1.出会い
俺の名は伊東雄星。今年で成人を迎える普通の大学生だ。 最近はネトゲに没頭しており、特にFPSを中心としてプレイしている。
その関係でゲーム実況しているバーチャルYouTuber(通称:VTuber)の配信も頻繁に見るようになった。 そうしていろんなVTuberの配信を見る日々を送っていく中、とある女性VTuberに出会った。
彼女の名は「翠川エリ」。見た目は金髪碧眼の美少女で、おっとりした口調や透き通るような声の持ち主である。それに加え、おしとやかな口調や、たまに見せるほど良いポンコツ具合も相まって、彼女はまさに「清楚」を体現した存在であるといえるだろう。
結論から言おう。俺はそんな彼女に恋してしまった。完膚なきまでの一目惚れである。
それからというもの、毎日のように配信アーカイブを見返し、彼女が出演する動画は全てチェックするくらいにはのめり込んでいた。
そうして今日もいつも通り、PCにヘッドホンを装着して待機画面からVTuberの配信が始まる。
『皆さんこんばんわー!』
【待ってたぞ】
【キタキタ〜】
【こんちゃまーす!】
画面に映ったエリちゃんが元気よく挨拶すると、コメント欄では早くも視聴者達からのレスポンスが返ってきた。 それを確認したエリちゃんは微笑みながら話を続ける。
『ふふっ、今日も沢山の方が観に来てくれましたね~』
【エリちゃんの声を聞くために仕事終わらせてきたよ!】
【俺も!】 【残業?何それ美味しいの?】
【草】
『皆さんありがとうございます!私も嬉しいですよ~』
こんな感じで、エリちゃんがリスナーのコメントに対して反応し、それにまたコメントを返すというやり取りを繰り返している内に配信開始から2時間以上が経過する。
だが、まだまだこの時間は始まったばかりだ。ここから更に盛り上がっていくことだろう。 そして―― 『はい、そろそろ終わりの時間になりますね。最後まで楽しんでいってくれたら幸いです♪』 ――楽しい時間ほどあっという間に過ぎてしまうものだ。 気付けば時刻は既に23時を迎えようとしていた。
名残惜しくはあるが仕方ない。彼女も人間である以上、どこかで配信は終えなければならないのだ。
【もう終わりか……】
【楽しかったぜ!】
【次回までさようなら……】
【もっと喋って欲しいけど無理強いはできないもんなぁ……】
【次の枠楽しみにしてるぞ!】
『皆さん本当にありがとうございました。……あ、そうだ。前にTwitterでも告知した通り、明日から引っ越しの準備に入るので次の配信は来週からになります。……なのでよろしくお願いしますね?』
【了解です!】
【分かった!】
【引越し頑張って!】
【無理しないで】
『はい、頑張りますね〜。……それじゃあお疲れ様でしたー!』
こうして約3時間の配信が終了した。
「ふぅ……今日も良かった……」
一通りの作業を終えてヘッドホンを外すと、俺は深い溜め息と共に感想を口にする。 正直言って、これ以上ない程に満足していた。推しのVTuberが楽しくトークを繰り広げている姿を見るだけで幸せになれる。 これこそがファンの醍醐味と言えるだろう。
…………しかし、同時に思うことがある。
それは「彼女と直接会ってみたい」ということ。
もちろん、それが簡単に叶う願いではないことは理解している。
そもそもVTuberとは企業に所属するタレントであり、個人勢の場合はまだしも事務所に所属している場合は所属先の許可無しに顔を晒すことは基本的にNGとされているからだ。
そうでなくとも、こういった行為は今後の活動や日常生活においてもリスクでしかないため、将来的にも事務所に所属しているVTuberが自発的に顔を晒すことはないだろう。
だから俺がいくらエリちゃんに直接会いたいと願っても無駄なのだ。分かっている……。分かってはいるのだが――
(中の人について片っ端からネットで調べたけど、まだ誰も特定できてないっぽいんだよな…………)
本来は自発的に顔出しをしていないVTuberをはじめとした配信者の特定行為はご法度である。もちろん自分もそのことは理解しているのだが、気になるものについてはより深く知りたくなるのが人間の性。
(配信から感じ取れるあの圧倒的清楚オーラ。きっと本物も女優顔負けの清楚系美人なんだろうなぁ…………)
ストーカー半歩手前の妄想に耽っている最中、ふと時計の方に目をやると既に日付が変わっていた。
「っと、そういや明日は1限からだった。そろそろ寝ないとな。」
流石にこのまま朝を迎えるわけにはいかないので、ベッドに入って目を瞑ると俺は眠りについた。
───数日後───
ある日、大学の講義を終えた俺はいつも通り自宅でネトゲをしていた。ちなみに今日の講義は全て午前中で終わる日だったので、午後からはずっとゲーム三昧である。
「……ちょっと休憩するか。今は特に面白い配信もやってなさそうだし、惰眠でも貪りますかねぇ」
そう呟きながらベッドに入ると、そのまま横になって目を閉じる。……そうしてどれくらい時間が過ぎただろうか?おそらく1時間も経っていないと思う。 突然、家のインターホンが鳴ったことで目が覚めた俺は、ゆっくりと身体を起こして玄関へと向かう。
誰だよ一体……宅配便とかかな?と思いながらドアを開けると、そこには自分と同い年くらいの見た目をした女性が一人立っていた。 いきなり見知らぬ女性が現れたことに困惑しながら尋ねると、女性は小さく頭を下げながら口を開く。
「……あっ、はじめまして……いきなりごめんなさい………今日隣に引っ越してきた藍川といいます………なので、えっと、その……挨拶に来たのですが……」
(声ちっさ…………人見知りが過ぎるだろ。……けど、あれ?この声どこかで…………)
何かデジャヴのようなものを感じ取りつつ、俺は目の前の女性を改めて見る。
髪の色は標準的な黒髪で身長は160cmくらいでやや痩せ型な体型。 服装は白いブラウスの上に紺色のカーディガンを着ており、下は膝丈のスカートを履いている。 顔立ちは整っている方であると思うが、それ以外はとりわけ特徴があるわけでもなく、どこにでも居そうな普通の可愛らしい女性という印象だった。
「あぁ、どうも。こちらこそはじめまして。伊東といいます。」
「……あ、あの……?」
「あ、えっと、すみません。何でもないです……」
思わず凝視してしまったせいか不思議そうに首を傾げる彼女を見て我に返った俺は慌てて視線を外す。………やべ、やらかした。初対面とはいえ流石に見過ぎだよな……。
「…………えっと、じゃあ私は部屋の片付けもしなきゃいけないので………これで………」
「あぁ、はい。わざわざありがとうございました。」
彼女は俺の言葉を聞くと小さく会釈をして足早に立ち去っていった。
(まぁ引っ越しの挨拶なんてあんなもんだろう。それにしても随分オドオドしてたな………あれ、もしかして俺ってキモい?)
そんなことを考えつつ部屋に戻り、再びベッドの中に潜り込んだ俺は先程の女性のことについて考えることにした。
(見たところ俺と同じ大学生くらいだと思うんだけど、今はもう4月中旬だぞ?……良い住処が見つからなかったにしろ、いくら何でも新大学生が引っ越してくるには遅すぎじゃね?……まぁ、在学中に一人暮らしに切り替える奴もいるくらいだし、その辺は深く考えてもしゃーねーか。……それにしても、あの藍川さんの声。小さくてはっきり判別できたわけじゃねーけど、どっかで聞いたことあるような……んー?)
結局この日はそれ以上考えることをやめにして、残りの時間はいつもの様にネトゲをしてから寝たのだった。




