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07話 頭がおかしい

「ごきげんよう、ローザ嬢」


 ハルトヴィヒ領へ連れて行かれたローザは、公爵令嬢フィーネに再会した。


「貴女に会わせたい人がいるの」


 フィーネはそう言い、薄く笑った。


(きっとテオバルド様だわ……)


 国境を争う戦でハルトヴィヒ軍が勝利した。

 ハルトヴィヒ領はイルディア王国の領地だと認める講和条約がバラク王国との間に結ばれ、戦争は終わった。


 イルディア王国は講和の条件に、ハルトヴィヒ公爵との婚約の契約を反故にした元王太子テオバルドの処罰を要求した。

 バラク王国はそれを了承し、テオバルドの身柄はハルトヴィヒ公爵に引き渡された。


 テオバルドの身柄を拘束しているハルトヴィヒ公爵の領地で。

 ハルトヴィヒ公爵令嬢フィーネが、ローザに「会わせたい人」がいるとしたら、それはテオバルドだろうとローザは思った。



 ◆



 ――暗い地下牢。


 ローザは、フィーネとその護衛たち数人と共に、ランプの灯りで照らされた薄暗い通路を歩いた。


 ローザは監視役の護衛に付き添われ、フィーネに指示された通り、通路の途中で足を止めて静かに待った。


 フィーネは護衛に先導されて歩を進め、そして立ち止まった。


「ごきげんよう、テオバルド様」


 フィーネがそう牢に向かって声を掛けると。


「フィーネ?!」


 テオバルドの声がした。


(やっぱり……テオバルド様……)


 ローザは久しぶりに、かつての恋人テオバルドの声を聞いた。

 もうとっくに想いは断ち切ったはずなのに、ローザの胸中に複雑な感情が巻き起こる。


 ローザの位置からテオバルドの姿は見えない。

 声が聞こえるだけだ。

 テオバルドからもローザが見えていないだろう。


 テオバルドはフィーネに必死に命乞いを始めた。


「フィーネ! 君は私を愛していただろう! 見捨てないでくれ!」


(フィーネ様は王太子の地位に執着しているだけって、テオバルド様には冷たいって、そう言っていたのに……。いつからフィーネ様がテオバルド様を愛していたことになったのかしら)


 恋に盲目だった以前とは違い、現実を知った今のローザにはテオバルドが嘘を吐いていることが解る。

 テオバルドが言うことは全て意味のない空疎な言葉だとローザは知っていた。


 それなのにフィーネに愛を語るテオバルドの言葉に、ローザの心は揺れて痛んだ。


「目が覚めたんだ! 私は君を愛している! 君を失って気付いた! 私が本当に愛しているのは君だ!」


 学院ではフィーネを疎んじて、ほとんど蔑んでいたテオバルドが。

 フィーネに生殺与奪の権を握られた今、手のひらを返して、フィーネに愛を叫んでいた。

 ローザは暗澹とした気分でそれを聞いた。


 学院に居た頃のテオバルドは堂々としていて、そしてフィーネを貶めていた。

 それは王太子という地位があったからだろう。


 今、身一つになったテオバルドは、学院時代に言っていたこととは全然違うことを言っている。


 学院でフィーネを見下していたテオバルドが。

 今はフィーネに媚びへつらっている。


(私、どうしてあんな人を信じたんだろう……)


「ローザ嬢、こちらにいらしてくださいな」


 フィーネがローザに声を掛けた。

 ローザはテオバルドから見える位置まで歩を進めた。


「……っ?!」


 テオバルドはローザがここに居たことに驚いたようで、ローザを見て目を見張った。


「ローザ嬢、貴女の真実の愛は、テオバルド様だったかしら?」


 フィーネがローザに質問した。


(……愚かな私は、あれが真実の愛だと思っていた……)


「……はい……」


 亡霊のようにローザは答えた。


「ローザ嬢の真実の愛に免じて、テオバルド様を助けるチャンスをあげましょう。ローザ嬢がテオバルド様の身代わりに死刑を受け入れるなら、テオバルド様の命は助けてあげる」


「……!!」


「ローザ嬢、どうしますか? テオバルド様のために、真実の愛のために、貴女の命を捧げますか?」


 フィーネに問い掛けられてローザは言葉を詰まらせた。


「そ、そんな……」


 テオバルドの命運を左右する権限を、ローザはフィーネから強制的に与えられた。


(フィーネ様……)


 嘘吐きで不誠実なテオバルドのために命を捧げようなんてローザは思わない。


 もしローザが命と引き換えにテオバルドを助けたとしたら。

 ローザに助けられたテオバルドは、ローザが消えた後、ローザのことなんかすぐに忘れて別の女に愛を囁くだろう。

 そんな不誠実なテオバルドのために、ローザは犠牲になろうなんて思わない。


 答えは「いいえ」に決まっている。


 だが……。


 これでテオバルドが処刑されたら、それはローザが助けなかったせいだ。

 テオバルドの命に、ローザは無関係ではなくなった。


 フィーネは、ローザにもテオバルドの命の責任を負わせた。


「ローザ嬢、貴女は真実の愛のために、テオバルド様の身代わりになって処刑を受け入れますか?」


 フィーネは静謐な面持ちで再びローザにそう問いかけた。

 ローザは深く呼吸すると、俯いたまま答えた。


「……いいえ……」


 ローザはテオバルドの命を刈り取る自分の罪を見つめながら、テオバルドに死刑宣告をした。


「……真実の愛は、間違いでした……」


「ローザ! 愛している!」


 何も解っていないテオバルドが何か喚いた。


 テオバルドはローザに命を捧げさせたいのだろう。

 そうすれば自分が助かると思っていて、ローザをその気にさせようとしている。

 空疎な愛の言葉にテオバルドの魂胆が透けて見えてローザはうんざりした。


(私が「はい」と答えたところでテオバルド様が助かる保証なんてないのに)


 現実に決定権を握っているのはフィーネだ。

 ローザが「はい」と答えても、フィーネが素直にテオバルドを助けるかどうかなんて解らない。


 フィーネがテオバルドを許す気があるなら、講和の条件に身柄の引き渡しなど要求しなかったはずだ。

 戦争までして政治力を使ってテオバルドを捕らえて地下牢に繋いだのだから、何かするに決まっている。


(その程度のことも解らないなんて。おねだりすれば何でも願いが叶うと思っているの?)


「いい加減にして!」


 ローザはかつての自分の愚かさに苛立ち、声を荒らげた。


 学院時代のローザには、おねだりするしか出来ない無能で嘘吐きなテオバルドが、頼れる素敵な王子様に見えていた。

 真実の愛の相手だと思っていた。


(私は、頭がおかしかった)


「ローザ、助けてくれ!」

「嘘吐き! 結婚してくれなかったくせに! それでよく愛してるなんて言えるわね!」

「国王陛下が許してくれなかったんだ!」

「本当に私のことを愛してたなら王太子の身分を捨てれば良かったでしょ! 何の覚悟もなかったくせに!」



 ◆



「フィーネ様は、私を処刑なさるのですか?」


 テオバルドとの邂逅を終えて地下牢から地上に戻ると、ローザはフィーネにそう問いかけた。

 ローザはすでに自分の命運は尽きていると諦めていたが、せめて最期に遺書を残したいと思った。


 だがフィーネは小暗い微笑を浮かべて、ローザに問い返した。


「どうしてそう思うの?」

「だって……。テオバルド様は罰を受けるのですもの。私も罰を受けるのですよね?」


 ローザは祈るようにしてフィーネに嘆願した。


「フィーネ様、お願いがあります。最期に家族に手紙を書きたいのです。どうか家族に私の手紙を届けてください……」


 ローザの必死の願いをフィーネは少し面白そうに笑った。


「ローザ嬢を処刑しようだなんて、私はそんなことは思っていないわ。貴女はある意味、私の恩人ですもの。貴女のおかげでテオバルド様の本質を結婚前に知ることができた。貴女のおかげで私は目が覚めたの。感謝していてよ」


 フィーネは朗らかにそう言ったが、その笑顔はどこか空虚だった。


「ローザ嬢もテオバルド様に出会ってしまって不運だったわね。ローザ嬢は令息たちに人気があったから、テオバルド様がしゃしゃり出なければ伯爵家あたりの夫人にもなれたでしょうに」

「……そうでしょうか……?」

「貴女は美人だもの。貴女を望む男性は多いわ。次はきちんとした男性とお付き合いなさいね」


「私はもう恋愛はしないです。するつもりありません」


 ローザがそう言うと、フィーネは暗い瞳で微笑んだ。


「奇遇ね。私もよ」


次が最終話です。

あと1話と思っていましたが、長くなりすぎてしまったので分割しました。

あと1場面で終わりです。

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― 新着の感想 ―
仲間内でのトロフィーハニーみたいにされていたこと、当事者のローザが気が付かないのって学生時代あるあるみがありますね…。一度浮気する男は何度でも浮気するから、結婚できなくて良かったんじゃない?とも思った…
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