9.私が見た景色
ラングトン・アントワネット准機将の殉職。
それを聞いたのは僕が目覚めてから30分程経ったあとだった。
関東基地の作戦室は重く、重く、沈んだ空気が流れている。
惨敗だった。全員軽傷ではあれど、疲れや精神的なダメージは大きかった。
「ラングトン准機将のマナレンズのデータ解析、出来たっす」
「あぁすまんな綾音。…流すぞ」
小さなUSBメモリをプロジェクターに接続する拳藤支部長を皆が神妙な面持ちで見守る。
以下はラングトン・アントワネット准機将のマナレンズと義手装具が記録した映像データである。
「おおおっ!!!」
渾身を込めたその拳が深緑の身体を抉りながら叩き込まれる。
だが、チュパカブラはまるで意に介さずにこちらにその鋭利な爪を振り下ろす。
「がっ…!」
肩口に食い込んだ爪の痛みを堪えつつさらに拳を叩き込む。
チュパカブラの右頬であろう位置が千切れながら青黒い体液を撒き散らす。
正直もう避ける余力などありはしなかった。
(おかしい…どうなっている!)
こんなに、こんなに手応えがあるのに
(反応がなさすぎる…!)
手応えだけで言えば先程の変身前よりある。
何しろ先程までなら傷の1つすらつけられなかったその肉体はとても柔らかく、言うなれば腐りかけの肉を殴り潰した時のブニュっとした不快感を感じさせた。
証拠にこんなに疲弊した私の拳でも傷は無数につけられたし、そのたびに出血している。
生き物であるならここまでの痛手を受ければ苦痛に呻き、痛みを堪えるためにうずくまるだろう。
だが、少しの反応も…否、全く反応しないのだ。
衝撃による多少のノックバックはあれど、痛みによる反応が一切なかった。
「化け物め…!!」
無敵なのか?いやそんな訳がない…そんな物がいる訳がない。
だがもしも…そんな思考に縛られたせいだろう。
眼前に突き出された鋭爪への反応が遅れた。
「アァア…ガァァッ!!!」
「っ…しまった…!!」
既のところで首をひねったことで頭を飛ばされることはなかったが完全には避けきれず、燃えるような痛みが襲う。
なんとかバックステップで距離を取ると奴がその爪に刺さった血塗れの私の左耳を口へと運んだ。
その瞬間チュパカブラについた無数の傷がしゅうしゅうと煙を上げながら修復されていく。
「…再、生だと!?」
化物だ。勝てる可能性が見えない。
「っ…ハハハハ…」
人は本当の絶望を感じた時、泣くでも叫ぶでもなく笑うというがどうやら本当らしい。
(全く、笑うしかないじゃないか)
整理しよう。
変身後の対象の特徴として、その脆さとリアクションの無さ、そして今したような捕食による回復。
元来チュパカブラという怪物は吸血の怪物とされているがこいつの場合は恐らく人の肉体そのものを喰らい、内包されたマナを吸収しているのだろう。
両脚、眼、頭、義手装具…片耳以外のダメージまだ許容範囲。出血は止まらないがこの際知ったことではない。腰のポーチから取り出した活性化アンプル最後の1本を躊躇なくその首筋に打ち込んだ。
「ぐっ…」
痛い。注入されたマナが全身を駆け巡り、全神経と肉体が悲鳴を上げる。たしか致死量を超えると四肢が爆ぜるといったか?
まぁなににせよ、今やるべきことは1つ。
今やるべきこと、対抗策を考えることではなくあくまでその材料を集めることつまり検証だ。
そもそもとしてこいつの身体に弱点は存在するのか?倒すにしろ、無力化するにしろ、それを知らなければ戦いにしかならない。
(人なら頭か、心臓、もしくは鳩尾あたりといったところか…)
それに虚人である以上その源であるマナを生成、もしくは周囲のマナを収集、増幅する器官があるはずだ。
「さて…死ぬならせめて丸裸にしてから死なせてもらおうか!」
バチバチとマナを迸らせた拳は対象の胸部と思わしき位置、人なら心臓がある地点を正確に穿ち抜く。
反応は無し、だが悲観していられるほどの余裕はなかった。
両腕が迫るが捕まれば潰される。
いくら脆いとは言え虚人の身体。引き千切らんばかりの力でずるりと義手装具をなんとか引き抜く。
バックステップ、距離を取り一つ息を吐く。
1秒前まで呼吸の仕方すら忘れていた肺が今すぐ酸素をよこせと言わんばかりに軋む。
目から火花が散ったかのような錯覚と無理やり引き抜いたせいで脱臼した肩関節の激痛が同時に襲いかかってきた。
『死ぬ』。思考はその一つの危険信号のみしか思考させてくれない。
掠れる視界ともう動かない身体を意地のみで起こし、脚に全神経を集中させて敵の懐へと飛び込む。
剛腕が横一文字に振り抜かれるがスライディングと遠心力を使い足払いをかける。
転倒、私の本能はその隙を見逃さない。
ゲージは満タン、赤熱を帯びたこの掌はとうに狙いを澄ましていた。
「死の渦中・直射!」
大口を空けたチュパカブラの頭部を迸るマナを帯びた義手装具が吹き飛ばす。
その反動で後方に叩きつけられる。
限界だ。搾り粕以下だったマナも、アンプルで無理やり動かしていた身体も糸が切れたように脱力していた。
だが、目は、目だけは離さない。
只々、一縷の望みのような半ば自棄のような願望を抱いて対象を睨みつける。
帰ったら、何をしよう。
まずは掌と鋼に自慢してやろう。お前らの同期はこんなに強くなったんだぞって。あいつらの悔しがる顔が目に浮かぶな。楽しみだ。
刃は無事かな。目を覚ましたら見舞いにいってやろう。退院したら、あいつの好きなシュークリームをたらふく食わせてやろう。
あぁそうだ。師匠にも伝えなきゃな。きっと褒めてもらえるぞ。いっぱい撫でてもらおう。そうしよう。
「だから、なぁ…頼むよ」
先程の熱と衝撃で焼き切れた涙腺からツーっと血が代わりに流れる。
「もう、いいだろ……」
煤と煙が薄れゆく。とてつもなく早い何かが飛び出す。反応するにはあまりにも遅い。
壊れかけた私の脳がその何かを像として結ぼうとしたその瞬間、プツリと視界は、意識は停止した。
――映像はここで途切れた。
義手装具解説②
「死の渦中」(アントミル)
ラングトン・アントワネット准機将の使用する義手装具。
義手装具での攻撃の際、インパクトの方向をランダムにする。
この際に義手装具についた熱量ゲージが溜まる。
熱量ゲージを全て消費することで直線上約500メートルを破壊する衝撃波を放つ。




