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空白のアクレリア  作者: 新田 あめ
第1章:セントラル
4/10

4.今は無き村

戦術鉱装部門の研究棟14階に、イリアの専用研究室はある。

部屋には複数の鉱装設計卓と、制御端末、パーツを保管するキャビネット類が並び、生活感とは無縁の硬質な空気が満ちている。


だが最近、イリアはふとした瞬間に“その空気”に温度を感じることが増えた。


「……おはよう」


軽くノックして入ってきたレイが、短く挨拶をする。


「おはよ!今日は少し早いね」


「……調整、早く終わらせたいだろ」


淡々とした声。興味なんてなさそうな顔。でも——以前は、こちらから話しかけても最低限の返事しか返さなかったレイが、今ではこうして自然に言葉が返ってくる。たったそれだけのことが、嬉しく感じた。


「……そういえば、この前調整し直したガントレットのフィードバック、もうまとめた?」


「ああ。出力は想定値の範囲内だが、回路のレスポンスにムラがある。たぶん内部のルクスの応答性が影響してるんだと思う。あとで資料を渡す」


イリアがわかった、と返事をすると、レイは隣の椅子に座った。端末に映るグラフをじっと見つめている。研究者ではないのに、真剣に見て、理解しようとしてくれる。


(……こういうとこ、すごく、真面目なんだよね)


しばらくの沈黙が心地よく続いたあと、イリアはぽつりと呟いた。


「ねぇ、チーズって好き?」


レイの視線が、画面から逸れる。


「……チーズ?」


「うん。最近ハマっててね、中央管理棟の店に美味しいのが売ってるんだ」


「……そうか」


それきり、レイは再び画面へ視線を戻した。だが、返答に困っているような、そんな表情をしていた。


イリアは笑いながら話題を変える。


「この棟の食堂はもう行った?日替わり定食、実は週一でチーズ使ってるの。先週のはたしか“とろけるチーズハンバーグ定食”だった」


「……いや、知らない」


「もしかして、エルシードくんって食堂使ってない?」


レイは少し視線をそらしたあと、静かに言った。


「……昼食を食べる習慣、ないんだ。ここに来る前——TMDのときからずっと」


イリアの手が止まる。レイの表情は、どこか少しだけ、居心地が悪そうだった。


「初日、誘われたのに断って……悪かった」


「えっ……?」


初めて出会った日のことを思い出す。イリアはレイを昼食に誘ったが、彼はそれを静かに断ったのだった。


「そんなの、気にしてないよ。今は毎日こうしてここに来てくれるし」


レイの視線が少し揺れる。だが、それ以上は何も言わなかった。


「……ライゼス村って、知ってる?」


唐突な質問だったが、イリアの声は柔らかかった。端末の前に座ったまま、どこか遠くを見つめるような瞳で尋ねる。


「……知らない」


「そっか」


イリアはそれ以上語らなかった。けれど、レイがそれを聞いて何かを感じたのか、いつになくゆっくりとした口調で話し始めた。


「……俺は、気付いたらTMDにいた。セントラルの外にでるのは任務の時くらいで…あまりよく知らない」


「……気付いたら?」


「ああ。幼い頃に故郷を無くしてセントラル運営の孤児院に引き取られた。5歳の頃だと思う。物心ついた頃にはTMDの訓練生だった。」


その言葉に、イリアの手が止まった。


(……故郷を無くして?)


もしかすると、レイの故郷も——


イリアは言葉にはしなかった。胸がドクンとうなる。何かが、この国で起きている?しかも、かなり前から——。


静寂を振り払うようにイリアが立ち上がる。


「……ねえ、今度一緒に食堂行こう」


レイは一瞬、目を瞬かせた。予想外の誘いに、わずかに呼吸が詰まる。けれど、浮かんだ感情は胸の奥に押し込み、表情を元に戻す。


「……考えとく」


その短い返事だけで、イリアには十分だった。

この人は、言葉数こそ少ないけれど、誠実で、嘘がない。それが分かるからこそ、焦らずに待てると思えた。


***


レイが退出していったあと、再び端末の前に座り、ウィンドウをいくつも開く。表示されるのは、セントラル内の記録網へアクセスするためのルート。


イリアは数日前に自分で掘り当てたログを呼び出した。

それは旧世代のルクス鉱装に関するプロジェクトコードで、関係者リストにライゼス村の地名が一時的に含まれていたもの。今はすでに削除されているが、バックアップデータの断片に辛うじて残っていた。


(レイの故郷にも、これと似た“痕跡”があるかもしれない)


彼女は、次に調べるキーワードを入力する。「TMD 孤児 配属」「消去ログ」

レイの故郷が、ライゼス村と同じ原因で無くなったとは限らない。でも、どこかで道が交差している気がする。

[検索]ボタンをクリックすると、いくつかの検索結果が表示される——その中で、目に留まった文字列があった。


プロジェクトコード:AA-LUX/REBOOT


(……リブート?)


断片的な情報であったが、そこには簡単な説明も残されていた。

《プロジェクトREBOOT/AA-LUX》

ルクス鉱に依存した領域の再構成。制御不能な“覚醒”を起こしたエリアを無害化・初期化するための限定指令。

対象エリア:分類コード:X-11857(現在は抹消済)


(X-11857……どこ?)


すぐに対応コードを逆引きするが、結果は「該当なし」。完全に消されている。


これがレイの故郷に本当に関連しているとしたら——

イリアはそっと手を握りしめた。


(レイの故郷に、機関が関係してる可能性は高い)


その日の夜、イリアは帰宅せず研究棟に残った。

非常灯だけがぼんやりと灯る廊下を通り抜け、旧文書保管室へと向かう。

今はほとんど使われていない小部屋だが、昔のプロジェクト資料や、公式には破棄されたはずのアーカイブが一部残っている。

足音を忍ばせ、薄暗い保管室に入り込む。金属の匂いと、古い紙の埃っぽさが混ざったにおいが鼻をつく。


(この中に、何かあるはず)


ガラス棚の中、ロックのかかっていないキャビネットから、イリアは一冊の古びた資料を見つけた。


《セントラル孤児育成プログラム/TMD初期配属選別レポート》


彼女は震える手でその表紙をめくる。

中には、個人が特定されないよう黒塗りされた子どもたちのリストと、一人一人の簡単な情報。


その中にレイが言っていた時期と一致する子どもがいた。

──この国では珍しい黒髪に、グレーの目…特徴も、レイと一致していた。


めぼしい情報は殆どなかったが、ページの端に手書きのメモがあった。


「X-11857──初期化完了。国内対象データ、全消去」


イリアは息を飲んだ。

X-11857…《プロジェクトREBOOT/AA-LUX》の対象エリアとされていた地域だ。


(……やっぱり、このX-11857がレイの故郷?)


その時、自分の背中に冷たい汗が流れていくのを感じた。


レイは何も知らない。知らされていない。

イリアの中に、奇妙な感情が芽生える。それは、共鳴だった。悲しみでも、怒りでもなく。


翌朝、研究室に顔を出したレイに、イリアはいつもの笑顔で言った


「今日の定食、チーズクリームパスタだって。……食べに行く?」


レイは少しだけ戸惑いながらも、返事をする。


「……行くか」


イリアは自然と笑みが溢れた。レイが、昨日よりも少しだけ近くに感じた。

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