第九十八話『集いし七宮』 前編
「エシュミラァ! カカシみてぇにボサッと突っ立ってんじゃねぇ!そんな調子じゃ命が幾つあっても足りねぇぞッ!!」
「はっ、はぃぃいッ!!」
高台から飛び込んできた怒号に、エシュミラは肩をビクンと跳ねさせた。
その場で半歩よろけると、慌てて腰のポーチをごそごそと掘り始める。
「あっ、これ違う!え、これも違う!?
……って、わ、わぁああッ!」
取り出した魔道具をそのまま地面に落とし、拾ったと思ったら別のをまた取り出し、それまた投げて、ゴソゴソと――。
「ど、どうしようどうしようどうしよう……っ!」
掠れた声で泣きそうに叫びながら、彼女は今日も、戦場のど真ん中でテンパっていた。
だが、悪魔教師の辞書に情けの二文字は存在しない。
耳をつんざくような怒号が、模擬戦場に響き渡る。
「ヒィイイイ……! ほ、本日の教官は――いつにも増してご立腹のご様子ですなぁ。こ、これは……小生に矛先が向かぬよう、しばし身を潜めておかねば……!」
珍宮寺 牛憲――もとい珍牛は、黒陣営のさらに後方、雑草がぼうぼうに生い茂った茂みへと素早く転がり込んだ。
もぞもぞと身体を埋めながら、内ポケットからゴソッと取り出したのは、双眼鏡……のような、妙に怪しげな観測器具。
珍牛はそのまま体勢を限界まで低くし、葉っぱの隙間からそっと双眼鏡のレンズを覗き込む。
「どれどれ……おっ、これは――ウッヒョォォォーーッ!!
た、堪らんですぞォッ!!」
珍牛はレンズを覗いた瞬間、豪快に鼻血を噴き出した。
「なんちゅう……なんちゅう破壊力……!
尊死……!今このまま死んだとしても――小生、一切の悔いもござりませぬッ!!否、むしろ本望……ッ!!」
レンズの先に映っていたのは、同じ黒陣営のミカだった。
いつもの魔女らしいローブ姿ではなく、動きやすさを最優先したのか、今日は学院指定のトレーニングウェア姿だ。
ぴしっと二つに結んだツインテールが、いつにも増して印象的だ。
「フレイマッ! フレイマッ! フレイマッーーー!!」
「ひぃぃいいっ!? ゆ、許してください許してください許してくださぁぁぁいッ!!」
ミカは岩陰に隠れたエシュミラ目がけて、手加減ゼロの火炎球を豪雨のように連射していた。
岩肌が焼け、地面が焦げ、煙がもうもうと立ちこめる。
その中を、エシュミラはべそをかきながら、脱兎のごとく必死に逃げ回る。
「きゃあああああッ!!燃えます燃えます燃えちゃいますうぅぅ!!」
そんな阿鼻叫喚の戦場の中。
「ま、まさしく…!あの御姿こそ…戦場に咲く一輪の花ッ……!」
珍牛は茂みの中で両拳を震わせながら、鼻息をブオオッと荒くしていた。
「ムフッ……ムフッ……ムフフフ……!
んあああああ~~~ッ!!辛抱堪りませぇぇぇんッ!!!」
珍牛は、もはや噴水と化した鼻血をまき散らしながら、腹の底から絞り出したような叫び声を上げた。
赤と黒を基調にした、シンプルなクロップドトップス。(ウエストやお腹が見えるデザインの服)
ハーフパンツから伸びる、ハリのある健康的な太もも。
動くたびにしなやかに浮き上がる腹筋のライン。
そして布越しでも否応なく存在を主張する、豊かに揺れる二つの丘。
存在全てが、珍牛の破廉恥センサーをこれでもかと刺激させた。
「し、しょ、しょ、小生にも……その灼熱の愛をッ!
ぶつけてくだされええぇぇれぃ……って、おや??」
珍牛はレンズをぐいと押し当てたまま、視界の端に滑り込んできた“もう一人の影”に気づいた。
「……むむむ? よくよく見れば、あちらも……なかなか……!」
珍牛はレンズをくいっと寄せ直し、その“影”の正体を確かめるべくピントを合わせた。
そこに映ったのは、ミカの火炎球から必死に逃げ回る――エシュミラであった。
ミカとは異なり、トップスの上にジャージを羽織り、ジッパーを一番上まできゅっと閉めている。
一見すると控えめな装い──の、はずなのだが。
下はひらりと揺れるトレーニング用のショートスカート。
フリルが幾重にも重なった可愛らしいデザインで、より女の子らしさを強調している。
「な、なんと……!お淑やか路線かと思いきや……この“ふりふり可憐スタイル”はッ!!
ミカ殿とはまた別の角度から、小生の魂を抉ってくるではありませぬかぁぁぁ!!」
珍牛は鼻息をブオオッと荒くし、視界に映る二人のコントラストに、もはや語彙力を完全喪失していた。
確かにエシュミラをよく観察すると、そのプロポーションはまるでファッションモデルのようにスラリとしている。
ひらりと揺れるスカートの下――そこに覗く脚は、光を反射しそうなほど白く、きめ細やかな肌をしていた。
「爆風で、あわや“ちらり”としてしまいそうなスカートを……
恥じらいながら必死に抑え込む、その姿――」
珍牛はレンズを握りしめ、震える声で宣言した。
「天使の恥じらい!!
あぁぁぁああッ……!こ、これは……限界でござるッ!!脱」
「オイ珍牛」
背後から、氷点下みたいに冷え切った声が落ちてきた。
「バゥ?今いいトコなんだから話しかけるでな……」
珍牛は苛立った様子で、茂みの中から半身を乗り出した次の瞬間、顔面が一瞬で凍りついた。
「あ? テメェ…一体誰に口聞いてんだ?」
「バァ!バァ!!バサルバサラ教官ンンンンンッ!!」
珍牛の表情が真っ青になる。
先ほどまで滝のように流れていた鼻血はピタッと止まり、代わりに全身の汗腺という汗腺から、脂汗が滝のように噴き出し始めた。
「ち、ちちちち違うんですッ!こ、これも立派な偵察任務の一環でしてーー」
珍牛が必死に手を振り弁解しかけた瞬間だった。
「ぽべらっ!!!」
バサラの鉄拳が、迷いもためらいも誤差もなく、珍牛の顎を正確無比に撃ち抜いた。
ブシャァァァアアアッ!!!
珍牛は芸術的な鼻血の放物線を描きながら、黒陣営から白陣営まで一直線に吹っ飛んでいった。
その飛距離、およそ数十メートル。
だがバサラは一瞥する事すらなく、何事もなかったかのように再び檄を飛ばした。
「スカーレットォッ!!テメェの力はそんなもんか!?」
そんなヘナクソ魔法じゃ――第四宮では生き残れねぇぞッ!!」
「は、はい! まだ……っ! まだやれます!!」
ミカは煤で黒くなった頬を腕でぬぐい、呼吸を乱しながらも前へと一歩踏み出す。
疲弊した体に鞭を打ち、白陣営の旗を目指してひた走る。
その後もひっきりなしにバサラの怒号は飛び交った。
しかし、この光景は 第四宮 の生徒にとっては日常そのもの。
弱音を吐く暇など、誰一人として持ち合わせていない。
ただ、課せられた目の前のことを全力でこなす。
倒れそうになっても、立ち上がる。
心が折れそうでも、踏みとどまる。
その繰り返しが――ミカの内側で"確かな変化"を生んでいた。




