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10.僅かな違和感

 その凄惨な映像を映す役目を終えたスクリーンを前にした僕達は何も言えず只々沈黙するだけだった。

 心境は各々複雑だったろう。

 凄まじかった。僕はそんな空虚でありきたりな感想を抱きながら先程網膜に焼き付いた彼女の視界について反芻する。

 我なき不死身の吸血獣。いや、正確には獣ではなく異形型の虚人なのだが、対象の危険度はどうやらこちらの想定以上であるらしい。

 恐怖以上の衝撃が僕の心に重く重くのしかかる。

 沈黙を破ったのは時摩先輩だった。


「今の…最後のところ巻き戻してくれませんか」

「ん、あぁ、ここらへんか?」

「はい。そうそこ」


 映像が恐らくラングトン准機将が最後に見たであろう場面で止まる。力を使い切り、無抵抗となった彼女へと爆煙の中を穿ちながら突き出される槍腕。映像越しですらその威圧感と眼前に迫った死の息吹が伝わってくる。

 

「ここの対象。首が付いている」


 貫かれた爆煙の僅かなその隙間。確かに対象のおぞましい無数の牙のついた緑の顔面が覗いているのが見えた。

 いや待て、それは()()()()

 僕のその疑念を代弁するように時摩先輩が告げた。


「なんでこいつは…この一撃だけ避けたんだ?」


 言われて全員が気付いただろう。確かにそうだ。

 もし、対象…チュパカブラが不死身の怪物だというのならば例え首への一撃であろうともその身で受けてしまえばいい。ならば何故…簡単だ。

 たとえどんなに我を失った狂戦士(バーサーカー)であっても、()()()()()()()()()()と本能で理解したからだ。


「つまり、頭部(ここ)がこいつの弱点ってことになるな」


 ラングトン准機将(かのじょ)の検証は無駄ではなかった。それだけで何か胸の奥が少し軽くなった気がした。


「弱点は判明したが問題は方法だな。さてどう戦ったものか…」


 拳藤支部長を初めその場に居た全員がせっかく見えた突破口(きぼう)が濃霧に隠されていくようなそんな感覚を覚えた。

 不意にドンドンと暴力的に作戦室の戸を殴りつける音がした。

 こちらの反応を許さずにその音の元凶が怒鳴り散らかしながら入室、いや突撃してきた。


「おいどうゆうことだ拳藤(クソジジイ)!」


 それは逆上機将だった。入室と同時に拳藤支部長へと掴みかかる。敵意というよりも殺意のような「怒り」を感じる。ものすごい剣幕だ。


「なんであの時「境界深化(インサイド)」の許可申請を通さなかった!?おいてめぇ説明しろブチ殺すぞ!」

「おい鋼落ち着け!」


 時摩先輩が逆上機将を拳藤支部長から引きはがす。

 何がどうなっているのか状況が飲み込めず僕は見ていることしか出来ずにいた。

 

「離せよ掌!あの時の許可さえおりてればアタシは間に合ってたんだぞ!?こいつがラングトンを殺したみてぇなもんだろ!クソが離せよ!!」

「ふざけんなよ馬鹿女!いいから落ち着け!!」


 時摩先輩が今にも全力で殴りかからんとする逆上機将をパシンと引っ叩いた。

 その一撃を受け、ひたりと動きを止めた彼女は心底悔しそうに刃を食いしばり拳藤支部長を睨見つけた。

 そこで、逆上機将の言葉が気になった。


(インサイド?許可申請?…一体なんの話だ?)


「あの、皆さんなんの話をしているんですか?」


 僕以外のその場にいた皆が明らかにバツの悪そうな顔をしてこちらに目をやる。


「ほーらやっぱこうなる。だからあれほど隠せないって言ったでしょ支部長様ー?」


 僕の横で腕を組んでいた染島さんがやれやれと言った表情で言った。


「あのね繋木ちゃん。境界深化(インサイド)ってのは簡単に言えば俺等の義手装具(これ)とはまた別の、一部の人だけ使える能力のこと」

「おい剥也!」


 時摩先輩は制止するが染島さんは止まらない。


「いいでしょ別に。一緒の基地なんだしどうせいつかはバレることなんだしさ」


 それに、と少し言葉を詰まらせた後


「それに…もう俺はしたくないんだよ。命預ける仲間に秘密とか隠し事とかそういうの」


 そう語る染島さんの目は少し、辛そうだった。


「…すまないな鋼。

申請については確かに俺が却下した。

あの場でお前の境界深化を使えば、確かに対象は倒せていたし、ラングトン准機将は助けられただろうが…次それを使えば死ぬ事をお前自身がよく分かってるはずだ」

「それは…」


 激情では決して片付けられないであろうことは、事情を知らない僕でさえも苦虫を噛み潰したようなその表情から見て取れた。


「俺はラングトン准機将とお前を天秤にかけた判断を、間違っているとは思わん。この話は以上だ」


 気まずい沈黙が流れ、その場は一旦解散となった。

 対象はラングトン准機将の猛攻のせいか、一時的に休眠のような状況らしい。管制室のドローンが常に周囲を見張っている為、僕らは各々身体を休めることにした。


――――――――――――


「ふぅー…弱点が分かったとは言え、対策といった対策は思いつかず、正直八方塞がりといったところだな」


 作戦室から少し移動した喫煙所にて、僕と時摩先輩は実際に対象と戦った際の感覚的なものを共有していた。


「多分僕らだと1対1はまず無理ですよね」

「あぁ、そもそも能力的に剥也との相性が悪すぎる。 変身前のやつにダメージを与えられる気がしないつまり、必然的に異形状態の対象との戦闘になるだろうしな」


 たしかに、変身前の対象の防御力、加えて僕が一撃でふっ飛ばされたあの腕力。変身後までではないものの、まともに喰らえば怪我では済みそうにない。


「でも、変身後ってことは反応(リアクション)無しでとんでくる超速の爪ですよね?あんなの正直言って全部躱して頭狙うなんて自信ないですよ」

「そうだな。理性がない事と自分へのダメージに無沈着な事、つけ入る隙があるとすればここらへんか」


 とは言え、その全ての攻撃を避けきって頭を狙うことが出来たとしても先程の映像の通りなら奴は変身後でも本能で避ける。そもそもダメージなど関係無しに立ち向かってくる化物だ。拘束しようとも何としても、その身体を引き千切りながらでも致命を回避するだろう。つまりは時摩先輩の言う隙もあって無いもののようなもの。

 恐らく時摩先輩もそれは分かっていたのだろう。その後の言葉を紡げない表情から伝わってきた。

 いや、待て。無限のスタミナ、無限のマナ、傷なんてすぐに回復する理性なんてない不死身の化物(バーサーカー)

 ならば何故人を食う??


「…対象が再生するマナってどこから出してるんですかね?」

「ん?それは人の肉を……」


 そこまで言って時摩先輩ははっとした。気付いたのだろう。

 なぜ今まで気付かなかったのか。そうだ、あれだけのスタミナを持ちながら頭以外への攻撃は無効で何をしても無限に再生するだって?そんな訳がないだろう。


「それっておかしくないですか?だって何されても頭以外は即再生、それに人を食ってまでマナを補給する必要があるんでしょ?」

「それ程燃費が悪いってことになるか…成程、兵糧攻めか」


 勝ち確定と言えるほどの策ではない。だが、勝利の取っ掛かりにはなるはずだ。

 僕らはその足で作戦室へと向かった。

 

――――――――――――


「こちらα、ポイント現着しました」


 軽いノイズの後、インカムから拳藤支部長の声が聴こえてくる。


『こちら作戦室だ。β、γが着き次第始めるぞ』

「α了解です」


 握ったり開いたりと義手装具の調子を確認する。キリキリとした金属音、マナの流れも良好だ。

 マナの色は青、いつも通りの僕の色だ。


「繋木、調子は?」

「そうですね、義手装具も身体も特に不安はなさそうです。先輩は?」

「…そうだな、身体は俺も大丈夫なんだが、正直作戦がなぁ」


 やけに不安そうなその顔を見て「成程」と納得する。  

 

「まぁ…そうですよね」


 立案から打ち合わせまで1時間もなかった。当然作戦前のシュミレーションをやる時間も、このプランが上手く行かなかった場合の代替案もない。

 相手の行動がこちらの思い通りになる保証もない。失敗すれば恐らく全員死ぬだろう。


(改めてギャンブルすぎるよな…)


 完全なる一本勝負。まぁ時摩先輩が言ってるのはそれだけではないんだろうが…。


『あーあーあー。これ聞こえてる?あ、おっけぃ。

改めてγ現着したよ〜』

『β現着…ってかアタシだけじゃねえかおい!』


 染島さんと逆上さんの声。全員揃ったようだ。

 時摩先輩がマントの裾を強く掴む。


「さて、そろそろだな」


 ラングトン准機将の殉職から約2時間。

 今、最後の攻勢が始まった。



  

義手装具解説③

「虚を開くボーダーライン

界 繋木の扱う義手装具。

掌の先に拳大の通行可能なワープゲートを任意で生成する。(ワープゲートは半径2メートル以内に生成可能)


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