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1.事務所(藍川視点)

ここから本編です。ここからは少しコメディ要素も入れていこうかなって思っています。



先日ビスコ様より、「もう少し文字数を増やしてみた方がいいかも」とのご指摘をいただいたので、少し量を増やして執筆してみました。

第1章

1.事務所(藍川視点)


―――カタカタカタ…………カチッ、カチッ


 


事務所の片隅。明るい蛍光灯に照らされた、静かな作業スペース。モニターの前に座っていた彼女は、ふぅ、と小さく息を吐いて背もたれに体を預けた。


 


編集作業もスケジュールの確認も一段落。ふと顔を上げてみれば、時計は正午を指していた。


 


「ふぅ……終わったぁ……」


 


小さく呟いて、手のひらを胸の前で伸ばす。微かに指が震えているのは、マウスの握りすぎか、それとも単なる疲労か。


 


「んぅ~………ちょっと休憩しよ…………」


 


お茶を一口含み、デスク脇に置いてあった和菓子を手に取とったとき、ふと先週のやり取りが脳裏をかすめた。思い出されるのは、


 


あの人―――隣人の伊東さんが家に訪ねてきた、あの日のこと。


 


出会って間もないはずのあの人に全部さらけ出してしまった。


いやむしろさらけ出すことができてしまったというべきか。


 


今まで抱え続けてきた不安や恐怖、自分の弱さのありったけを。


 


(……でも、どうして?)


 


確かに、あの人――伊東さんは、とても誠実な人だった。


 


私が戸惑いから、差し伸べられた手を一度払いのけたときでさえ、怒ったり、呆れたりせずに、また歩み寄ってきてくれた。


こんな惨めな私を目の当たりにしてもなお、仲良くなりたいと、再び手を差し伸べてくれた。


 


だけど、それにしたって――


 


(家族にも、ずっとお世話になってる先輩たちにも、今まで誰にも話せなかったのに………)


 


心の中にずっと鍵をかけてきた扉を、いとも容易く開けられてしまったような、そんな感覚だった。


 


「……どうしちゃったんだろ、私……」


 


数日前――伊東さんとあの日交わした会話。


 


あれから、特別何かが大きく変わったわけじゃない。


でも、朝の鏡の前で少しだけ髪を整えるようになったり、通学途中でイヤホンを外して周囲の音を聞くようになったり――ほんの、ちょっとしたこと。


 


その“ちょっと”が、妙に気恥ずかしい。


 


「おーい、アンタ。昼間っからモジモジしちゃったりして、何やってんの」


 


唐突に背中をドンッと叩かれ、体がびくりと跳ねた。


 


「うひゃっ!……ひ、姫野さんっ……!」


「何その声。……ったく、ほんと相変わらずのビビりでございますなぁ、んー?」


 


振り返れば、長いポニーテールを無造作にまとめた、いかにも“姉御肌”という感じの女性が、ニヤリと意地悪そうに笑っていた。


 


彼女は事務所の先輩、姫野さん。


少しがさつで言葉遣いも荒いところがあるが、面倒見がよく、いかにも”頼れる存在”って感じの人だ。


 


「も、モジモジなんてしてません……!」


 


「はいはい、別にいいってそういうの。……なーに、男でもできたか?」


 


「ち、違いますっ!!!」


 


耳の先がじんわり熱くなるのが分かる。慌てて視線を逸らすと、姫野はおかしそうに喉を鳴らして笑った。


 


「おーおー、分かりやすいなぁ。普段なら顔真っ青にして黙るとこなのに、まー見事に真っ赤っか。青くなったり、赤くなったり、もしかしてアンタ、前世とかで交差点の安全と交通を守ってたりしてた?」


 


あー確かに。


私ってば生まれてこの方極度の対人恐怖症だし、友達少ないし、引きこもりだし、それでいて改善の余地なさそうだし。


人生赤信号、これ以上進めませんってこと?ウケるー。


 


って、誰が信号機やねん。


 


「………わ、私は信号機じゃないです……」


 


「……ブッ、フハハハハハハッ!!!そ、その返しガチおもろすぎ……!……ッブッ、フハハハッ……ゲホッ」


 


……あの、なんだろう。勝手に人の顔色見て、勝手に人のことからかって、勝手にツボんないでもらっていいですか?


姫野さんの方こそ今ツボに入って顔真っ赤になってるし、なんだか信号機みたいですよね。


 


 


……みたいに、言い返せるようになれたらいいなぁ(切実)。


 


「わ……笑いすぎです……」


 


「フッヒッヒッヒッ……あーおもろ…………あ、えーと、そうだ。来週のスケジュールのこと聞きに来たんだった……」


 


ひとしきり笑ったあと、姫野さんは缶コーヒーを片手に、私のデスクの端へ腰を預けた。


その動作がいつもながら自然すぎて、まるでこの場所の空気の一部みたいだと思う。


 


「さっきウチのマネージャーから聞いたんだけどさ。来週のライバー全体の収録のローテが変更になるかもしんないらしいじゃん」


「ホラ、例の外部とのコラボ企画、何か調整が上手くいってないんだって?」


 


「あっ、はい……どうやら向こうのライバーさんも随分お忙しいみたいで……」


 


「まぁウチは別にいーんだけどさ。他の子たちは大丈夫なのかなーって。……あ、もちろんアンタもね?」


 


「……え、えっと、私もですか?」


 


「そうそう。最近さ、やけに張り切ってるっぽいから。ただでさえウチら生活リズムが終わってんのに」


 


「い、いや、そんな……私はべつに……」


 


思わず首を横に振る。


けれどその瞬間、胸の奥がほんの少しだけちくりとした。


 


――“最近、やけに張り切ってる”か。


 


姫野さんはいつも、ただ茶化してるだけじゃない。


からかいの裏には、ちゃんと人を見る目を持っている。


私自身でさえ、ほんのちょっとした変化だって思ってたくらいなのに……。この人の観察眼にはいつも舌を巻くばかりだ。……ホントに一体何が見えているんだろう?


 


「ふーん。……ま、アンタが大丈夫だって言うならいいんだけど」


「昼、時間空いてる?今日の収録までまだ時間あるし、ちょっと話そうよ」


 


「あっ、はい……わかりました」


 


「おっけー。んじゃ、先行って待ってるから」と肩をぽんと叩かれる。その仕草に、ほんの少し胸が軽くなる。


あの人はぶっきらぼうな口調だけど、なんだか不思議と安心感があって――この事務所の中で、彼女にだけは少し、心を開ける理由もそこにある。


 


いつものやり取り――でも、今日はどこか、心の奥に小さな灯がともったような気がした。


 


(……私、本当に、少しだけ変わったのかな)


 


そう思った瞬間、頬にふわりと微笑みが浮かんだ。


それに自分で驚いて、慌てて口元を押さえる。


 


「……あー、やっぱりな」


 


「え……?」


 


「今、笑ったろ。アンタが自然に笑うの、珍しいからすぐわかんだよ」


 


それに自分で驚いて、慌てて口元を押さえる。


 


その様子を見てニヤリと笑う姫野さんの目は、なんだか妹でも見ているみたいに優しかった。


 


 


―――――――――


 


 


昼休みの休憩スペース。


 


電子レンジの低い音と、紙コップに注がれるコーヒーの香ばしい匂い――この空間は、いつもなら少しだけ息をつける場所。


でも今日は、なぜか胸の奥がざわざわしていた。


 


両手で包んだ紙コップの温かさが、指先からじんわりと広がっていく。


ぼんやりと窓の外を見つめながら、私は息を小さく吐いた。


「よっ、と」


 


隣のソファに、姫野さんがドサッと腰を下ろす。


相変わらず、あの人は一つも無駄な気負いがない。缶コーヒー片手に、もう片手ではコンビニのサンドイッチ。


ちょっとラフすぎるけど、そういうとこ、私は嫌いじゃない。


 


「それでさ、来週のスケジュールのことなんだけど……」


 


「えっ……あ、はい。えっと、ライバーが共有してる……スプレッドシート、ですよね」


 


来週――確か企業案件で外部ライバーとのコラボ配信をする予定があったはず。


自然と、頭の中で手順を組み立てていく。


 


(……こういうとき、前だったら何も言えずに“はい”って頷くだけだったのに)


 


気づけば、私はタブレットを膝の上に広げていた。


 


「あとさ、金曜の企画の下準備……」


 


「……あ、それなら。もう昨日、ある程度まとめておきました」


 


「あ?」


 


姫野さんの眉がピクリと上がった。


いつも軽口ばかりの彼女が、一瞬だけ真面目な顔になる。


 


「昨日の収録が終わった後、ある程度進めておいたんです。フォルダも分けたので、共有のサーバー見ればすぐ……」


 


「……へぇ」


 


その「へぇ」には、ちょっとだけ驚きと、ほんの少しの感心が混ざっていた。


不思議と、それを聞いた瞬間、胸の奥がきゅっとくすぐったくなる。


 


「え、な、何かダメでした……?」


 


「いや、別に悪い意味じゃなくてさ。前だったらこういうの、ギリギリまで言わなかったじゃん。『あ、まだ手つけてなくて……』とかさ」


 


「そ、そんな言い方してましたっけ……」


 


「してたしてた。アタシにとっちゃ親の顔よりもよく見る光景だったんだから、間違いないよ」


 


姫野さん、それは流石に親御さんの顔を見てなさすぎでは?


そこは”実家のような安心感”とかにしときましょうよ。


 


え、どっちも意味合いは変わんねーだろって?まぁ、それはそう。


 


「……べ、別になにかを意識してやったわけではないんですけど……。なんとなく……今のうちにやっとこうかなって思って……」


「“なんとなく”で前倒しするような人じゃなかっただろ、アンタ」


 


ぐふっ……すっ、鋭い……!


言葉の刃が、ちょうどいいところに突き刺さる。


 


「……やっぱ、なにかあったな」


 


「……っ、な、なんにも……!」


 


「はい、ダウト。目ぇ泳いでんぞ」


 


姫野さんは、私の顔を覗き込みながらニヤリと笑う。


こ、こういうときの観察眼、ほんとやめてほしい……っ!


 


――でも。


自分でも分かってる。


最近、少しずつ変わってきたのは事実だ。


ほんの少し勇気を出した夜から、心の奥に小さな灯が灯ってしまったのだ。


 


「……ま、いいけどさ」


 


姫野さんはあっさりと身を離し、背中を伸ばした。


あえて深く踏み込んでこないあたりが、この人らしい。


 


「いいことだと思うよ。なんか、今のあんた……ちょっと楽しそうだから」


「え……」


 


楽しそう――その言葉に、胸の奥がふっと熱くなる。


 


「このタイミングだから言うけど……まぁぶっちゃけ最初はただの根暗なキョド女としか思ってなかったよ、アンタのこと。今まで話しかけてたのも、息抜きにからかってやろうと思ってやってたってだけ」


 


少し上げてからの急降下、やめてください。


ハヤブサか何かですか?あなたは。


 


「けど、最近のアンタを見てたら、意外と芯のあるやつなんだなって感じて、……印象が360度変わったよ」


 


「えっあっ、ありがとうございます…………ん?」


 


…………360度?


それ、定位置に戻っただけじゃん。


全方位からジロジロ見てただけじゃん。


まんじりたりとも私への印象変わってないじゃん。


 


………あぁ、やっぱり私は死ぬまでただの根暗なキョド女のままなんだぁ~。


 


「…………チーン(撃沈)」


 


「フ、フハハハハハハッ!!!やっぱアンタ最高だわ、ホント!こんなにイジり甲斐のあるヤツ他にいないって!」


 


……もしかして姫野さん、倫理観とかお母さんのお腹の中に置いてきました?


 


「フッハッハッハッ……ハァ~おもしろ。……ま、でもこんくらいで丁度いいんだよ。アンタみたいなタイプは調子に乗ると、すぐ潰れちまうからなぁ」


「……あ、それから資料はあとで私にも共有しといて」


 


「は、はい……」


 


「んじゃ、また何かあったらヨロシク」


 


ソファで撃沈している私を尻目に、彼女は笑いながら踵を返し、ドアの向こうに消えていった。


 


…………相変わらず嵐のような人だ。


 


けど、何も残さずに過ぎ去っていったわけではない。


 


あの人が残していったあの言葉――残された私は、デスクの上の和菓子をぼんやりと見つめながら、自分の中でそれを反芻する。


 


――“今のあんた、ちょっと楽しそうだから”。


 


そんなふうに言われたの、きっと初めてだ。


(ほんと、敵わないなぁ……あの人には)


 


胸の中で、ふわりと暖かい空気が広がった。


一昨日くらいですかね、かのBrave Groupが運営している某Vtuberグループの人が夢に出てきました。


たしか合コンか何かしてたような気がするんですけど、夢の中で自分は完全に置いてけぼりになってまして。周りが盛り上がってる中、一人でチビチビ寂しく飲んでたんですよ。


そのときに例の人が声かけてくれて、しかもその後の会話がすごい楽しくて。


その人のこと今まではよく知らなかったんですけど、夢に出てきて以降、ちょっと気になりはじめちゃったっていうね。



もしかして…………これが、恋!!?


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