第一話 目覚め
良かったら最後まで読んで下さい。
――煙の匂いがした。
焦げた土と、血のような鉄の匂いが鼻を刺す。
それが現実なのか、夢なのかも分からないまま、俺は目を開けた。
「……っ、え……?」
視界が、赤い。
空も、土も、男たちの着物も――すべてが夕焼けに染まっていた。
鼓膜の奥を突くような銃声。
遠くで誰かが叫んでいる。名前なのか、命令なのかすら聞き取れない。
俺は、泥の上に転がっていた。
制服は着ていない。ブレザーでも、パーカーでもなく……
くすんだ白い着物に、よく分からない帯みたいなもので腰を縛っている。
何が起きた?
なぜ、俺はここにいる?
そして、ここはどこだ?
「起きろ、何してるんだ! 死にてえのか!」
怒鳴り声と同時に、肩を強く引っ張られた。
振り返ると、同じくらいの歳に見える少年がいた。
頬に泥を塗ったまま、恐怖と怒りが入り混じった目で俺を見ている。
けど、知らない顔だった。
「お前……誰?」
「はあ!? なに言ってやがる、酒井! 気でも触れたか!?」
酒井? 誰のことだ?
俺の名前は、榎木 湊。都内の高校に通う、ごく普通の高校生だ。
なのに、目の前の奴は俺を「酒井」と呼んでいる。
夢だろうか。いや、夢にしては痛みがリアルすぎる。
肩はズキズキするし、足元はずぶ濡れだ。
手には――なんでだよ、刀が握られていた。
「……これ、嘘だろ……。なんで、刀……?」
戦国ごっこか? 映画の撮影か? どっかのテーマパーク?
そう思いたかった。でも、耳元をかすめて飛んでいった“音”が、そんな妄想を砕いた。
パンッ――と乾いた銃声。ほんの数メートル先の少年が、血を吐いて倒れる。
「な、なに……」
俺は腰を抜かした。手のひらが震える。
刀なんて、ゲームの中でしか振ったことがない。
目の前の少年――さっきの“誰か”が、俺の腕を掴んだ。
「酒井、しっかりしろ。突撃命令が出たんだ。前に出るぞ……!」
「いや、ちょっと待てって、俺は……!」
言葉にならなかった。
どんなに説明したって、通じる気がしなかった。
彼らの言葉は俺の知っている日本語だけど、まるで別の時代のものに感じた。
しかも、奴らはそれが当然だと思ってる。
この状況が、普通の現実だと――
俺だけが、違う世界に迷い込んでしまったのだ。
知らない土地。知らない名前。知らない戦争。
その中に、俺は「酒井峰治」として、存在していた。
どうして俺がここに来たのか、どうやって戻れるのかも分からない。
でも、はっきりしていることがひとつだけある。
――ここは、死ぬ場所だ。
はじまりは、そんな絶望からだった。
十九人の少年たちが散っていく歴史の中に。
“いなかったはずの、ひとり”が、今――足を踏み入れた。
読んでくださりありがとうございます。
白虎隊を題材に今回書きました。
一番好きな歴史の話は忠臣蔵です。