05話 ハルトヴィヒ側の事情
――時間は少し巻き戻る。
王立貴族学院の卒業パーティーで婚約破棄を告げられたフィーネは、帰宅するとすぐに事の顛末を父ハルトヴィヒ公爵に告げた。
「テオバルド殿下とは結婚したくありません」
「フィーネはそれで良いのか?」
「ええ、無理です。家の力をふりかざす『性根が腐った女』と言われました。王家の力をふりかざしているテオバルド殿下に」
「国王も凡庸だが、息子はさらに頭が悪いのか……」
フィーネは学院に在学中、ずっとテオバルド王太子にないがしろにされていたこと、敵を見るような目で見られていたことは、以前から父に報告していた。
テオバルド王太子がフィーネよりローザを優遇していたこと。
学院全体にフィーネを軽んじる空気があったこと。
テオバルド王太子が令嬢たちに人気があるせいなのか、フィーネを敵視する令嬢たちがいたこと。
卒業パーディーでのテオバルド王太子の暴挙を、誰も止めなかったこと。
「やはり王都には地方を軽んじる空気があります。学院でもそれを強く感じました。王妹殿下がキュネル公爵領を田舎と軽んじて、キュネル公爵家への輿入れを拒否したことも笑い話のように語られていました」
「なるほど……」
◆
ハルトヴィヒ公爵は、バラク王国の王家に見切りをつけ、隣国イルディア王国に仕える決断をした。
イルディア王国への鞍替えは突然の思い付きではない。
バラク王国のハルトヴィヒ公爵領は、隣国イルディアとの国境に接しており、前々からイルディア王国から勧誘を受けていた。
ハルトヴィヒ家の一族の間では、仕える国を変えるか否かの問題は度々論じられていた。
何世代も仕えていたバラク王国を裏切るのは如何なものかという意見と。
バラク王国の現王家はハルトヴィヒ家を軽んじているので、義理立てる必要はない、イルディア王国に鞍替えすべきだという意見。
この二つの意見がハルトヴィヒ家の中で対立していた。
ハルトヴィヒ家は隣国イルディアとの関係は良好で、国境の向こう側のジェデク辺境伯家とは過去に婚姻が結ばれており遠縁の親戚同士だった。
ジェデク辺境伯家とは親戚付き合いで行き来があり、招いたり招かれたりして交流が続いている。
そして数年前。
ハルトヴィヒ公爵がジェデク辺境伯家を収穫祭に招待した際に。
イルディア王国の第三王子ウェルナーと、二人の公爵令嬢も、社会見学と称して辺境伯一家に同行して来た。
――色仕掛けかもしれん。お前たち、気を付けろ!
ハルトヴィヒ公爵は子供たちに注意喚起した。
ハルトヴィヒ家の子供たちと、ちょうど同じ年頃で身分の釣り合う異性のイルディア王国の子供たちが、何故かジェデク辺境伯一家に同行して来るのは怪しすぎた。
――お見合いですよ。
ジェデク辺境伯は悪びれずに堂々とそう言った。
――もし縁が結べれば僥倖というもの。
フィーネはまだ幼かったので、色仕掛けという意味が良く解らなかったが、隣国の第三王子ウェルナーと仲良くなり楽しい時を過ごした。
もちろん当時幼かったフィーネとウェルナー王子との間にあった感情は友情のようなものであり、恋愛感情とは違った。
しかし長兄ユリアンはそのときイルディア王国のソルダン公爵令嬢に一目惚れをした。
その後もユリアンはソルダン公爵令嬢と手紙のやりとりを続けて、そして婚約し、昨年結婚した。
現在ハルトヴィヒ家の中で、隣国イルディアに仕えるべきという意見の急先鋒は、イルディアのソルダン公爵令嬢を娶った長兄、ハルトヴィヒ家の嫡子ユリアンだ。
――やはり色仕掛けだった……。
とは、ハルトヴィヒ公爵の言だ。
フィーネとテオバルド王太子の婚約は、長兄ユリアンとソルダン公爵令嬢が婚約したすぐ後に決まった。
バラク王国との絆を深めるためだ。
ユリアンがハルトヴィヒ家の当主となっても、妹フィーネがバラク王国の王太子妃であるなら、軽率にイルディア王国に仕えることはないだろうと。
だがテオバルド王太子が、フィーネを裏切ってしまった。
「ハルトヴィヒ家はイルディア王国に仕える」
ハルトヴィヒ公爵は一族を招集してそう宣言した。
そして指示を出した。
「ジェデク辺境伯に早馬で知らせろ」
イルディア王国に鞍替えするとき具体的にどうするかという手順は、冗談で、あるいは真剣に、幾度となくハルトヴィヒ家とジェデク辺境伯家との間で論じられていた。
そのため、ハルトヴィヒ公爵は手順に迷うことはなかった。
「ついに合同演習が実現する日が来たと伝えよ」
もしハルトヴィヒ公爵がイルディア王国に仕えるなら。
新しいバラク王国との国境で、ジュデク辺境伯家の兵団と合同演習をするという案は、この問題を論じるときに必ず出ていた案だった。
裏切りであるとされて、バラク王国軍が出て来るかもしれないという可能性に対処するためだったが。
仮に戦争にならなかったとしても、兵が集まっていればバラク王国への威嚇になる。
そして新しい国境での戦い方の訓練は必要なことであり、無駄にはならない。
そしてこの策は、まんまとハルトヴィヒに勝利をもたらすことになった。
「自国」と「隣国」で押し通そうとしましたが、無理でした。
途中で自国と隣国が逆転するので。
それで諦めて国名を考えました。




