第十五話 記録の橋
ビールと枝豆がおいしい季節になりましたね
とりあえず、この物語の最後をどうぞ。
焼け落ちた鶴ヶ城の空に、灰が雪のように舞っていた。
黒ずんだ瓦礫の山に、火薬と血の匂いがいつまでも消えず残っている。
榎木湊は、その中心で、まだ息をしていた。
左の脇腹には、深い裂傷。右の足も折れているのか、もう立ち上がれなかった。
それでも彼は、胸に抱き締めた“記録帳”を手放さなかった。
あれは、十九の命が刻まれた証であり、湊が唯一遺せる、未来への声だった。
「……生き残って、しまったのか」
呟きながら、湊はうっすらと笑った。
あの日、飯盛山で自刃を思いとどまったときから、彼はすでに、ひとつの約束を背負っていた。
記録すること。
語られなかった声を、記して残すこと。
忘れられる運命にある命を、“観測”すること。
それが、あの日――名もなき白虎隊士たちと交わした、たしかな約束だった。
城の裏手、誰も通らぬ石組みの小部屋。
かつては避難壕として使われていたその場所へ、湊は這うようにして辿り着いた。
その手には、泥と血にまみれた布が握られていた。
中に包まれているのは、わずか百枚ほどの紙束。墨でびっしりと書き込まれた文字。
十九人の少年たちの名前、思い出、恐れ、願い、そして――死の記録。
湊は震える指で、布の端をきつく結び直すと、石壁の隙間にそれを納めた。
まるで祈るように、額を地に擦りつける。
「……未来よ。どうか、この声を拾ってくれ」
外では、雨が降り始めていた。
瓦礫の上に灰が積もり、その上に雨が打ちつける。
世界は静まりかえり、すべてが失われたように見えた。
だが、湊は最後の言葉を、記録帳に記した。
ここに記す。
十九の名もなき声と、一人の観測者の記録を。
彼らは生きた。たしかに、この時代に。
この記録が、いつか誰かに届けば、それでいい。
――榎木 湊
湊の身体が、霧のように薄れていく。
その姿は、誰にも看取られることなく、瓦礫と灰に溶けていった。
時は流れ――
時代は現代。令和某年、福島県会津若松。
老朽化した鶴ヶ城の補修工事の最中、作業員たちが地下構造の異常を発見した。
その奥にあったのは、石で組まれた小さな空間。そしてその中に、防水布に包まれた紙束が納められていた。
「……何だこれは?」
「手書きの古文書か? だが文体が……おかしいな」
「幕末の記録かと思ったが、これは――未来の言葉?」
驚愕した学芸員たちは調査を進め、やがてその内容が明らかになっていく。
それは、十九人の白虎隊士の「個人の記録」だった。
しかも、そこには実名も、日常の会話も、夢も、恐怖も、詳細に記されていた。
まるで、それを“すぐそばで観ていた誰か”が書き残したかのように。
「この記録は……?」
最終ページ。そこに署名されていた名前を、研究員の一人が読み上げた。
「榎木……湊?」
だが、歴史上にそのような白虎隊士の名は存在しない。
記録にも、名簿にも、なかった。
彼は誰だったのか。どこから来て、なぜこの記録を遺したのか。
その謎は、解けないままだった。
だがこの記録が、白虎隊再評価の契機となり、
十九の名もなき命が、歴史に刻まれるきっかけとなったのは、まぎれもない事実だった。
短い物語でしたが最後まで読んで頂きありがとうございました。
この物語をどうするかは考え中です。
この時代の話が見たいなどあればコメント下さい。
一旦は湊の物語はここで終わります。
ありがとうございました