第七話 火の川を越えて
短めです。
早めに次出します。
黒煙が空を裂く。砲声が谷を揺らし、地が咆哮するたび、耳が遠くなっていく。会津藩の命運を分かつ、激戦地・滝沢峠――。
幾度も火が吐かれ、血が流れ、少年たちは死を喰らう神の前で、ただ立ち尽くしていた。
「こっちだ! 列を崩すな!」
土煙の向こうから、隊士の怒鳴り声が飛ぶ。敵の銃弾が雨のように降り注ぎ、木々を裂き、地を抉る。
湊は咄嗟に身を伏せた。
隣で篠田が叫ぶ。「酒井、逸れるな! こっちだ!」
その名を呼ばれるたびに、自我が削られるような錯覚を覚える。それでも湊は、走った。恐怖と混乱、そして痛みの中で、もはや本当の自分がどこにあるのかもわからなかった。
砲煙の先、会津軍の退路を守る小隊が斜面を後退していく。
「敵は榎木峠を超えた! 防衛線が破られるぞ!」
中村時太郎が報告に戻ると、上官たちは顔色を失った。滝沢峠は要衝。ここが抜かれれば、会津の中心――鶴ヶ城が危ないからだ。
「白虎隊、左翼の守備に回れ!」
号令が飛ぶ。湊の耳元で、地が爆ぜるような砲声が再び響いた。
彼の身体は、恐怖よりも先に、火傷のような熱で動いていた。
「進めええええっ!」
誰かが叫び、誰かが倒れた。
湊は篠田と共に、敵の銃列を避けるように岩陰に身を滑り込ませた。
「酒井、腕!」
篠田の声でようやく気づく。左袖が裂け、血がにじんでいた。
「……掠っただけ、です」
震える声を押し殺す。泣いてはいけない。弱音は死を呼ぶ。
篠田は湊の肩に手を置き、小さく頷いた。
「お前……もう昔の震えは無いな」
湊は応えなかった。ただ、戦場の土の匂いと、火薬の焦げた臭いに包まれて、また一歩――“峰治”という存在に縛られていく気がした。
戦況はさらに悪化した。
味方の中隊が包囲され、白虎隊にも突撃命令が下った。
「行くぞ、酒井!」
篠田、伊東、中村、そして十数名の少年たちが叫ぶ。
恐怖の奥で、別の何かが湧き上がっていた。
(これは、ただの死じゃない)
仲間の声。倒れた者の血。すべてが湊に“何かを守る意味”を教えてくれる。
「うおおおおっ!」
刃を振りかざし、湊は土砂降りの弾雨の中に身を躍らせた。
彼が“死ぬはずだった誰か”の代わりに生き延びているのか、それとも――
いや、それはまだ誰にも分からない。
ただ、あの日、“いなかったはずのひとり”が、確かに歴史の渦中で叫んでいた。
他の歴史系の話で見たいのあれば教えて下さい。
書いてみます。