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空白のアクレリア  作者: 新田 あめ
第1章:セントラル
3/10

3.無表情の奥

研究棟の地下は、昼間でも薄暗い。照明は最低限、冷たく少し埃っぽい光が足元を照らしている。


イリアはキャリーケースを引きながら、通い慣れた廊下を歩いていた。静まり返ったフロアに、ガラガラと音が響き渡る。


(あ、やば。……五分遅刻)


角を曲がると、目的の区画が見えてきた。

分厚い金属製の扉、その前で、レイが腕を組んで立っていた。

レイはイリアに気づくとゆっくりと体を起こした。


「……約束の時間、過ぎてます」


それだけ言って、レイは腕時計をちらりと見る。

声に責めるような色はなく、ただ事実を確認しただけという印象だった。


「ご、ごめん! 上に寄ってたの、ちょっとだけ!」


慌てて謝るイリア。手を合わせながら、言い訳じみた笑顔を向ける。


「クロイツ課長にね、ちょっと話を聞きに行ってたんだ。今朝は勘違いしてたんだけれど、私ってあなたの上司じゃなかったんだって。


「……知らなかったんですか?」


レイがわずかに目を見開く。


(エルシードくんは知っていたんだ……私だけ知らされてなかったなんて……)


バツの悪さと、機関への小さな苛立ちが同時に広がる。

イリアは、少し間を置いてから口を開いた。


「それでなんだけど、もしよかったら敬語、やめてくれないかな?私たちペアなわけだし…」


言いながら、イリアは(ちょっと強引だったかな…)と反省しかける。

レイは考えるように視線を逸らしたが、数秒後に頷いた。


「……わかった」


その返事に、イリアの胸がふっと軽くなる。


(よし。ちょっとは距離、縮まったかな)


「じゃあ、部屋に入ろう。今日のテスト、ちょっと本格的にやってみたいと思ってて」


イリアは壁の認証端末にIDをかざし、扉を開けた。中から冷気のような空気が流れ出す。


薄暗く広い部屋には、観測装置と高精度の追跡カメラがあるだけだった。


「元々は簡単な起動テストだけの予定だったんだけど……せっかくだから、試してみない?」


そう言いながら、イリアはキャリーケースを開く。中に収められていたのは、腕部装着型の鉱装——ガントレットだった。


「今朝調整した近接戦特化型の鉱装。ルクス反応に対する応答性も強化してある」


「面白そうだな」


レイはガントレットを手に取る。冷たい金属の質感を確かめるように、ゆっくりと装着していった。


「小型ブレードの射出機構も組み込んであるから、近接と中距離の両方いけるよ」


イリアは隣のモニタールームに移動し、各種センサーの起動を確認する。


「準備いい?」


「いつでも」


レイが低く呟くと、演習エリアの照明が切り替わり、仮想障害物が起動する。立体的に配置された壁、障害物、ターゲット。模擬戦闘の開始された。


ターゲットのセンサーが赤く光ると同時に、レイの体が動いた。


無駄のない踏み込み。と次の瞬間、ガントレットから射出された小型ブレードが目標に突き刺さる。そして背後の壁を蹴って跳躍。体勢を崩さず、二体目のターゲットに向けて腕を振り抜く。


(うそ……何、この動き)


イリアはモニタールームの椅子に座ったまま、思わず息を呑んだ。


ただ動作を確認するだけの簡単なテスト。演習プログラムも、障害物とターゲットを並べただけの単純な構成だ。それなのに——なぜか目が離せなかった。


レイの動きには、一切の無駄がなかった。身体全体が鉱装の一部であるかのような、極限まで研ぎ澄まされた動作。ついさっきまでとは打って変わり、驚くほど生き生きとしている。


(今までずっと無表情だったのに。この人……こんな表情もするんだ)


理由もなく、胸がわずかに高鳴った。


「……終了」


レイの声と同時に、演習エリアの照明が元に戻る。イリアが顔を上げると、ガントレットを外したレイがモニタールームに入ってきた。


「大体わかった。動作は問題ないがロック機構がやや甘い。連続射出の後に一拍、遅れが出る。たぶん内圧調整のリミッターが原因」


イリアは気が抜けたようにその指摘を聞いていた。

我に帰ると、ぼうっとしていた頭を振って、ようやく言葉を返す。


「そ、そっか……えっと、ありがとう。明日また再調整してみる。今日はこれでおしまい」


少しだけ、声が上ずってしまったような気がした。


「よろしく」


そういうと、レイはドアに手をかけた。


「……また明日ね」


部屋を出るレイの背中を見送りながら、イリアは心の中で深く息をついた。


(……ちょっと、印象変わったな)


ただ冷たくて無表情なだけの男。そう思っていたけれど、あの動きと真剣な眼差し——仕事に対しては、誰よりも実直な人なのかもしれない。


「……よし」


気を取り直して、キャリーケースを閉じる。片付けを手早く終えると、イリアは研究室へと戻った。


ライゼス村についてはここ毎日調べている。今日も端末を開き、ログイン認証を済ませる。まだ調べていないデータベースに接続する。


——けれど。


(……やっぱり、何もない)


表示される「該当なし」の文字列に、イリアは深く眉を寄せた。

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