先、怖いものが待っているかもしれない。

 だが、そんなことのために大切なものを諦めるなんて、絶対にしたくない。

 リンネは明るい太陽の下に躍り出て、師と仲間とともに砂漠を進んだ。

 風のない真昼の砂漠は、彼らのつけた足跡が点々と伸びて、彼らは知りもしないが、一曲の長い曲の譜面のように、永遠に続いていくかのように見えた。




 ***



 煌びやかな舞踏会、高いワインに贅を尽くした食事、優雅なおしゃべりと一通り堪能したところで、背の高い軍服の男はホールを出た。右腕に愛猫のようにしなだれかかってくる女の、豪奢なリボンを結んだローズレッドの艶やかな髪にをいとおしげに撫でつつ、男は勝手知ったる城の中を進み、自身の執務室兼居室のドアを開けようとした。

 ノブを握った瞬間、女が男の両頬を捉えて、熱い口づけをする。

 こらえ性のない女の悪戯に苦笑し、その柔らかな肢体を大きく掻き抱きながら、男は求めに応じた。

 荒い息を立てながらもつれ合って、男は女を重厚な執務机に押し倒した。

 一層荒くなる口づけに興奮するかのように女は身悶えし、身をよじらせるが、逞しい男の腕の中で、それは可愛い抵抗でしかなかった。

 びくん、と女が身体を震わせる。

 その震動に合わせて、男も天井を仰いだ。

 仔猫のあくびのような間延びした声をあげて、薔薇色の髪の女は男の首筋に白い手を這わせた。


「ご機嫌ねえ……閣下。何か良い知らせでもあったのかしら?」


 心地よい疲労感に包まれる中、首筋に受ける優しい愛撫に酔いしれながら、男は口を開いた。


「ああ、そうとも。何年もこのときを待っていた……。疑い深いイズレシヤ、間抜けなレイアーデを出し抜き、このロイテールが帝国より新たな領土を授かることになった。あの勇者とかいう罪人はよく働いてくれたよ。戦後の露払いは全部あいつが担当してくれたからな」


「魔族から土地を奪い返したの? ……でも、それってまた荒らされてやせ細った土地なんじゃない? また家族のいない老人を送り込む気?」


 男は女の顔の横でひらひらと片手を振った。

 ばかげた杞憂だとでも言うように。


「今度のは、違う。………………拡張されるわが国の領土は、あの〝魔導王アスラ〟が興したと言われる国、」


「〝秘められた国〟……」


 女がこぼした呟きに、「そうとも!」と男は興奮を隠さない。


「新たな解析の結果、結界の反応が出た地点がある。古代魔術の名残があるそうだから、間違いない――これは人類にとって革新だ。再び古代魔術の恩恵を得て、人はまた新しい力を得る」


「………さんざん危険だってバッシングしてきた古代の力で? 革新?」


「ふん……それは愚か者の手に渡ったときのことだ。まあ……少なくとも、きみが心配するようなことではないな?」


 そう言って、男は牙を剝くように獰猛な顔で笑いかけると、汗の玉が浮かぶ女の白い肌に舌を滑らせようと顔を近づけた。

 その瞬間、女がリボンを引き抜いた。しゅるりと滑らかな音を立てて女の髪からほどけたそれは、一瞬で鋭い剃刀のように天に向かって伸びていく。

 ざすり、とリボンの断面は男の首筋を薙いだ。


「女は、男を殺す道具をたくさん持っているのよ」


 ぽたぽたと落ちる鮮血で頬が濡れる。女は艶めかしい舌先でそれを拭った。

 絶命し、脱力した男の身体をあっさりと払いのけ、床に落とすと、背中に流れる美しい髪を手櫛で整えながら窓に向かっていく。

 高城の窓を全開にし、夜風に煽られると、女は自分の身体に宿った熱が抜けていくのをうっとりとした表情で感じた。

 ばさり、と重たいドレスが落ちて、その肢体があらわになる。

 豊かな胸に、蜜蜂のように細くくびれた腰から下半身のライン――豊麗な曲線美を惜しげもなく晒し、女は窓の縁に足をかけて、飛び立った。

 風を受けて落下するように見えたその裸身から、ばさり、と蝙蝠のような翼がはためく。

 女の頭部には真珠で飾り立てた悪魔の角が生え、裸身には王宮の踊り子のような艶やかな衣裳を纏っていた。

 風雅な羽ばたきひとつで上空を駆け抜けた女――夢魔は、月光に美しい肢体を光らせながら、警備の巡回などあろうはずもない高い空を渡って城から離れた。

 色好みの将軍の暗殺に気がついて、今頃ロイテールの宮中は大わらわだろう。


「……それにしても、なんというか、」


 夢魔は涼しい夜風を浴び、心地よさげに目を閉じながら呟いた。


「運命の歯車っていうのは……巡るものねぇ……。やっぱり、アタシたちって、運命なのかしら?」


 まるで少女のように相好を崩し、胸の前で両腕を組み、「きゃっ♡」とやや外見年齢にそぐわないポーズをとる夢魔。そして、一瞬、獲物を前にした猛禽類のように金色の瞳を細めたかと思うと、


「クーロートーちゃーん♡ 十年ぶりに四天王のおねーさんが会いに行くわよ~♡」


 などと宙にいる誰かを抱きしめるように、大きく両手を広げて飛ぶ。

 その不規則な飛行の軌跡は、春に蛹から孵ったばかりの若い蝶のように浮き立っていて、あどけない限りだった。

 月光に、黒い蝶が煌めく。

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