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空白のアクレリア  作者: 新田 あめ
第1章:セントラル
2/10

2.食堂はお断り

あれから一週間。イリアはライゼス村の情報を探し続けていたが、成果はまったく得られなかった。


毎晩、仕事を終えてからの情報収集が続き、少し寝不足気味だ。それでも今朝も、研究室で作業を進めている。現在は試作中の戦術鉱装の安定回路を組み直す工程だ。わずかな調整でエネルギー伝達効率が変わるため、集中を要する。


精製中のルクス結晶が、淡い光を放つ。静かな研究室に、機器の作動音とイリアの指先が部品に触れる微細な音だけが響いていた。


(……よし、次のコネクタを——)


コンコンッ。


ドアのノック音。


(静電処理……完了。あとはユニット基盤を——)


しかしイリアは気づかず、作業を続ける。


ドアが静かに開く音。足音。

そしてイリアの耳にようやく届いたのは、落ち着いた、少し冷たさも感じられる男性の声。


「主任」


「ひゃっ!?」


イリアは反射的に身を仰け反らせ、手が跳ねる。驚きの声とともに、手元にあった部品が宙に舞う。


「っ……!」


背後に立つ男が手を伸ばし、床に落ちる寸前、素早い動きでそれを受け止めた。

毛先が少し癖っ毛の黒髪に、鋭い目。男は立ち上がると、無表情でイリアを見下ろす。


「危ないですよ。落としたらどうするつもりですか」


「え……あ、ありがとうございます。でも……」


(あなたのせいで落としそうになったのに)


そんな言葉が喉まで出かけたけれど、ぐっと飲み込んだ。


「ルクス制御ユニット。落とすと内部構造がズレて再調整に一週間はかかるタイプですね」


「えっ……よくそんなこと……」


「見覚えがあるので。以前、訓練中に似たものを使いました。」


(——ていうか、この人誰?)


イリアがまじまじと彼の顔を見ると、彼は手にした部品を机に戻し、まっすぐこちらを見て言った。


「今日から『戦術鉱装部門』に配属されました。レイ・エルシードです」


「エルシード……くん?」


「主任のイリア・シラサキさんですね」


「あ、うん。そうだけど……」


「主任の下で色々教われと言われて来ました」


(え?そんなこと、何も聞いてない)


イリアはわずかに眉をひそめたが、すぐに表情を整える。


「うん、わかった、少し待ってて。作業、キリのいい所まで終わらせちゃうから」


「はい」


レイは簡潔に返し、壁際に立ったまま動かなかった。イリアは再び席に戻り、落ちかけた部品を確認しながら作業を続ける。


(変な人……というか、無愛想……というか)


数分後、作業を終えたイリアは姿勢を正した。


「お待たせしました。じゃあ、とりあえず簡単に研究棟の中を案内するね。配属初日でしょ?」


「お願いします」


ふたりは廊下に出る。シンプルで洗練された美しさのあるセントラル機関の研究棟は、戦術鉱装部門——通称「鉱装部」が使うエリアだけでも十階層に分かれている。


「このフロアは主に実験室。こっちは解析機器が揃ってて……あ、あっちの部屋は——」


「……」


レイはたまに相槌を打ちながら、イリアの後に続く。


(間が……持てない……)


話は広がらず、時間がいつもより長く感じられる。

沈黙が続く中、ふと考えがよぎった。


(……そうだ。エルシードくんに、ライゼス村のことを聞くチャンスかもしれない)


「あの、ちょうどお昼の時間だけど。一緒に食堂、行く?」


「え……いえ。遠慮しておきます」


「そう…だよね、ごめん…」


(まぁ、なんとなくわかっていたけど…)


分かっていても、やはり断られると胸がチクリと痛む。イリアは笑顔を浮かべたままレイに告げる。


「じゃあ、午後からは作業を見せるね。実際に見てもらったほうが早いと思うし」


「了解しました」


返ってきた声は、相変わらず淡々としていた。


***


イリアは、研究棟3階にある食堂のひとり席に腰を下ろし、カレーライスを前にしていた。お気に入りの、少しピリ辛のカレー。

けれど今日は、スプーンがなかなか進まない。


(……なんだろ。ライゼス村のことも気がかりだし、エルシードくんも……なんだか掴めない人だし)


胸の奥に、霧がかかったような感覚が広がる。


(……まぁ、焦っても仕方ない、か…)


そこへ、近くのテーブルから女性たちの楽しげな声が聞こえてきた。制服からして、同じ戦術鉱装部門の職員だろう。


「ねえねえ、新しく来た人見た?レイ・エルシード!」


「見た見た、超イケメン!!」


「しかも戦術機動部隊からって……。あの部隊ってエリート中のエリートでしょ? わたし、狙っちゃおうかな〜……」


「やめなー?ああいう男はガード堅いんだから」


イリアは窓の外を眺めながら、その声を聞いていた。


さっきまで隣にいた相手の話だけれど、どこか他人事のようで、遠くの会話を聞いているようだった。モヤモヤした気持ちを抱えながら、イリアは静かに立ち、食器を返却台へ片付ける。


(……気を取り直して、午後もがんばろ)


午後はレイと合流し、試作鉱装の稼働テストを見てもらう予定だ。けれど、その前に確認しなければならないことがある。


"主任の下で色々教われと言われて来ました"


…なぜ、自分がそんな立場に就くことになったのか。

自分に課された役割の意味を知らないまま、誰かを導くようなことはできない。


イリアは食堂を後にし、中央エレベーターへと足を運んだ。


***


研究棟の二十階は、上層部の管理フロアだ。部長をはじめ、各研究ブロックの責任者や特別開発チームの統括などが詰めている。


ピン、と軽い音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。


静寂な廊下。白を基調とした壁面と、足音を吸収する絨毯の感触が、階層の差をいやというほど感じさせる。


(いるといいけど……)


奥の部屋のひとつ、イリアの上司であるクロイツ部長の名前をプレートで確認し、ノックをする。


「失礼します、シラサキです。今、お時間よろしいでしょうか」


「おお、イリアちゃん。入って入って」


あっけらかんとした声に迎えられ、イリアは室内へと足を踏み入れる。


雑然としたデスクに、書きかけの設計図が広がる。

クロイツ課長は、上層部では珍しい現場出身の技術畑の人間だ。どこかだらしない雰囲気を纏っているが、研究者としての腕は確かで、イリアが尊敬している人物の一人だった。


「ちょっとだけ、お伺いしたいことがあって」


「なんだい?空間解析の件なら今朝指示を……」


「違います。誰に言われたのかは聞いていないのですが、エルシードくんから、私が色々と教える立場になった、と聞きました。これは本当ですか?」


「……あー、うん、それは…ね。ごめんごめん、話してなかったなぁ」


彼は苦笑しながら頭を掻いた。


「上から言われてな。最近、各地でルクス異常が頻発してるのは知ってるだろ?」


「はい。……ただ、詳細は伏せられていますよね」


「その通り、俺たちに下りてくる情報はごく一部だ。けどどうやら、今までとは性質の違う“応答性”が確認されてるらしい。装備の反応速度が跳ね上がったり、逆に暴走したり……理屈が通じない挙動もあるとか」


クロイツは言いながら、イリアに一冊のデータファイルを手渡す。中には異常波動の検出グラフや、損壊した鉱装の写真が並んでいる。


「これを解析し、短期間で鉱装に反映させていく必要がある。そのために、開発者と使用者が並行して作業を進めるペア体制が試験的に導入されることになった。……で、君たちが選ばれた。君もエルシードくんも優秀だからな」


イリアは、目線をデータファイルからクロイツへと移す。


「それなら、もっと適任がいたはずです。私より上の人でも、開発歴の長い人でも……どうして私なんですか?」


クロイツは肩を竦め、わざとらしくコーヒーをすする。


「んー……ま、上からの指名ってやつなんだがな」


彼はニヤリと笑い、思い出したように言った。


「TMD出身のやつってのは、まぁ色々と…クセがある。性格も価値観も、ちょっとズレてるやつが多い。感情も読みにくい」


「……それが?」


「君くらいしかいないだろ、うまくやってくれそうなの。理屈屋だけど"情"があるし、無理やりにでも仲良くなろうとする変なところもある。そういうの、ああいう無口で自分から何も言わないタイプには案外効くんだよ」


(なる…ほど……?)


今朝のそっけない断り方。だが思い返せば、拒絶というよりかはただ距離を取られているような、そんな風でもあった。


「……私は彼の上司ではない、という認識でいいんですよね?」


「もちろん。あくまで“協力関係”だ。肩肘張らずに、得意な分野を教えてやってくれ」


「……わかりました」


仕事とあらば引き受けない選択肢はなかった。イリアは軽く頭を下げ、部屋を後にする。


廊下に出たとたん、息を吐く。


(……協力関係、か。うまくやれるかな)


小さな不安を胸に残しながらも、イリアはエレベーターへと歩き出した。

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