第九十七話『 "ソロ" 攻略』
全身が、ぬるくて柔らかいゼリーのような何かに包まれている感触があった。
動けば ぷにゅ…… と優しく押し返してくる。
体を預ければ、温かい水枕の中に沈んでいくよう。
それはまるで、赤子を包み込む母の胎内のように、穏やかで安心できる空間だった。
この心地よさ、もう少しだけ味わっていたい――そう思っていた時、耳元で聞き馴染みのある鳴き声がくすぐるように囁いた。
ビュルッ――ピュルピュルルッ。
ビュッビュッ!
「んー……なんだビュルル……腹でも減ったのか……って、そうだ!」
俺はついさっきまで、あの "マタンゴ《キノコ共》"と戦い、胞子を吸い込み過ぎて気を失ったはず。
思い出してハッと意識が戻り、俺は瞼を開いた。
するとそこには――巨大化したビュルルが、俺とボビンスキーを包み込むように“ドーム状の膜”で覆っていた。
「ビュルル!お前が……俺達を守ってくれたのか?」
「ビュルリンッ!」
ビュルルはまるで「そうだよ!」とでも言わんばかりに、ぷるんと身体を揺らして元気よく鳴いた。
「……ありがとな、助かった」
「う……うう……ここは……?」
俺たちの声に気付いたのか、隣のボヒンスキーもゆっくりと目を覚ました。
そしてぼんやり二度ぱちくりと瞬きをしたあと――自分たちが謎の“ゼリー状の膜の中”にいると気づき、目をまん丸にする。
「ど、どどど……どういう状況でございますか……!?
ここは一体……!」
「落ち着けよ、ボビンスキー。どうやら俺たちは、また ビュルル のおかげで助かったみたいだ」
ビュルルはそれに応えるように、ぷるんと誇らしげに身体を揺らした。
「死嘲妖精との戦いで、勇者様と共闘していたあのスライムですか?
しかし、結界の様な芸当までこなせるなど、一介のスライムではありえない。いったい何者なんでしょうか……?」
「俺にも分からん。気がついたら勝手についてきてたんだ」
「は、はぁ……ともかく助かりました。
幸い、周囲に他の魔物の気配もありません、今のうちに拠点へ戻りましょう」
「ああ、そうだな」
その後、俺たちはビュルルが張った半透明の結界と共に移動して、どうにか拠点の方向へと歩き出す。
月明かりだけが頼りの暗闇の中――拠点の灯りが見えた時は、思わず二人揃って同時に息をついたほど。
そして野営地のテントへ入ると、そこには腕を組み待ちくたびれたような表情の"ポタモ"(レッサーパンダの姿)がいた。
尻尾をパタパタと揺らしながら、こちらを恨めしく睨んでいる。
「おそーーーーーいっ!
こんな真っ暗になるまで、二人揃って何してたんだ!!」
ポタモは尻尾をブンブン振り散らしながら、ペチペチペチペチッ!と俺の頬へ容赦ない往復ビンタをお見舞いしてくる。
「わ、分かった分かった、悪かったからそれやめてくれ。
その尻尾引っこ抜いて食っちまうぞ」
「会って早々物騒なこと言うなッ!!」
俺はポタモを冗談となだめつつ、イデアルとの交信の後すぐに魔物たちの奇襲に遭ったこと、そして“マタンゴ”の胞子で倒れかけたことなど――遅れた経緯を順を追って説明していった。
ことの経緯を全て聞き終わった後、今度はポタモが口を開く。
「話は分かった。しょうがないから特別に、今回は許すとしよう!アタイは寛大だからなっ!」
ポタモは胸を張り、自分のお腹を 「ポンッ」 と一回叩いた。
やけに張りのある、小気味いい音が響く。
「コホン…話を戻すぞ。すでに説明は受けてると思うが、オマエには"イデアルの救出"に行ってもらう。
アタイはその案内役って訳だ。
で、早速だが――"明朝五時"に出発する、それで問題ないか?」
「ああ、問題ない」
俺が力強く頷いたその直後、隣に控えていたボビンスキーが、勢いよく一歩前に出る。
「お待ちください、ポタモ様!
どうか、この私も勇者様と共に行かせてください!」
「駄目、ボビボビはお留守番」
ポタモは眉一つ動かす事なく、即答で答えた。
「何故でしょうか!? 私の力不足が原因ですか!」
ボビンスキーは肩を落とし、悔しさと自責の色を滲ませた。
その表情は、共に戦えないことへの無念さが伝わってくる。
「そうじゃない」
ポタモは首を横に振り、ゆっくりと言葉を続けた。
「"あの地下迷宮" ――いや、正確に言うと無限演算の回廊に入る条件は単独。
つまり、"たった一人"で攻略しなければならない」
「……だからこそ、イデアル様はお一人でいかれたのですね」
ボビンスキーは、胸の内でようやく点と点が繋がったように静かに呟いた。
「そーゆーことっ。だからアタイも案内したらそこまで。
後の事はぜんぶ、勇者のオマエにかかってるからな!」
「責任重大――だな。問題ない、一人行動は慣れている」
「よし!詳しい事はまた道中で話してやる、まずはオマエタチ、その胞子だらけのカラダを洗え!今にも鼻がむずむずしてきてかなわんっ!!」
ポタモはぷいっと顔を背け、鼻をつまみながら言った。
「ああ、言われてみれば、なんか急に痒くなってきたな……」
そんな軽口を幾つか交わした後、ボビンスキーは一足先に別拠点に設置された簡易シャワーへ向かい、胞子まみれの体を流しに行った。
それを見送ってから、俺はふと思い出したようにポタモへ問いかける。
「そういえば――ミカとパコの様子はどうだ、元気にやってるのか?」
ポタモはちょいと尻尾を揺らし、気楽そうに答える。
「あっちもあっちで色々大変だけどな。
それでも二人ともよくやってるぞ。
また会う頃には――ちょっとは成長してるかもしれんな!」
「そうか、なら良かった」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。
仲間たちも、それぞれの場所で前に進んでいる。
その事実だけで、次に再会できる時が――今よりもっと、誇らしく、嬉しいものになる気がした。
「よし、"陰キャカーニバル"だか、"インフィールド・アキレス腱"だか知らんが――復活した断捨離勇者のパワーをみせてやる。
俺はやるぞー!ミカー!パコー!!」
拠点では、ステルの咆哮が夜空へと突き抜ける。
その声は、疲労を押し返すような勢いと、明日への意欲に満ちていた。
きたる決戦に向けて、ステルは拳を固く握りしめる。
その夜。
場所は変わり、ゾディアーク星級魔法学院、とある寮の一室。
「――ハックションッ!!……やだ、風邪でも引いたかしら?」
静かな部屋に、どこか誰かの“遠吠え”が聞こえたような気がしたが、すぐに気のせいだと彼女は小さく首を振った。




