8.名を告げる
「続け刃。私が出る」
…とは言ったものの相手の力量は未だ底知れず。
染島准機正殿の義手装具「調教の首枷」と言ったか…あれでマナを剥がされているはずだがそれでもこの圧倒的な存在感。
(あぁ、凄まじいな…)
ビリビリと拳が、全身が震える。
武者震いというやつだろうか。
いや違う私は圧倒されているのだ。
「…アメリカの捜査官か。
ここまで追ってくるとはご苦労なことだ」
「まぁ、任務なのでな。
あぁ、名を聞こうなどと抜かすなよ?
今より地に伏せる貴様に名乗る程に私は甘くない」
「言うではないか…捜査官!」
対するチュパカブラの眼光も鋭く、禍々しい気配を纏っている。
張り詰めた刃の様な空気と燃え上がるような瞳
2つの鉄拳が火花を散らしながらぶつかる。
「くぅっ…!!」
素早いそして何より硬い。
だが…。
「許容範囲内だ」
瞬間、チュパカブラの身体が明後日の方向へと弾け飛ぶ。
「…!?」
一撃、二撃、三撃。
打ち込まれるその度にチュパカブラが別々の方向へとのけぞる。
「どうしたチュパカブラ!
先程掌を打ちのめした貴様とは大違いじゃあないか!
まぁいかな虚人でも打ち込まれた拳と衝撃の位置がこうもチグハグであれば反応などできまいがな!」
これこそが私の義手装具「死の渦中」。
この能力は打ち込まれた拳と衝撃の方向をランダムにずらす。
(さて…溜まってきたな)
拳撃の度に義手装具は赤熱を発し、両腕の蛍光色のゲージが溜まっていく。
これこそがこの能力の真骨頂。
ゲージが満タンになったその瞬間、拳のマナが膨張する…否、爆発した。
「千切れ飛べッ!」
アスファルトの地面と直線上のありとあらゆる物を抉りながら衝撃波が放たれる。
轟音と共に周囲のビルが崩れ去った。
「流石は准機将様…僕の出番はないってわけですか?」
少し軽薄に笑いながら刃がこちらに歩いてくる。
「こんな簡単な仕事ならわざわざ僕達が来るまでもなかったんじゃないですか?」
「っ!…来るな刃っ!!!」
「えっ……」
砂煙を切り裂きながら細腕の手刀が刃のいた地点に振り降ろされた。
刃を突き飛ばすのが少しでも遅れていたらその胴体は真っ二つだっただろう。
「早いな…捜査官」
あの攻撃を受けてまだ立つのか…いやそうではない。
先程刃が切り落としたはずの左腕がぼこぼこと泡立つように再生する。
メキメキと肉を裂く音を立てながらチュパカブラの身体が変貌する。
「お前たち捜査官は善戦した…だが時間切れだ」
反射的に私は叫んでいた。
「撃て鋼!!!!」
私の後方、ビル屋上から流星の如き一矢が放たれる。
着弾と同時に先程私の攻撃とは比べ物にならないほどの熱と衝撃波が辺りを吹き飛ばす。
耳鳴りと皮膚の焼け付く痛みに耐えながら私は刃を抱きかかえる。
それは祈りでしかなかった。
死んでいてくれ。
この煙が晴れたその時、生きてなどいないでくれ。
『着弾を確認!
こちらからは対象を目視出来ない…β応答せよ!』
「……おえっ」
『…β!?』
絶望がそこに居た。
対象の身体は深緑に変色し爪は鋭く杭のように尖っており先程までの痩せ細った身体とは比べ物にならない程に膨張した筋肉と至る所から生えた棘。
そして何より、信じがたい程濃いマナが辺りを埋め尽くす。
少しでも気を緩めれば意識を失いそうになる。
「対象…チュパカブラは健在、異形化を…確認」
分かっていた。
鋼のチャージ時間はまだ80%程だった。
それでも大抵の虚人、霊獣ならこれで消し飛ぶ。
だから今回も…などと淡い希望に縋ってしまった。
抱きかかえた刃に目をやる。
良かった気絶しているが無事だ。
私は刃を先程掌達が去っていった方向へと投げ飛ばした。
『何をしているβ1!
作戦は失敗だ退却しろ!死にたいのか!』
「…指令室。刃を頼む」
異形へと変貌した対象を睨見つける。
「アァア…グァア…!!」
「ふっ…もう理性の欠片も残っていないようだな」
マナレンズと義手装具には使用者のあらゆる行動データが記録され、リアルタイムで基地のサーバーにバックアップされる。
それはこの眼を通して見る映像もだ。
今この場でこいつとやりあえるのは私だけ…ならば捜査官として、やるべきことなど唯一つだ。
「…指令室これから行う戦闘のデータと映像を解析に回してくれ」
戦えば恐らく、いや間違いなく無惨に身体を引き裂かれ先に逝った彼らと同じように死体も残らず殺されるのだろう。
だが…だからこそ、これより私は死ぬ。
四肢が失われようとも、身体が泣き別れようとも、首が落とされようとも…限界までこいつのデータを回収する。
腰のポーチからマナ活性アンプルを数本取り出し首筋に全て突き刺す。
マナが身体中を稲妻のように駆け巡り、先程までの疲れが吹き飛ぶ。
急なマナの上昇に身体が悲鳴を上げる。
苦痛に身体が歪みそうになる…だが動ける。
「この際だ…聞こえていないだろうが告げよう」
義手装具がバチバチと火花を散らし赤熱を帯びる。
「ラングトン・アントワネット…。
これより貴様を討ち滅ぼす…女の名前だ!!!」
不思議と笑みが溢れる。
「…あぁ、忘れてくれるなよ…!」
用語解説⑧
・マナ活性アンプル
HOLLOWロサンゼルス本部にて試験的に運用されている捜査官の強化用アイテム。
液状化させたマナを脊椎へ直接打ち込むことで一時的に通常時を大幅に上回る身体能力や回復力、義手装具の出力を得る。
ただ、試作段階であるため使用者の身体への負担が高く、多用すれば最悪の場合体内のマナに耐えきれず死亡する可能性がある。




