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1.虚とその境界線について

 「呪い」「異能」「怪異」「都市伝説」「怪現象」エトセトラ、古今東西、この手の怪奇譚は時代を問わずありとあらゆる伝承として伝わっている。

諸君らもこれらについて思考の数々を巡らせたことは一度や二度ではないだろう。わかるとも、楽しいよねオカルト話私も大好きさ。

 さて、現在世間においてこれら全ての存在、現象は知識としての認知こそされているものの、

「確たる真実」として信じているものはほぼいないに等しいオカルト、嘘であるとされている。

 では何故ここまで、存在が知識として知れ渡っているのにも関わらず確たる証拠も事実足り得る痕跡すらも見つかっていないのか

答えは簡単だ。「その方が“都合が良い”」からに他ならない。

 当然だ。事実として街の至る所にそんな存在、現象等が存在していて、数秒後の命の保証もないような世界こそが真実であるだなんて

平和主義を謳う我が国家の国民様方に知られたらどれ程のパニックが起こるかなど、火を見ることなんかよ明らかなのだからね。

 ここまでの話を聞いてもらったが諸君らにとって上記はもはや常識の範囲であり、入隊前の適性試験にて文字通り耳にタコができる程に聞いたことであろう。

 さて、では本題といこう。諸君らがこれから命をかけて立ち向かう存在、そして我々についてだ。


 この世には存在しないとしていた方が都合が良い現象、居ないとしたほうが都合が良い者達がいる。

我々はそれを人としての「境界」を越えてしまった存在、「虚人こじん」と呼んでいる。彼らは大気中に存在する未知の物質「マナ」を過剰に摂取することにより常識では考えられない、いわゆる超常的な能力を扱うに至る。

そして、虚人とそれらを取り巻く怪奇的事象や、霊脈への対処、捜査、隠蔽を目的とした機密組織。それが我々だ。ようは世界を影ながら守る正義のヒーローという訳さ。かっこいいだろう?

 では改めて諸君!長らくのご清聴、誠に感謝する。そして入隊おめでとう!

狂気と恐怖渦巻く世界の狭間に立ち、仮初の腕と仮初の異能を用い、今まさに人の世を守らんとする境界線の守護者見習い達よ!

ようこそ。境界事案特務捜査機関「HOLLOW」は君達を大いに歓迎するよ。


 黒、黒、黒。すれ違う人誰もが黒いスーツに黒のネクタイ、まるで喪服だ。

そして何よりカチャカチャと金属同士が触れ合う音。手袋をしているため視認はできないが間違いない。

金属製の義手それもHOLLOW捜査官全員の基本装備であり、入隊時に腕の代わりに取り付けられる「義手装具」境界線に立つ者の象徴だ。

「義手装具」に黒のスーツ、はたから見れば少し異様にも見えるこの光景に初めて足を踏み入れた僕は何の違和感もなく受け入れていた。

何せ僕も例に漏れず、同じ格好をしているからだ。


 HOLLOW訓練生として入隊し、はや3ヶ月と10日と6時間。

全行程とカリキュラムを終え、先日最後の入隊式を終えた僕は晴れて、境界捜査特務機関第64期正式捜査官としてこの日本支部第一基地に配属された。

そうこうしている内に作戦室と書かれた部屋の扉の前で足を止める。

息を整え軽く4回ノックをすると扉の先から声が聞こえた。


「入っていいぞ」


その言葉に一瞬間を置いてから


「失礼致します」


ガチャリと扉を開き中に入ると3人分の視線が一点に集中する。即座に敬礼をし、口を開いた。


「本日付けで境界事案特務捜査機関HOLLOW、日本支部第一基地配属となりました。

(さかい) 繋木(つなぎ)機官です。

至らぬ身ではございますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」


一瞬の沈黙の後、右側で腕を組んでいた短髪の男が口を開いた。


「今期の中でも特に優秀な新人が来ると聞いていたんですが、まさかこの坊やが?

何かの間違いでしょう支部長」


やれやれと首を振りながらの態度に明らかな侮りが見えたため訂正をすることにした。


「失礼ですが、21歳で成人済みです。

坊やではありません。時摩(ときま) (しょう)機正」


少し驚いたような表情の時摩を横に中心の赤毛の大男が時摩の背中をバシバシと叩きながらその体躯に相応しい大声で豪快に吹き出した。


「ガハハハハッ!こいつは1本取られたようだな掌!悪かったな繋木機官。こいつも悪気はないんだ許してやってくれ。

さぁて、ようこそ繋木機官!日本支部へ!!俺は日本支部を纏めてる支部長、拳藤(けんどう) 炎次(えんじ)だ。

捜査官は俺含めて四人しかいねぇ万年人材不足の基地だが、どいつもこいつも精鋭揃いだ。歓迎するぞ!」


背中をバシバシ叩かれて痛そうにしながら、バツの悪そうな顔のまま、時摩は手を差し出してきた。


「悪かった坊やと言ったのは訂正しよう。あまりにも見た目が若かったからな、少し侮っていた。

改めて時摩だ」

「はい。存じております。時摩 掌機正。

第56期正式捜査官として入隊、その後日本支部史上最大とされる2021年のスタンピードにて機正に昇格。

とても優秀な捜査官と聞いています。

より確実で効率的な「虚人の殺し方」について色々とお聞きしたいものです」


空気の凍りつく音がした。

僕にとって、それは何の悪意も敵意もない、HOLLOW捜査官としてごく当たり前の一言のつもりだったのが、その瞬間、彼の視線に映る確かな怒りと、握られた掌がギシリと軋むのを感じた。義手装具越しでも分かる程に。


「…俺は虚人を殺すつもりはない」

「………は?」


何を言っているのか理解できなかった。

この人も、自分と同じ捜査官のはずだ。

ならば虚人を殺すことこそが仕事であり、使命であるはずなのだ。

虚人は“人“ではないのだから…


「虚人には犯した罪の重さを理解させ償わせる必要がある」

「その通りです。

あれらは既に境界線を越えた存在であり、人の社会に居てはならない存在。処分すべき存在です。

だから、優秀な先輩により良い殺し方を……」

「虚人は…虚人であろうとも“人間“だ。

生きて償わせる。俺の前で殺しは許さない」

「…仰ってる意味が…?」


 重苦しい空気を破ったのは拳藤支部長だった。


「…あー、お前ら、その辺にしておけ。

掌よ、お前も少し落ち着け。

繋木、支部にはそれぞれやり方ってのがあるもんだ。そこのところは…まぁこれから覚えていってくれ」


頭をポリポリと掻きながらそう言う支部長により、氷のように冷たく重かったその場の空気はなんとか収まった。

その後、拳藤支部長に連れられ、基地内の説明と案内を受け終わる頃には日も暮れていたが、

あの時の時摩の鋭い眼光が、僕の頭から消えることはなかった。


 目が覚めたのは、けたたましく響くサイレンの音が理由だった。


『全職員、第一警戒態勢。

各位至急持ち場に付いてくれ。現場の状況把握と対象の足止めの為、掌が先に向かってる』


基地内の私室備え付けのスピーカーから聞こえてきたのは拳藤の声だった。


『あー、それと繋木。今そっちに剥也が向かってる。こちらに来る間にこれからの流れについて軽く聞いといてくれ。以上だ!』


時計に目をやると深夜の1時30分を過ぎた頃だった。(第一警戒態勢)その言葉に眠気は失せ、直ぐにベッド横のハンガーラックに掛けていたスーツに袖を通す。数十秒後、扉がノックされる頃には先程作戦室挨拶した時と同様の格好となっていた。


「あー、こんな遅くに悪いねぇ〜界ちゃん

ちょ〜っと緊急事態だからっと…あら?

もう準備できてんの?

あらあら気合は入ってるじゃねぇの〜w」


軽口を叩きながらドアを開いたのは、

肩まで伸びた茶髪を後ろで結んだ長身痩せ型の男。チェーンのついた丸眼鏡とにやにやとした笑みはどことなく胡散臭さを覚える。


染島(そめじま) 剥也(はくや)准機正お疲れ様です。

えぇ準備は出来ています。作戦室まで同行願います」

「あいよ。

そんじゃ拳藤さんにも頼まれたしかる~く説明だ」


早足で歩きながら、彼は説明する。


「今あったのは第一警戒態勢の指令。

ようするに緊急事態だから皆持ち場についてねーってこと。オペレーターなら現場の斥候と連絡とって状況把握、技術部はそれに合わせてうちらの義手装具こいつのチェック

そして俺たちは作戦室でブリーフィングしたあとに現場へ急行からの執行だ」


執行、その言葉に先程の時摩の発言が頭をよぎる。そうこうしている内に作戦室についた。


「染島、界両名到着しましたよっと」

「おう、早かったなブリーフィングするぞ」


そう言うと拳藤、染島両名の顔が引き締まる


「まず現場は千葉県E区のビル街。

先に出てる掌と斥候組の情報から対象は現場周辺のアパート在住の居原木いばらぎ 聡一そういちと判明。

手首から自身の骨の棘のような物を投擲する攻撃が確認されており、斥候組が3名負傷。内2名は軽傷、

1名は意識不明の重傷だ」


HOLLOW潜入班。主に一般市民に扮しての情報収集や緊急時の初動捜査と周辺住民への対応を行う斥候部隊と、執行完了後の事後処理を請け負う処理部隊の2つの顔を持つHOLLOWの第二の実行部隊。

義手装具の適性などの様々な理由から捜査官になれなかった者たちで構成させる

彼らは義手装具こそ持たないが、けして戦闘能力が無いわけではない。

その彼らを負傷させた。いつ一般市民の被害者が出てくるかも分からない。


「これにより、本部は居原木に対し、執行難度B、第二境界等級の虚人指定を下した。

よって義手装具による執行を許可する。

剥也と繋木両名は現場の掌と合流、連携を取りながら虚人名「骨棘こっきょく」の執行に当たってくれ。以上だ。お前ら気張ってけよ!」


 ブリーフィングを終え事前に支給された認識阻害のマントを羽織り基地を飛び出す。屋根から屋根に飛び移りながら握った拳に力がこもる。

執行許可。やっとだ…やっと、虚人を殺せる。その事実に胸の高鳴りすら覚えた。

興奮が顔に出ていたのだろう染島が声をかけてきた。


「焦んなよ新人。初任務かつ、初執行だ。基本は俺達に任せろお前はバックアップしてりゃいい」


先程のにやにやとした目とは違い鋭く、諭すようなその目に少し苛立ちを覚えながらも無言で足を速めた。

そして時間にして約10分程で時摩と合流した。


「染島、界両名現着〜お待たせ掌ちゃん」

「遅かったな染島…と、お前もか」


僕に向けられた時摩の視線には先程の冷たさがまだ少し残っていた。


「周辺の避難は済んでいる。深夜ってのもあって人が少なかったのが幸いした。

対象の能力についてはもう聞いたな。

奴の骨、もはや弾丸か、相当の威力だ。

ただ一度に撃てるのは2発まで。連射は出来ないらしい。俺も2、3回撃ち合ったが距離を取られたら厄介だ。俺やお前のような近接型の能力なら尚更だ。

そうだろ?染島」

「そうねぇ、といっても俺の能力はそもそも直接火力に繋がるもんじゃないしねぇ…

射程と弾速、リロードの時間は?」

「射程はだいたい20〜40m、弾速は秒速300mちょいってことか?リロードはだいたい片手につき5秒ほどだ」

「なるほどねぇ…、そこら辺の拳銃程度って感じか。とりあえず掌ちゃんが注意引いてもらって

 俺が“触れる“あとはまぁノリで」


呆気にとられていた。現場到着から数分での的確な情報共有と連携の確認、練り上げられているのだろう。

負けていられない。

それに相手の能力、僕の義手装具なら対応できる。

見学だけの足手まといになどなってたまるか。


「失礼ですが対象の足止め、僕にやらせていただけませんか」

「あー、繋木ちゃん?

 さっき言ったの聞こえなかった感じ?初執行なんだからバックアップって…」

「ご安心ください。

 足手まといになるつもりなんてありません。

 それに…執行は初めてではありません」


染島が少し間をおいてから納得したような顔をすると時摩に目をやる。

時摩からの視線は相変わらずだった。


「いいだろう。

 ただし足止めだけだフィニッシャーは俺がやる。

 異論は認めん」

「…勿論ですとも」

「では現時刻を持って執行を開始する。

 現場指揮は俺がやる。生きて帰るぞ」


7/6 AM2:20 虚人名「骨棘」執行開始



用語解説①

・義手装具

正式名称「対虚人用人工境界装具」

通常兵器が通用しない虚人への対抗として開発された武具。HOLLOW捜査官全員の基本装備として入隊時に両腕の代わりに取り付けられる義手型の装備。各捜査官別にその捜査官に適合する義手装具があり、マナを媒介として人工的に虚人の能力を発動させることができる。(普段は絶縁の手袋の着用が義務付けられており、執行時や、特定の許可が降りた場合のみ使用が許可される、内蔵の人工神経により重さや衝撃や多少の温度も感じることができ肉体と同様に扱うことができる)

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